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障がい者歯科診療の三次医療機関として、一般歯科医院での対応が困難な患者さんに安全で適切な歯科診療を提供

2023.04.26 03:00

神奈川歯科大学附属横浜研修センター・横浜クリニック 障がい者歯科

神奈川県横浜市神奈川区鶴屋町3-31―6


全身麻酔、静脈内鎮静下での治療を毎日2件実施

 神奈川県では1964(昭和39)年、県歯科医師会と県との間で障がい者歯科診療に対する協力医制度がスタートした。その後、79(昭和54)年に障がい者歯科診療のシステム化が進められた。

具体的には、

①通常の歯科診療所の人員と整備で対応できる一次医療機関

②集約された人員と整備によるやや高次の内容を持つ二次医療機関

③専門的で包括的な内容を必要とする診療を行う三次医療機関

に区分し、連携することで障がい者に常に質の高い歯科医療を提供できるようにした。


 神奈川歯科大学附属横浜研修センター・横浜クリニック 障がい者歯科(以下、同障がい者歯科)は県内5カ所の三次医療機関のうちの一つで、オープンして20年以上の歴史を持つ。また、県歯科医師会が会員を対象に行っている障がい者歯科の研修の場にもなっている。

 横浜駅から徒歩約4分という交通至便なところに神奈川歯科大学附属横浜研修センター・横浜クリニックがある。同障がい者歯科はその3階に設けられている。


 入るとすぐに受付カウンターがあり、通路を挟んで左側に外来オペ室、右側に個室診療室が用意されている。この個室診療室は、以前は全身麻酔後の経過観察スペースだったが、今は主に小児や聴覚過敏などの患者さん用の診療室になっている。個室診療にすることでこうした患者さんの心を落ち着かせるとともに、患者さんの泣き声で周りの患者さんに恐怖心やパニックが伝染するのを防ぐこともできている。

 外来オペ室と個室診療室のすぐそばに外来診療スペースがある。「外来オペ室、個室診療室、外来診療スペースがとても近いので目が届きやすく、安心・安全につながっています。何かあっても、スタッフがすぐに集まって対応できます」と話すのは同障がい者歯科診療科長の髙野知子氏だ。

 もう一つ髙野氏が同障がい者歯科の特長として挙げるのが同クリニックに麻酔科があること。「治療が難しい患者さんには全身麻酔、状況によっては静脈内鎮静法を用いての治療ができます」。実際、外来オペ室では全身麻酔下または静脈内鎮静下での手術・治療が、平日は毎日2件、週計10件実施されている。これはかなりの数といえる。


家族とともに喜びを分かち合う

 同障がい者歯科を訪れる患者さんは実にさまざまだ。年齢層は文字どおり老若男女で、「1歳児もいますし、今日初診で来られた方は87歳でした」と髙野氏。横浜市や県内からの患者さんが中心だが、中には静岡、埼玉、群馬など他県から来院する患者さんもいる。

 患者さんが抱える障がいや病気も多岐にわたる。知的能力障害・自閉症スペクトラム障害などの発達障害・脳性マヒ・先天性異常症候群などの障がいから、統合失調症やうつ病、不安障害などの精神疾患や認知症に至るまで、一般歯科医院では対応困難な人が全て診療対象になると言っても過言ではない。

 それだけに一般歯科医院ではあまり見かけないようなこともしばしば起こる。例えば、診療室はおろか、建物に入ることさえ嫌がる患者さんがいる。「駐車場に停めた車に乗り込んで口の中を診ることもあります。その場合、少しずつ歯科診療やスタッフに慣れてもらい、最終的には診療室での治療を目指します。障がい者歯科の最も難しいところは、治療を嫌がる患者さんにいかに歯科診療を受け入れてもらうかということです」。それには時間がかかることが多い。「15年以上かかってようやくユニットに座れた患者さんもいますし、それまで嫌がっていた器具を使って治療できるようになった患者さんもいます。そうしたとき私たちスタッフはご家族と一緒になって喜び合います。その喜びは障がい者歯科のやりがいそのものです」と髙野氏は言う。

 今では障がい者歯科の奥深さに魅了されている髙野氏だが、当初から障がい者歯科を目指したわけではない。祖母が心筋梗塞を発症し、その後、かかりつけ歯科医師に診療を断られたため、結局、合わない義歯で食事をしなければならなかった。「美味しく食べられずに亡くなったのを見て、高齢者歯科に進みたいと思いました。しかし、当時の高齢者歯科は補綴が中心。それは、私がやりたい高齢者歯科とは少し違うなと。どうしようかと悩んでいたとき、障がい者歯科の先輩が『障がい者歯科だったら高齢者も診られるし、一般歯科とは違う楽しさがあって絶対にはまるよ』と勧めてくれました。実際、始めたらすぐにはまってしまいました」。


チルト機能や完全水平などさまざまな患者に対応可能なスペシャルニーズ歯科ユニット「STリルクス」

 同障がい者歯科に置かれている全ユニットは開院時からオサダ製だ。2020年11月、外来オペ室のユニットを「STリルクス」に入れ替えた。

 「STリルクスにはとても満足しています」と話す髙野氏が気に入っているところとして最初に挙げたのが診療台の角度を保ったままチェアーを傾斜させられるチルト機能だ。「この機能があるおかげで、さまざまな患者さんの体勢や体型に対応できています。また、背もたれと座面が完全水平になるのもいいですね」。  

 車椅子の患者さんの場合、ユニットに移乗させずにそのまま治療することも珍しくない。STリルクスはチェアーとテーブル、スピットンがセパレートされているため、車椅子をテーブルとスピットンのそばにもってきて治療することができている。一方、車椅子からユニットに移乗して治療する場合には、セパレートされているがために転倒のリスクが生まれる。「でも、マジックベルトがついているので転倒防止ができ、安心です」と話す髙野氏は、さらにこう続ける。「脳性マヒの患者さんは誤嚥しやすいという特徴があります。でも、STリルクスにはバキューム回路が2回路あり、太いバキュームと細いバキュームを同時に使って吸引できるので誤嚥防止に有効です」。

 STリルクスが配置されている外来オペ室はひときわ安全性や清潔度が求められる。同障がい者歯科では、外来オペ室専用のオリジナルセッティングマニュアルを作成。写真付きで一つひとつ丁寧に手順が書かれているため、誰が行っても安全性や清潔度を維持してのセッティングができるようになっている。


歯科医師、歯科衛生士ともに障がい者歯科のプロフェッショナル

 同障がい者歯科には、髙野氏のほかにもう1名の常勤歯科医師と3名の非常勤歯科医師、そして5名の歯科衛生士がいる。そのうち2名は日本障害者歯科学会認定、3名は日本麻酔科学会認定の歯科衛生士の資格を取得している。まさに、ここで展開されているのは障がい者歯科のプロフェッショナル集団による診療だ。

 「患者さんやご家族にとって一番負担が少なく望ましいのは、自分たちが生活する身近なところの歯科医院で診てもらうことです。必要が出てきたとき二次、三次医療機関で診て、診療が終わったら身近な歯科医院に戻すことです。この前方連携はだいぶうまく取れるようになってきていると思います。しかし、三次医療機関から一次、二次医療機関に紹介する後方連携はまだ不十分です。これからは後方連携にも力を入れていきたいです」と髙野氏は力強く結んだ。