たい焼き
懐かしいおやつの味と言えば、母がよく作ってくれたドーナッツ。
今流行りの小洒落たものとは程遠い、かりかり玉子風味のややいびつな輪っか。
近所の土手から摘んで来たよもぎの香り立つ草団子。
お客様来訪の際にお目に掛かれる、近所の洋菓子屋さんのアップルパイと、大人の風格ブランデーケーキ。。
それらとは違う類いの懐かしさが、たい焼きにはある。
四人兄弟の末っ子の私が気仙沼という港町で生まれてから程無く、私達家族は父の故郷仙台に移った。
そして自分達の家を持つまでの間、父の実家で暮らす事になった。
祖父は気の優しいひとで、私達孫の事もとても可愛がってくれたが、少々酒癖が悪かった。
父の実家には、親戚が集まっては昼間っから宴会が始まるのだが、その料理やら何やらすべてを母が受け持たなくてはならなかった。
酒が進むにつれ、大声でやや乱暴な口調になる祖父。
それに対してまわりはイライラ、ピリピリ、たちまち不穏な空気が立ち込める。
時には罵倒が飛び交う事もあった。
そんな時、母はそっと幼い私の手を引いて、近くのスーパーまで行くのだった。
そして、その中のカフェテリアでたい焼きを一尾買ってくれた。
カフェテリアの椅子に座ってそれを食べながら、ほとんど会話はなかったような気がする。
母は途方に暮れていたのかもしれないし、もしかしたら泣いていたのかもしれない。
結婚するまでは、クラシック喫茶でコーヒーと本だけで何時間も過ごせるような人だったから、息抜きの空間として、スーパーのカフェテリアではさぞ物足りなかったろう。
それでも、その時精一杯の静けさと安らぎがそこにはあったのかもしれない。
子供は意外と冷静でたくましい。
その束の間だけ、私は母を一人占めできた。
そんな母と私だけの秘密の時間がずっと続くように、私はゆっくりとたい焼きのしっぽを噛み締めた。