2023年5月2日
「神技」という言葉を聞いたこと、言ったことがあるかと思います。
人の力を超えた「何か」を感じてそう言うものなのか、何気なく使っている言葉ですが、神技というものを身につけている人を見ると色々と考える事があります。
神=魂であると、私は魂の事を「神」と表現する事があります。
神というと、どこか神社仏閣などの特別な場所にしかいないように受け取られますが、私のいう神は、一人一人の中に宿っています。
常に神と共にある、神は天ではなく、神社仏閣ではなく、自分の中に生まれた時から「ある」のです。
勘違いしては困るのですが、神が宿るから特別なわけではなく、何かご利益があるわけでもありません。
ただ、自分が自分らしく、毎日の生活の中で喜びを感じ、それを表現し、生き生きとしているならば、何かしらの思し召しがあるかもしれません。
神技というものを身につけた方などは、魂の望む生き様と人間の歩む生き様がうまくマッチして、魂+心(人間)=神技という形になっているのです。
自分が自分らしくと書きましたが、あなたのあなたらしさって何でしょうか。
働かなくても仕事には困らない、24時間365日、何をしても良いと言われて、あなたは何をしますか。
最初は遊んだり、気の向くままの生活であったとしても、そんなものはある程度で飽きてしまいます。
親としての自分、社会の一員としての自分、そういう殻を脱いだとして、あなたは何をしたくなるのでしょうか。
今までそんな事を考えたこともないかもしれませんが、自分らしくありたいと思うものがあるのならば、まずはそこを見つめていかなければ、生まれてきた意味を見失ったまま一生を終えてしまいます。
先に書いた思し召し。
神技を身につけた名医の方などは、一般の人からは想像も出来ない疲れ(肉体的にも精神的にも)を背負っているはずなのに、どこか若々しさやエネルギーを感じますよね。
それが一つの思し召しなのです。