bar ミクトランパ 【シチュボ向け一人読み台本】
1人読みショートシチュエーションボイス向け台本
キャラクターの縛りなどはないので、性転換や語尾変更程度はご随意に。
以下本文
いらっしゃい。そこの席、どうぞ。あぁ、上着はそちらへ。
(カウンター席に座り)
初めてのご来店、で間違いないかな?
ようこそ、バー「ミクトランパ」へ
ウチは、というか、私のスタイルは『気楽に』でね。砕けた感じの接客になるが、気を悪くしないでくれよ。
さぁ、注文を聞こうか。
ん?おまかせ?ほぉ....
いや、なんでも。さて、じゃあご期待に添えるよう、気楽にやらせてもらうよ。
(カクテルグラスに氷を詰めて、後ろの棚からボトルを取りながら)
それで?何が『嫌になった』んだ?
そんなに驚くなよ。見ればわかるさ。これでも、この仕事も長くてね。
疲れた表情、1人での無計画な来店、雑な注文、これだけ揃えば、探偵じゃなくてもそれくらいお見通しさ。
話したくないならそれで構わないが、話したくないのでないならば、話せよ。そういうのを溜め込んだまま飲むのと、吐き出してから飲むんじゃ、酒の味は天と地ほどの差があるもんさ。
(シェイカーに計量したスピリッツを入れながら)
ふむ....あぁ....なるほどね(相槌)
そいつぁご愁傷さま。あんたは見たところ、特別有能ってわけじゃないが、責任感だけで頑張れてしまう、いわゆる貧乏くじ体質ってやつだな。
いや、貶してるわけじゃない。世の中が上手く回ってるのは、そういう踏ん張りのきく人間があれこれやってくれているお陰だしな。ただ、それはそれとしてやはり苦労を背負い込む質なのさ。だから、あんたに対して変わるべきだとか、周りのヤツらにガツンと言ってやれとも思わない。そういう奴らは得てして「言ってもわからない」タイプだからな。結局、真面目な頑張り屋がその分も大変な目にあうのさ。そんなわけだから、ご愁傷さま。
ん?ふっ、バーテンダーの事をなんだと思ってんだ。どいつもこいつもが人生相談のプロだと思ったら大間違いだぞ。もっとまともな励ましやら慰めやらが聞けるとおもったかい?まぁ、そういう言葉が欲しい時もあるだろう。だが、お前さんに必要なのは、そうじゃない。
(シェイカーを振る)
あんたに今必要なのは、気休めじゃない。憐れみや共感でもない。鏡だ。今の自分がどんな風か、それをちゃんと見定め、理解すること。そしてそれが、『きっかけ』になるのさ。
(グラスの氷を捨てて、シェイカーの中身を注ぐ)
はい、おまちどうさん。
『ウォッカマティーニ。ステアせずシェイクで』
知ってるか?OO7のジェームズ・ボンドのセリフさ。詳しい説明は省くが、これはいわゆる主流の飲み方とは違うマティーニのオーダーで、当時の人々は衝撃を受けたそうだ。今じゃ、ボンドマティーニなんて愛称もある。型破りで、破天荒。そんな一杯さ。どうぞ。
(客、グラスを手に取り、飲む)
どうだい?キンキンに冷えた流体が喉に落ちて、そのアルコールが昇ってくる瞬間、腹の底に火がついたような心持ちになるだろう?まるで冷たい炎に身体を包まれるように。
あぁ、もうわかったと思うが、強めだからな、もし苦手なら無理しなくてもいい。
だが、目は覚めただろう?
話を戻そう。あんたに今必要なものの話さ。それは、どこか遠いところから、傷ついたお前の姿を眺めてる、中途半端な他人の優しさなんかじゃない。
あんたが今、どんな顔で生きてんのか、それをあんた自身に教えてくれる鏡。それがあんたが見つめるべきものさ。
周りに合わせるのはいい。だが、流されるのはダメだ。自分の道を行くのはいい。だが、他人を蔑ろにするのは良くない。結局、自分がどこに立ってて、どんな顔して生きてるのか。そこだけしっかり見つめて、後悔のないようにやってくしかないのさ。そのバランスやらなんやらが上手い奴のことを、世渡り上手なんて言うのかもしれんが――まぁ、どうやらあんたは違うらしい。だからせめて、目を覚ませ。あんた自身から目を離すな。このひと口を飲み下す一瞬さえ、あんたの人生の一幕だ。1番の観客であるあんた自身が見てないなんて、そんなの勿体ないだろう?疲れきった寝ぼけ眼じゃ、いろんなものを見過ごしちまう。だが、たとえ忘れたい程最悪な日々でも、来週には忘れてしまう退屈な一日でも、あんた自身がそれを見逃すのはナシだ。霧中の暗夜行路も、目をつぶってちゃ差し込む一筋の光芒さえ掴めないってね。
疲れたのなら休め。休めないのならなおのこと、自分のコンディションから目を離すな。そんでも、瞼が重くてどうしようもないなら、またここに来ればいい。目の覚める1杯を、お出ししよう。
そんでもって、いつかマトモな顔になってから店に来た時には、楽しめる酒を出してやるとも。今日みたいな説教臭いのは、こっちだって好みじゃあない。
いつか、純粋に夜を楽しめるようになるまでは、この『ミクトランパ』は、一時の休息所でも構わない。
お前さんが、その足で歩むのをやめない限りは、腰を下ろして1杯やるくらいの安らぎは、提供するとも。だから、今日のところはそれを飲んだら帰ることだな。あんたに必要なのは鏡と後もうひとつ、睡眠だ。ちゃんと寝てるか?人間、ちゃんと寝ないとやばい事になるからな。
(客、グラスをかたむけて飲み干し、お代を置いて退店する)
ああ、どういたしまして。そして、おやすみなさい、だ。
またのお越しを。