尊の居場所は
△ 台本について
・2人劇あるいは3人劇 (1:0:1あるいは2)
・所要時間 40分くらいだったはず
どんな話?
→中野尊という人物について聞くため、記者は彼の友人である斎藤に話を聞いた。斎藤から明かされたのは幼少期から歪んだ彼の人生について……
△ 人物紹介
斎藤
聞き手
尊
中野ミコト
0:
ト書き、あるいは記者 必ず読まなければいけないわけではありません
0:部屋の中、椅子に斎藤が座っている。向かい側に事情を聴こうとメモを持った人が座っている。筆記の用意をしながら、斎藤にお茶を勧めた。
0:(以降、質問者の言葉は斎藤のセリフのニュアンスの為に作成しております。基本的に斎藤の一人語りです。質問者は、もし3人以上でなさる場合にお読みになってください。中野役の方が兼任で読む場合は聞き手が混乱する可能性があるためオススメしません)
0:
0:斎藤さん、わざわざお時間いただいてありがとうございます。よかったらお茶をお飲みになってください。
斎藤:お茶、ありがとうございます。ええ、……。
0:お味大丈夫でしたか?
斎藤:ああ、大丈夫ですよ。お茶、美味しいです。本当にありがとうございます。……そういえばあいつ、お茶いれるのうまかったな、ておもって……。
0:中野さんのことですか?
斎藤:そうです。中野ミコト。あいつと、中学から一緒だったんです。……。
0:お話、お伺いしてもよろしいですか?
斎藤:あ、ああ、ええ。いいですよ。そもそもこういう話でしたもんね。ええ、ミコトのこと、話しますよ。
斎藤:あいつ、ちいさいころすっごい大人しかったんですよ。一人称が”私”で、生真面目なんですけど。運動もできるし頭もすっごく良くて、学年の順位なんか、上から数えたほうが早いくらい勉強ができるんです。顔もよくてまさに完璧人間。ただ、手足が細くてなよなよしてる印章だったなあ。授業参観のとき、いっつもあいつの母親が絶対きてたんです。中野さん。海外の血が入ってるらしくて、すごくきれいな人でした。目の色も他の人とちょっと違います。ミコトも、目の色が緑色なんですよ。
斎藤:……中学生って、反抗期真っ只中でしょ? 親の、しかも母親を平気で呼んで学校でも普通に話してるんで、その上雰囲気よさそうなんで、自分はマザコンかなとかおもってたんです。でもそれまででした。中学でお互いのこと、多分名前くらいは知ってたかもしれませんけど、まだ友達じゃなかったです。
斎藤:高校でも、あいつ、母親との関係よかったんです。でも運動してるのに華奢なままなんで、なんでだろうとは思ってました。あ、ミコトとは高校で自然と仲良くなりました。まあ、普通な日々を送りましたよ。でもあいつのナルシストぶりには引きましたね。でも事実、文武両道だからなんも言えなかったです。
0:______
斎藤:中野ってすごいよな
尊:え?
斎藤:だって運動もできて、勉強もできて、しかも帰ったら習い事でしょ? ゲームとかいつしてんの。
尊:ゲームしたことない
斎藤:ウソ
尊:ほんと。だってないもの。
斎藤:え、友達ン家いってやったりとか?
尊:そういうの、お母様許してくれないんだ。
斎藤:厳しいかーちゃんだね……
尊:まさか、いい母さんだよ
斎藤:ミコトは趣味ないの?
尊:趣味?
斎藤:そう。これをやるの好きでずっとやってる、とか、そういうのないの。
尊:わ、わかんないな。何が好き……かあ
斎藤:そうそう。ちなみに自分はゲームね。ゲームが趣味。
尊:へえ。得意なの?
斎藤:ううん。下手(笑)
尊:難しいんだ
斎藤:そう。すっごく難しい。何百時間やっても上手くならない。上には上がいるんだ。だからずっとやってるし、楽しいから苦しくない。そういうの、ミコトはないの?
尊:うーん、……わかんないなあ
斎藤:わかんないはないだろ。毎日つまんないじゃん。それじゃ
尊:あ、でも本読むのは好きだよ。
斎藤:本!? へ、へえ…。な、なに読むの?
尊:なんていうんだろう。最近読むのは歴史に名前が載るような人の本っていうか…。
斎藤:ウン……。(か、堅そう)
尊:例えば太宰が、欲しい賞がとれないからって川端へ手紙で「刺す」と悪口を書い送ったり、中原が何とも言えないたとえで悪口をいってみたりしている本を読んだんだけど、教科書とかでよく聞くような名前の人がこんなに人間味を帯びてると面白いなと思う。
斎藤:太宰ってあの太宰治? へ、へえ……
尊:あと、過去に大罪を犯したり、まあ大小関わらず罪を犯した人は、幼少期になんらかの問題を抱えていたりするっていう話が書かれた本とかなんかも好きだな。なんだか、表面からきちんと出来事を見ると犯罪者が悪いんだけど、背景をみてその人を深く理解することでわかる”一概に悪いとは言えない悪”を知るとワクワクする。
斎藤:色々見るんだねえ。
尊:うん。最近はこのくらいかな。本当に面白いんだよ。読む?
斎藤:や、いいや。文章読むのなんて教科書で精いっぱい。勉強でもないのに本なんか読める気がしない。
尊:直球だなあ(笑)
斎藤:またさ、こうやって面白いなって思ったやつ、教えてよ
尊:うん、いいよ。私でよければ
斎藤:あと勉強も! よかったらお願いします!
尊:どこがわからないの?
斎藤:えっとね……
尊:ちゃっかりしてるなあ(笑)
0:
斎藤:あぁ~~~!!!! 学校終わった!! ミコト!!! この後ひま?
尊:塾ある
斎藤:ええ? 今日も? なんか毎日行ってない? 休みはないの?
尊:えっと、今月の習い事は……
斎藤:いーいーいー、言わなくていい。急に誘って悪いな。また暇なときにいこうな。
尊:……。
斎藤:今日は一緒に帰ろう。
尊:……うん、いいよ。でもすぐそこまでしか行けないけど。
斎藤:ふうん、家近いんだ。いいよいいよ自分もそこの分かれ道で曲がるから。ちょうどいいね。
尊:そう、だね。
斎藤:あ、あそこの脇道にすげえ車が止まってる。きれいな黒の車。なんなんだろう。
尊:あれ、うちの車。
斎藤:え!?
尊:いつも迎えに来てくれてるんだ。
斎藤:ええ、へ、へえ。わざわざ、ふうん。
尊:今日はここまでだね。ありがとうね。誘ってくれて。
斎藤:ううん。いいよ。絶対、また遊ぼうね。
尊:……うん。
0:______
斎藤:高校生活は普通にすごしました。人が変わったのはあいつが実家の会社を引き継いだ時です。
0:会社?
斎藤:ええ。会社ですよ。中野家ってすごいらしいんですよ。海外に仲いい人とかたくさんいたらしくて、おかあさんもその関係の人なんです。
斎藤:学校が違っても職場が違っても、週に一回、長くて月に一度は会ってたんです。その時は普通だっだんですけど、尊の知りあいのひとっていうか、中野家の関係者の人というか、そんな感じの人物から相談を受けたんです。当主として後を継ぎ、会社の代表取締役になってから人が変わったように暴行を振るうようになったと。軽症4名 重症1名、犠牲者はみな男性です。退職者も出てパフォーマンスも悪くなって、会社の噂や口コミが悪くなっていると言われました。……最初きいたときは、耳を疑いましたよ。だって人を殴るような奴じゃないんです、ミコトは。だからそのときは一度話だけ聞いて、いったん帰ったんです。それで本人に確認したところ、確かにそのきらいがあるということがわかりました。
0:______
尊:ハア、どうしよう……。私に怒り癖があるなんてしらなかった。
斎藤:怒り癖なんてどうやって直すんだよ……
尊:でも嫌なんだよ。私だって、別に怒りたくて怒ってるわけじゃない。怒ると雰囲気がギクシャクするし気まずいしクオリティ下がるし、百害しかない。わかってるのになんだかどうしても怒り癖が治らないんだ……。
斎藤:怒る前に3秒止まってみたり、すぐ別室に移動してみたりするのはどう?
尊:それでも結局怒っちゃうんだよ。どうしようもないんだ。
斎藤:それは……。
尊:今までにない感覚なんだ。私は社員を信頼している。サポートしてくれてる皆には頭が上がらないし、何年も続く会社だからこそよくしようとか、いろいろ考えるんだ。でも、誰かがミスをしていたり、いやミスをしていなくても、本当にどうでもいいときに、なんだかイライラして気づいたら人を殴ってるんだ。床に血がついて、でも一発殴ると頭がスカッとする。スッキリして自分の行動を客観的に見ることが出来る。良くないことだってようく理解している。でもそれでも怒鳴る口が止まらないんだ。気づいたら相手を泣かしている。
斎藤:それ、本当にまずいよ
尊:わかってる。わかってるんだけど……
斎藤:多分ストレス溜まってるんだろうな。こころあたりとかない? 最近会社の売り上げ悪いとか? 嫌いなひとがいるとか? なんでもいいんだけど……。
尊:……。
斎藤:それか単純にこころの余裕がないか、だよな。最近遊んだりとかしてる? いや今遊んでるようなもんだんだけど、でもお前、仕事人間だからなあ。高校のときもそうだったよな、忙しいっていって遊んでくれないし、暇な日あってもダメなところとかあって結局一緒にあそんだことなんてなかったし。なんか、ミコトは自分を追い詰めすぎてるような気がするんだよな、必要以上に、……ミコト?
尊:うっさいなあ
斎藤:え?
尊:むかつくんだよなあ。それ、さっきから説教じゃないか、真面目に話を解決させる気があるのか? 解決策を提示するわけでもなく、口だけ寄り添ってるふうで実の成ることなにも言わないじゃないか。なんなんだ? 一体なんのつもりなんだ、私は一分一秒でも早く問題を解決させて会社を動かさなきゃいけないのに、クソ、クソ、クソ……(ぶつぶつ)
斎藤:ハア? なんだよ急に、ちょッ__
0:______
斎藤:あいつの怒り癖をどうにかしようとして何度も一緒に考えたんですよ。でもひどくなるばかりでした。しまいには話し合い中に怒鳴るようになって、それから疎遠になってまた何年も経ったんですよ。で、急に連絡が来ました。
斎藤:__なんでも、子供ができたって。
0:______
尊:かわいいんだよ。子供って。知ってる?
斎藤:おま、お前さあ。最後あんな別れ方したのにすごい神経で電話してくるな……。
尊:それは…うん、悪いと思ってるよ。なあ、今度は食事にでも行かないか。私が用意するし、私がおごる。悪くないだろ。
斎藤:めずらし、いいの?
尊:ああ、いいよ。
0:数秒間を置く。
斎藤:(飲み物を飲む音)__。で? その件(くだん)のこどもがどうしたよ。
尊:ああ、子供っていっても、私と誰か女性との子供ってわけじゃないんだ。ほら今4月でしょ。あの日は暖かくてね。でも仕事が立て込んですごく疲れていたのは覚えているんだよ。例の怒り癖もひどくてね。落ち込みながら帰ってたんだけど。そしたら私の家の玄関で子供が捨てられていたんだ! 1歳かそこらの、まだ首が座らないくらいのこどもだよ。びっくりして、でも夜も遅いしと思って家に入れたんだ。それでしばらく住んでみたんだけど、愛着が湧いちゃって……。
斎藤:それで? それで引き取ったってわけか。犬猫拾うみたいに。
尊:いいだろ。軽率だったかもしれないが、ちゃんと育てられる。金も家の広さも十分だ。
斎藤:いやそういう問題じゃないでしょ……だっておま、おまえ知識とか、もっとこう、……いろいろ大丈夫なのかよ。
尊:保健体育の成績が悪いことはなかったし、わからないことはこれからでも勉強すればいい。だって、捨てられてたんだよ? 私の家の玄関の前に、わざわざ捨てて行った人がいるんだ。私が拾っても問題ないはずだけど?
斎藤:ハア……。
尊:大丈夫だよ。ヘマはしない。きちんと育てる。
斎藤:……チテキショウガイだっけ? もってるんでしょ? 本当にもらっていいの? あの中野家の当主が、それを長男として、迎えて良いの? しかも男児なんでしょ? 偉い人が黙ってないよ。
尊:そのあたりは確かに、あの人達が黙ってないけど、どうにかなるような気がするんだ。だって、
斎藤:だって?
尊:その子を引き取った日から、私の怒り癖がなくなったから。
斎藤:ええ?
尊:すごいだろ。多分、私にとってあの子は癒しなんだ。神かなにか、崇高な存在が巡り合わせてくれた天使なんだよきっと。だから、このまま面倒をみようとおもってる。
斎藤:フウン……そういうの、信じるやつだったっけ。マアなんか困ったことあったら、いいなよ。
尊:ありがとう! 君ならそう言ってくれるとおもってた。
斎藤:言っとくけど、自分も経験とかゼロだからな。非交際期間イコール年齢の人間、ナメんなよ。
尊:ああ、それは私もだ。
斎藤:……ウソだろ?
尊:さあ?
斎藤:あ、また今度お茶入れてくれよ。なんかあげるからさあ。
尊:いいよ。でも、しばらくはあの子に肉体的 精神的にも環境に慣れてほしいから、しばらく家には来ないでね。
斎藤:うぇーー。過保護じゃん。
尊:それぐらいしてあげたいんだよ。なんせ私は、あの子のパパになるんだから。
0:______
斎藤:その日からまた、交流を持つようになりました。ミコト、紅茶入れたり勉強得意とか、”特技”はあるけど、趣味はなくて。だから会うたび楽しそうにその子供の話をすると、まあいいかな、って思うようになるんです。なんか本当いろいろ調べてるらしくて、自分も聞かされてるから、育児とかそういう関係の話になんだか詳しくなっちゃいました。まだ、恋人すらいなくて、将来どうしようとかより今を生きるので精いっぱいだったのに。いい話を聞くと、いいですね。聞いてるこっちも楽しくなる。
0:いいはなしじゃないですか。
斎藤:でも妙なのは、その件の子供、まだ誰も見たことなかったんです。ミコトもなんとか理由をいって子供関係の話全部断ってたらしくて。だから「障害持ちの男の子」しか、みんな知りませんでした。自分とですら、それ以上詳しく話してくれなかったんです。
0:______
0:電話の着信音、どうやら斎藤のケータイから鳴っているようだ。
斎藤:はい。斎藤です。
尊:あ、斎藤?
斎藤:そう、斎藤。
尊:あの、急で申し訳ないんだけど、今日、息子の5歳の誕生日なんだ。
斎藤:おお、めでたいじゃん。
尊:そうでしょ? 5ってキリがいいし、祝ってあげたいんだ。でも今日中に帰れる自信がなくて……。
斎藤:ハーン。いいよ。変わりにいわったげるわ。
尊:助かるよ!
斎藤:家どこだっけ? 引っ越した?
尊:引っ越してないよ。えっとね……(住所を伝えている)。
斎藤:うんうん。いいよ。今から行くわ。なんかその子が好きなのとかない?
尊:うん、プレゼントはこっちで用意して会って、これはちゃんと私から渡したいから、ほんとう、花持ってくとかだけでいいよ。それで多分大丈夫だと……。
斎藤:おま、おまえ、パパになって何年だよ……。
尊:イヤお恥ずかしい。
斎藤:いーよ。とりあえず適当に買ってくるわ。
尊:あ……。(電話の向こうで誰かに話しかけられたようだ)ハイ。わかりました。ええ、ええ。すぐ向かいます。……。あの、わるいね斎藤。よろしくね。
0:電話が切れる。
斎藤:……ふう。花と、小さいケーキでも持って行ってあげたほうがいいかな。アレルギーとか大丈夫だったっけ。余らせても、ミコトもお菓子とかちょっとダメだからな……。あー、小さいお菓子とかなら大丈夫かなあ。あと子供が好きそうな飲み物とか? プレゼント買ったって、何がすきかわからないんじゃしょうがないしな……。
斎藤:ああ、家ここか。えっと、確か番号……。1610(イロト)と……。開いた。なんで番号が前とおんなじなんだよ。一会社の社長だろうが……。えっと、部屋はたしかここ……。……はあ?鍵空いてるじゃん。物騒だな。人に入られるぞ。下手したら子供の命だって……
0:つんざく音が部屋中を響いている。
斎藤:な、なんだこれ、何の音だ? 子供がなにかいじったのか? うるさ、いやこれ正気じゃないだろ。止めに行かなきゃ。どこだ…。……でもほんとに過保護だな。どこも布とかクッションばっかだ。子供を育てるってこんなもんなのかなあ。フェンスもある。あ、歩行補助機だ。最近歩けるようになったっていってたな。へえ。しっかりした作りじゃん。でもつみきとかおもちゃとかそこらへんにあるな。さっきまで遊んでたのかな。あぶね。足怪我するしこけちゃうぞ。でもどのおもちゃも冷えてるな。随分前に遊んで、それからどっかで寝てるのか? 悪い子だな。パパが見たらきっと怒るぞ。
斎藤:……妙だな。人の気配がしない。写真立てもやたら置いてあるのに中は全部空。あいつ変な趣味してんな。
斎藤:……ハア??
0:______
0:いかがしましたか。
斎藤:ああ、いえ、今思い出してもショックだったんで、ちょっと……。(もらったお茶を飲む)
斎藤:結論でいうと、あの家に赤ちゃん……こどもなんていませんでした。いえ、最初からいなかったんです。子供が寝ているだろう膨らんだ毛布の下には、冷たくなったペットボトルと、鳴り響く目覚まし時計、それを包むおむつがおいてありました。あいつ、何年もこころの病気をもってたんです。医者に見せたら”妄想性障害”と言われました。
0:妄想性障害?
斎藤:ええ。ミコトの場、自分にとって都合のいい人間がみえるようになる、という話でした。それがなんもできない赤ちゃんだったんです。入院することになって、薬とか服用するようになってからが大変でした。怒り癖が戻って、手足口ぜんぶでるんです。爆発するように怒って、突然切れたようにおとなしく眠ります。そんな日が続きました。またしばらくすると治ってくるんですけど、どうやら何もかも気力がなくなってボーッと息だけしてるときがあります。それでとうとうあいつ、泣きました。やっと現実がわかったみたいで。「栄光も名声もすべて消えた。私の評価は地の底だ。」と、ぶつぶつ、ぶつぶつ。ぜんぶ自分の話です。今までの幸せが嘘のように子供の話がめっきり出なくなりました。普通じゃないですよ。人がまた変わったみたいだった。でもなんだか、ずっと前からこうだったような気もしたんです。それで、殺人を犯してしまう人の幼少期の家庭環境の話を思い出しました。もしかしたらっていうのと、話題づくりもあって、大好きな母親との話でも聞こうと思って聞いたんです。……今思えば、本当に聞いてよかったのか。
0:______
尊:昔の話?
斎藤:そう。高校で話す前の話。なんでもいいよ。起きてたほうがいいでしょ。暇つぶしにもなるし。
尊:……そう、だね。それがいい、とおもう。
斎藤:お、いいな。盛り上がってきた。
尊:ちゃかさないでよ。そんな面白い話ないって。えっと……。どこから話そうかな。
尊:お母様とお父様、実は恋愛婚で、お母様は玉の輿だったらしいんだ。お姫様とかそういう話が好きだったみたいで、実家じゃいつでもうれしそうな姿ばかり見たなあ。いつまでも少女のこころを忘れないような方で、いつもきれいにしてるんだ。そんなお母さまでも、お父様は立場上中野家の当主だからいつまでも遊んでられなくて、どうしても跡継ぎが必要で……。
斎藤:え、でもおまえ、一人っ子じゃん。おばさんおじさん結構歳いってて……。
尊:なかなか子供が生まれなかったらしいんだ。それで、やはり純血じゃないからとか、ガイジンだからとか、いろいろ陰口いわれだして、けっこう参ったとおっしゃってた。私が生まれたころにはもうお母様は39歳になっていたと聞いた気がする。
斎藤:うぇぇ、すげえ歳。大変だな。
尊:そりゃ大変だよ。出産も命懸けだったと。母子ともに命があるのは奇跡だとも言われた。この一度きりで妊娠はできないお体になったのだそうだ。そんな中に生まれたから大事に育てられた。でもほんと、たった一人の子供が男児でよかった。跡継ぎはできたから周りは喜んだんだ。
斎藤:そうとう祝われただろ。
尊:そりゃもう。いまだにお年玉くれる人いる。
斎藤:え、今いくつ?
尊:28(笑)
斎藤:やっば(笑)
尊:アハハ……、それでねえ、教育係とか乳母とかの用意もあったんだけど、お母様、ぜんぶ断ったんだ。
斎藤:たった一人の息子だから、そりゃ一からひとりで育てたいでしょうよ。
尊:ああ……。……。
斎藤:ミコト?
尊:……私、そうか。ずっと……、そうだったんだなあ。
斎藤:?
尊:私、ずっと褒められたかったんだ。勉強も、運動も、ほんとはあんまり好きじゃない。体育着きると布が余ってひらひらになるし、汗かくのも好きじゃない。でもそれでも頑張ったんだ。ずっと……。
斎藤:ああ、お前、頑張ってたよ。だって中学とか、短距離走、一位じゃん。
尊:すごいでしょ。
斎藤:ああ、すごいすごい。
尊:思い返せば、お母様は、笑っていても褒めてくれたことなんて一度もなかった。
斎藤:……。
尊:「勉強しなさい。」「9時に寝なさい。」「お菓子を食べない。」……いろいろ言われたよ。可愛い、きれいとか言われても、それまで。……、そう、一人称も。「私っていってると、儚い男の子みたいで可愛いから、今から私って言ってみましょう」っていわれて、それからずっと言ってたんだ。
斎藤:え?
尊:勝手にお菓子食べちゃダメ。お箸の利き手はこっち、文字はこっち、ハサミはこっち。外食もダメ。習い事は水泳+アルファ。バレエ、ピアノ、お琴、茶道……。今思えば、これってひどいなあ。私、全部やったよ。学校終わったら車で迎えてもらって中でご飯食べてそのまま習い事。家に着いたら寝て、早朝に運動と宿題。でもなぜだか当時の私、すごく頑張ってたんだ。褒めてもらいたくて。
斎藤:水泳してたのは知ってた。なんかの賞がとれたとか、言いふらすの好きだったもんな。
尊:そう、言いふらすのすごく好きだった。うそは吐いちゃダメって言われたから、付かなかったけど、でも最初は誇張してまでいったことある。
斎藤:でも、そんな早いころからそういう毎日送ってたんだ。だって、高校の時も似たような生活習慣だったよな。学校の近くで車が止まってて……。
尊:そう。遊ぶ時間なんてなかった。車の中でお母様のご飯食べて、習い事して、早く寝て、早朝勉強して、学校いく。ずっと同じ生活。テレビもみたことなかった。
斎藤:そうそう。最初変な奴だなっておもってたもん。だって、有名なネタも利かなきゃ、女優も俳優も、ドラマも何にも知らないんだもん。漫画も存在知らなかったしな。
尊:そう、みせてくれるまで、絵なんて絵画やデザインの話だと思ってたくらい。
斎藤:お前そんなのだと、多分アレとか食ったことないだろ。
尊:?
斎藤:ジャンクフード。
尊:あ、食べたことない。
斎藤:うまいのになあ。あのチープな肉の味が。
尊:外食も、大人になって初めてだもの。しょうがないよ。
斎藤:え、ウソ。
尊:ほんと。
斎藤:高校になってもつれてってくれなかったの?
尊:お店に入れてくれても、ドリンクとか軽いお茶請けくらい。あ、フルーツは食べさせてもらえた。でもそれだけ。
斎藤:なんでよ。
尊:栄養バランスが偏るとかなんとか。だから、誕生日のケーキ、全部食べたことないんだ。
斎藤:ハア!?
尊:あるにはあるよ。でも小さいのをちょっとだけ。
斎藤:ミコト、そんな生活しててよく生きてこれたな……。
尊:生きてないでしょ。
斎藤:?
尊:怒り癖と妄想だよ。読んだことあるんだ。
斎藤:おや、お得意の知識披露か?
尊:えっとね。まず落ち込みやすい性格に「自己意識が高く、他者の評価が低いと感じる人」ていうのがあるんだ。多分これが私ね。
斎藤:ナルシストだもんな
尊:それで、精神がおかしい人って、感情を感じ取る力が人一倍強いみたいなんだ。特にイライラした感情が。……人格を形成する大事な思春期の時期に、精神的負荷がかかるとそれは今後一生続く。それで私に怒り癖が付いたんだと思う。お母様を怒ろうとしたことなんか、一度もないんだ。これだけ嫌だなと思いながら言うことを聞いても、きゅうに腕がなくなったみたいに動かない。何をしようと思わない。
尊:疲れてたんだ。すごく。最近、私にかかる悩み事や圧力が多かったんだ。怒り癖をどうしようっていうのと、あまりにも私が乱暴なので、見合いをしようにも娘を紹介できそうにないと、でも跡継ぎは作らせねばならないという偉い人らの威圧と、多忙さで頭がどうにかしてたんだと思う。全然眠れてなかったのもわかってた。
斎藤:それで、赤ちゃん。
尊:なにも小言を言わないで、ただ私のことを褒めてくれる人が欲しかったんだ。……皆、私のことをすごいというけど、それだけだ。認めてほしかった。やればできる子なんだって。
尊:でも、もう駄目なんだ。
斎藤:……。
尊:いったろ、私の評判は地に落ちた。こんな好き勝手するなら、血は継いでなくとも、もっとしっかりしてて賢い誰かを社長に祭り上げる。私は用済みだ。
斎藤:……ミコトはこれからどうするんだよ。
尊:……どうなっちゃうんだろうね。
0:______
斎藤:それが、あいつと話した最後でした。こころの整理がついたんだと思います。母と仲良さそうに見えたのも、ただの幻覚でした。……仲いいわけがなかったんです。部外者がいうことじゃないけど、きっと、もっと複雑な思いがあそこにあったんです。過ぎたことですよ。いまもう、いくら連絡をとろうとしてもミコトには繋がりません。多分、ケータイも捨てたんだと思います。……どっかで幸せにくらしてると、いいんですけどね。
0:シンと部屋が静まる。斎藤が一つお茶を飲んで、湯呑みの中は空になった。
0:
0:終