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家康の本棚

2023.04.29 06:17

  今年は、NHK大河ドラマで徳川家康が取り上げられているせいか、新しい徳川家康の関連本が出版されているようです。今回紹介する「家康の本棚」もそんな家康関連本の一つですが、本書は「家康は読書で天下を取った」というコンセプトをもとに書かれたものです。著者は、経営コンサルタントの大中尚一さん。小さい頃からの活字好きで、特に歴史物を読み漁り、今では、歴史や歴史を通した教養を学びたい経営者のための会員制コミュニティも主催している方です。


  大中さんによると、日本の戦国武将は学がない人が多かったようですが、そんな中にあって家康は異例ともいえる読書好きでした。そして、生来の本好きが高じたせいでしょうか、征夷大将軍の地位を息子・秀忠に譲った後、実際に家康は蔵書数一万冊にも及ぶ私設図書館「駿河文庫」を設立しましたが、この「駿河文庫」については学校の教科書にも載っています。


  家康の読書家としての習慣をつくったのは、彼が人質として幼年期を過ごした今川家において、臨済宗の僧侶で武将でもあった太原雪斎(たいげん せっさい)との出会いによるものでした。御存知のように、家康は三河・松平家の嫡男として生まれ、幼少時に隣国・今川家に人質として送られます。家康は、今川家の中心都市・駿府で人質生活を送っていたときに、この雪斎と出会います。当時の知識人といえば公家と僧侶。この僧侶・雪斎も今川義元から全幅の信頼を勝ち得、今川家の軍師に抜擢されます。そして内政や外交、軍事に手腕を発揮し、今川家の全盛期を支えた人物です。今川家は公家とも関係が深く、雪斎は「駿河版」と呼ばれる出版事業を手掛けていたこともありました。


  家康は8歳で人質として今川家に来てから、雪斎が亡くなる14の歳まで雪斎の教育を受けます。この感性の豊かな人格形成期に雪斎という当代一流の知識人に教えを受け、さまざまな書物に触れたことが、家康の「読書家」としての人格形成につながり、結果として「天下人」となった一因である、と大中さんは話します。


  では、実際に家康はどのような本を読んでいたのでしょうか。。まず、家康が今川家の人質生活を送っていた頃、彼の侍医を務めた板坂ト斎が残した「慶長記」には、「(家康は)武士らしく、兵法書や軍記物、そして日本や中国の歴史書を特に読んでいた。」という記述があります。ですので人質時代には、中国前漢の歴史家・司馬遷が書いた東洋最初の歴史書「史記」、「史記」と同じ二十四史の一つ「漢書」、18の中国の通史「十八史略」、そして、源平合戦を描いた「平家物語」の異本の一つ「源平盛衰記」(今川家は源氏の家系)などを愛読していたであろうと思われます。


  「松平」から「徳川」に改姓し徳川家康を名乗り出したのちには、「孫子」や「吾妻鏡」も家康の愛読書となります。「孫子」は中国の兵法書で「武経七書」の一つで、「武経七書」とは、中国の代表的な兵法書である「孫子」「呉子」「三略」「六韜(りくとう)」「司馬法」「尉繚子(うつりょうし)」「李衛公問対(りえいこうもんたい)」の七つを指し、中国・宋の時代(10~13世紀)で軍人養成テキストとされた書物です。家康は武経七書では「孫子」の他、「三略」「六韜」を愛読していました。また、「吾妻鏡」は、家康が愛読書の中でも特に繰り返し読み続けた書物の一つで、鎌倉幕府の準公式記録の歴史書で同時代の研究における基本文献です。家康は、この「吾妻鏡」から源頼朝や鎌倉幕府の事績を通し、統治者としての多くを学んでいたと思われます。この他、法家思想の書で、法治主義を基本とし、信賞必罰や富国強兵を説く「韓非子」も家康が愛読していたようです。


  家康は「儒教」に関する書物も多く読んでいます。中でも代表的ないわゆる「四語五経」と呼ばれる儒教の古典、「大学」「中庸」「論語」「孟子」(四書)と「易経」「書経」「詩経」「礼記」「春秋」(五経)です。当時の戦国武将たちは、自身の顧問や参謀に僧侶、特に禅僧を召し抱え彼らの持つ中国からの「道教」「儒教」などの豊富な知識を大名や武将たちの統制・統治に役立てていました。前述の雪斎もこのような僧侶の一人だったのです。家康は特に儒教を江戸幕府の統治思想として積極的に導入します。戦国時代の下剋上の気風を改め、忠義の精神、長幼の序の精神を社会安定のための価値観として取り入れたのです。


   江戸幕府を開いた後、家康が座右の書としていたのが、「貞観政要(じょうがんせいよう)」です。「貞観政要」は、中国史の中でも名君と言われる唐の李世民が書き残した政治の要諦をまとめたものです。事実、この李世民が治めていた当時の唐は、中国の歴史において最も国内が安定し繫栄した時代であると言われています。家康は、子供時代、天下を取る時期、天下を取って社会を安定・繁栄させる時期、、と自らの為政者としての成長それぞれの過程において、当時日本で手に入り得る最高の書物から多くを学び必要に応じて、それらから得られる知識を使い分けていたことが伺えます。


  本書では、この家康の愛読書の紹介にとどまらず、家康の幼少の頃からのエピソードや戦国時代に関する豆知識なども紹介されていて、はじめは、家康がどんな本を読んでいたのか興味本位で知りたくてこの本を手にとったのですが、読んで見ると大中さんの歴史に関する知識の豊かさにちょっと驚きました。