梅雨入り

2018.06.05 14:15

『すぐそこの駐車場までですから、大丈夫です』


降り出した雨の中、彼女はボクの差し出した傘を固辞し、すぐにでも駆け出したがっていた・・・らしい。


『2本持ってるから。どうぞ』


『そんなにおっしゃるなら・・・』


彼女はボクの傘を受け取ったが、差さずにそのまま駆け出して行った。


明らかに、ボクのお節介は、大きなお世話でしかなかった。


彼女は、そのとき、決して喜びや感謝の表情を見せてはくれなかった。



うすうす。


うすうす、感じるモノ。


でも、ボクは、気づきたくなかった。



だから。


何事もなかったかのように。


いや、むしろ。


努めて嬉しそうな表情を浮かべて、事務所に戻った。


『彼女、傘を受け取って帰ったよ』


同僚に一言告げる。


同僚も、うすうす知っている。




彼女は、ボクらの後輩が好きだったらしい。


その後輩は、彼女の友だちと付き合いだし、そのまま結婚した。


彼女は、契約満了で職場を去ったので、その後のことは知らない。




あれから、もう17、8年も経ったかな?






梅雨入りするころ、不意に思い出す光景。


思い出は、いつも、ほろ苦い。







今日、昼ごろ、ボクの住む街も、梅雨入りした。