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紺碧の採掘師2

第19章 03

2023.05.10 12:00

3隻の船は、薄曇りの雲海の中、峡谷の入り口の荒れ地に着陸する。

10分後、駿河と護がカルセドニーから出て来る。二人が黒船のタラップを上がって採掘準備室に入ると、穣が待っていた。

穣「お疲れさん!…カルロスは?」

護「石茶タイムだから行かないって。」

穣「あらま。茶菓子用意してたのに。」

護「へ?」

穣は階段室へと歩き始めつつ「カル船の皆さんがお疲れだろうからって、食堂で茶を飲みつつ相談する事に。」

護「…ちなみにアンバーと黒船って一緒に採掘してるの?」

穣「うん。8採りだけ一緒にやろうって事になった。」


3人は階段を上がって食堂に入る。すると総司やジェッソ達の他に、悠斗やオリオン達もいる。

護「珍しい。アンバーズが居る」

悠斗「8を、どーやって採ろうかーって頭を悩ませてた。」

総司「カルロスさんは?」

護「石茶タイムだから行きたくないって。…どうしても必要なら呼んで来るけど。」

皆は食堂に二つあるテーブルの、配膳カウンター側の一つを囲むように椅子を並べて総司、ジェッソ、上総、マリア、レンブラントがそれぞれ座っている。皆の前にはコーヒーや紅茶を淹れたマグカップが置かれ、テーブルの上にはクッキーや煎餅などのお菓子を乗せたトレーが置かれている。他のメンバーは入り口側のテーブルの近くや壁際に立って、マグカップを持ってお茶を飲んだりテーブルの上に置かれたお菓子を摘まんだりしている。

ジェッソ「まぁここへどうぞ」と総司とジェッソの間に置かれた椅子三つを指差す。

総司の隣に駿河が、その隣に護が座る。

穣「カルが来ないなら、俺ここに座ろう。」と護の隣に座る。

そこへキッチンからジュリアが「お茶、コーヒー、紅茶、何を飲みます?」

穣「俺にコーヒー宜しう!」

護「普通の茶で。」

駿河「俺も普通のコーヒーで。あ、出来れば」

穣「普通のコーヒーとは!」

駿河「…いつも、普通って付けないと危険な世界にいるもので。出来ればカフェオレがいいです。」

ジュリア「はーい。」

護、ふと「あ、しまった。あの8の場所まで黒船でどの位、時間がかかるのか、カルさんが居ないと…。」

総司「そこに2人の弟子が」とマリアと上総を指差す。

上総「多分、40分もあれば行けると思うけど。」

駿河「いやー…風が強くって強くってウチの船は6のとこに行くまで45分かかりましたよ。行って戻って合計約90分間激闘しましたわー…。」とクッタリすると「黒船だったら…、んー…。」と考えて、「6があったとこまで黒船で何分なんだろなぁ…。視界ゼロだから距離感全くワカラン。」

上総「多分6まで20分かな。大体中間だったから。」

駿河「って事は、もしさっき8まで行ってたら、…合計3時間の激闘が…!」

そこへジュリアが3人それぞれの飲み物をトレーに乗せて持って来て、各自の前にお茶やカフェオレを置く。

護、マグカップを受け取り「ありがとうです。」と言うと「でもさカルさんが、あそこから先はもっと大変なとこだと。」

駿河「言ってたな。だから6の所でUターンしたんだもんな。」

護「なんか8までの道中は、狭いとこあるから大型でも難儀とか聞いた気が。」

駿河「そんな事言ってたっけか。」と言いカフェオレを飲む。

護「うん。」

上総、探知しつつ「…8の所、雲海のエネルギーが濃すぎて地形まで探知出来ない…。」

マリアも「同じく。」

駿河「とりあえず大雑把に考えて黒船だったら8まで1時間にしとこう。ダメならあの人型探知機が何か言うし。」

護「そうだねぇ。…すると行きと帰りで2時間、今ここからケセドの石置き場までは」

上総「50分、黒船で。」

護「…採掘する時間を1時間として大体4時間だから、8時までにケセド行くなら4時出発?」

駿河「そんなもんかな。」

総司「…ですね。じゃあ明朝は4時出発という事で決定に。」

駿河、総司を見て「…ウチの船はいいけど、黒船とアンバーはキツいのでは?」

総司「8採りの為には仕方がない。…それが皆の望みだし。」

駿河「まぁ俺はカルセドニーで待機してますんで、護さんとカルさんを連れて行って下さい。」

総司「…貴方も行きませんか。」

駿河「へ?」と驚いて「いやカルセドニーを無人で放置したくない。待ってる。」

総司「でも、貴方も行きたいでしょう?」と駿河を見る。

駿河「…それは…。」と言うと「まぁそれは、うん。さっき6まで行ったしな…。8までどんな所なのか気にはなるけど、しかしカルセドニーの船体を、ここに無人で放置したくない。」

穣「ちなみにアンバーはどうすりゃいいんだろ。一緒についてくのか、主要メンバーだけ黒船に乗せて後は待機か。」

総司「思うに、暴風で視界ゼロなら二隻で飛ぶより単体の方がいいと思うんです。探知もその方が楽だろうし。」

駿河「それは言える。」

総司「だからアンバーはここに待機で、誰かがカルセドニーの留守番してれば貴方も安心して黒船に乗れますね?」と駿河を指差す。

駿河「…うん。まぁアンバー居るなら無人でもいいけど…。」

穣「なら黒船の積み荷を全部アンバーに移して、黒船は空にしよう。」

護「全部アンバーに入れられるの?」

穣「だってアンバー、積み荷ゼロで空っぽだもんよ。」

総司「じゃあこの後、積み替え作業をするとして、明朝は黒船にアンバーとカルセドニーのメンバーを乗せて4時出発、源泉石を採って戻って来たらここでまた積み替え作業をして3隻でケセドへ行く、と。」

駿河「了解です。」

穣「おっけー!」

ジェッソ「よし、では積み替え作業をするか!…お菓子食ってる人がいるので5分待つ。」

レンブラント「5分で食いますから。」

悠斗「5分で飲んで食いますから!」とお茶を飲む。

総司「…ちなみに駿河さん。実は一つ、お願いがあるのですが。」と駿河を見る。

駿河「何か?」

総司、駿河を真っ直ぐ見て「俺、視界ゼロで暴風の難所を操船してみたいので、貴方、船長やってくれませんか。」

駿河、一瞬キョトンとして「は?」と言うと「ああー!…いやちょっと待て!だったら俺に操船させてくれー!」

総司「お願いします!やってみたいんです!」

駿河「俺もやってみたい!あの状態を黒船だったらどうなるのか操船してみたい!」

そんな二人をキョトンとした顔で見つめる周囲の一同。

総司「なら行きと帰りで交代って事に!」

駿河「待て!8のとこで方向転換はどっちがやるんだ!さっきカルセドニーでのUターンは凄い大変だったぞ!」

総司「さっきやったなら次は俺が!」

駿河「くっ…。」

穣「船好きのこだわり…。」

護「…操縦士魂…。」

駿河「どっちが行き、どっちが帰りをやるんだ!あっ、でも俺もうカルセドニーの操船に慣れてて黒船の操船感覚がー!…久々だし、いきなり難所はマズイかも…。総司君が行きをやってくれ…。」

総司「おっけーです!」と言ってパンと手を叩くと「やった!難所の操船!…貴方は船長席!」と駿河を指差す。

駿河「ひっさびさに黒船船長やるかー…。」

総司「せっかくなら制服着ます?黒船船長の」

駿河「それコスプレになるやん…。」

総司「いいじゃないですか。だってカルさんも、たまに制服着てるし。」

駿河「あれはね…。だって船長は」

護「俺もたまにアンバーの制服着てるけど」

そこへ上総が「久々に黒船の駿河船長が見たい!」

総司「とか言ってるし。」

駿河「じゃあ着てみるか…上着だけ。」

悠斗「おやつ、食い終わりましたー!」

ジェッソ「よーし、じゃあ積み替え作業に行くぞー!」

護「ほい!」

レンブラント「へい!」

採掘メンバー達は食堂から出て行く。

総司、駿河に「今、制服渡しておきますよ。ちょっと船長室に来て下さい。」と立ち上がる。

続いて駿河も「うん。」と立ち上がる。


総司は船内通路を若干走って船長室に入ると、クローゼットから駿河に貰った人間用の船長制服を取り出して、後から部屋に入って来た駿河に渡す。

駿河は制服を見て「綺麗に使ってんなー。今、ちょっと着てみるか。」と言いつつ一旦、制服を総司に返し、現在着ている白いカジュアルなジャケットを脱いで椅子の背もたれに掛ける。その間に総司は制服の上着をハンガーから外して駿河に渡す。

駿河はTシャツの上にそれを着ながら「個人的には人工種用のより人間用の制服のデザインの方が好きだな。」と言って制服のベルトを締めると「…懐かしい。中がTシャツだから、これだと副長時代の俺だな!」

その姿を見た瞬間、総司の脳裏に『あの夢』が蘇る。


『お前の苦しみは俺がよく分かってるから。』


総司「…。」黙って駿河を見つめる。昔の色々な思い出が脳裏にフラッシュバックする。


『総司、…頑張れ!』


駿河、笑って「これで総司君が副長の制服を着たら、面白いな!」

総司「流石にそれは家に…。」と言った途端、感極まって目からポロリと涙が零れる。

駿河ビックリして「ど、…どした…?」

総司、右手で目頭を押さえて「いや。…ちょっと思い出して。」と言いつつベッドサイドの小さなテーブルの上に置いてあるティッシュの箱から1枚取って涙を拭きつつ足早に船長室の入り口へ歩き、開いていたドアを閉めると駿河の方に向き直り、「…あの叫びと、その制服が俺の支えに」と言った所で堪えきれずに下を向き大粒の涙を零す。

駿河「…。」驚いたように総司を見つめる。

総司「…例えどれだけ管理に責められても、罵倒されても…。」涙声になって「貴方だけは、俺の…苦しみを…」言葉に詰まって涙を流すと駿河を指差し「その、貴方の制服と、あの時の叫びが…。」

駿河「叫び、とは…。」

総司「イェソドから戻った時、…貴方の黒船船長最後の日、管理との通信の時に…。」

駿河「あぁ…。」

総司「だから俺は、…耐えられた…。」と言って涙を拭う。

駿河「…弱みを見せられないもんな。相手は、何がどうでも上に立っていたい人々。弱みを見せればここぞとばかりに落とされ、蔑まれ、攻撃される。だから弱音を吐けない。」

総司「…。」

駿河「でもな…。」と言って遠い記憶を思い出すような目をしながら「昔、総司は俺に向かって色々と…、食って掛かって来た。人間の癖に、貴様に人工種の苦しみが分かってたまるかっていう…凄まじい憎悪。直接言葉で言われた訳じゃないけど、あの気迫が…。」と言うと暫し黙って「凄いと思った。」

総司「…。」目に涙が滲む。

駿河「だから俺、お前の想いを叶えたいと思ったんだ。…どれだけ困難な道であろうと、やり抜くだろうって。…だってそれだけの情熱とパワーがあるから。」それから総司を真っ直ぐ見て「その涙は怒りの涙であり、怒りは変革と前進のパワーにもなる。」そこで一旦間を置いてから静かな声で「でもネガティブな方向に怒りを使えば自虐や自己破壊、復讐や戦争にもなる。…お前、昔、本気で俺を殺したかっただろ。」

総司「…。」目線を落として沈黙し、やおら「…なぜ、貴方はそれでも黒船に残った…?」

駿河、溜息交じりに「…痛みを感じたからかな…。なぜこんなに力と能力のある人々が、こんなに虐げられているのか。…何とかしたいと思った、でもそれは、俺の傲慢さかもしれないけど。」と言って「俺は自分の自由意思で、自分の好きな航空船の操縦士という、望む職を得た。だから人工種にもそうなってほしいと願っていた。」

総司「…。」

駿河「…人工種の船長は、人間の船長以上に管理に叩かれる。それでもお前は船長を続けている。…なぜだ?」

総司「やりたかった。」と即答し「…貴方が、信じてくれた。」

駿河「だって出来ると思ってたし、実際出来てるし。まぁでも。」と言って少しの間、黙ると「お前の涙を見て、…相当辛かったんだろうなと。何でそんなに叩くかなぁ管理さん…。…こんな大事な原石を…。」

総司「…。」

駿河「乱雑に採ったら等級落ちして崩壊するやん…。」

総司「…俺は源泉石か…。」

駿河「お前、大事に磨いたら、どんな宝石になるんだろうな。…イェソド鉱石だってキチンと磨くと宝石になるんだぞ。」

総司「うーん…。」

駿河「でも、マジで、本当に。」と言って総司に歩み寄り、腕を伸ばしてその両肩を手で掴むと、俯いて、絞り出すように「崩壊する前に俺に言ってくれ…。」

総司「…う、うん。…それは…大丈夫。」

駿河は俯いたまま、総司の肩を掴む手に力を込め「俺はあの時のような苦しみを、二度と味わいたくない…!」

その切実な叫びを聞いた瞬間、総司はハッとして「あの人が、失踪した時…。」と言うと目の前の駿河を呆然と見つめながら(…あの時、この人は、独りで耐えたのか…。)

やおら、駿河は総司の肩から手を離し、顔を上げて呟く「…総司。」

総司は駿河の目を見て「…大丈夫です。結構、皆に愚痴ってますし、雲海で甲板に出て怒鳴ってますし。」と微笑む。

駿河も微笑して「うん。」

総司「皆に、助けられてますから…。」

駿河は「うん。」とニッコリ微笑むと、穏やかな声で「…頑張れ、総司。」

総司「…はい。」と笑う

駿河は長く静かな溜息をつくと、右拳を固く握り締め、怒りを込めた低い声で「全く…。あれだけ管理に怒鳴ったのに…!」と忌々し気に呟く。

総司は、そんな駿河を見つめながら(やっぱりこの人は、真の、本当の黒船船長…。)

駿河「…まぁ、とにかく今を楽しもう。全力で等級8を採らないとな。」と言い、上着を脱ぎつつ「明日はネクタイするよ。ウチの船にワイシャツあるから。…そしたら船長コスプレが完成する。」

総司「コスプレって」

駿河「若干、恥ずかしい。」

総司「いいんです。単に俺が見たいだけですから。」

駿河「へ?」と総司を見る。

総司、若干赤面して「何でもありません!」