来勘。
今年度新卒で繊維業界に入られた方はまだ営業の現場に出てる人は少ないだろう。今は受け渡しや先輩のフォローが日々の業務の中心なのではないかと想像する。しかし間もなく群雄割拠の戦地に送り出されるであろう未来の繊維戦士たちにとって、現場で営業成績を上げていくための武器というのはあまりにも少ない。不利な状況で結果を求められる世界が待っている。
繊維年鑑をめくり新規飛び込みをかければ、先輩が既に商権を握っていたなんて社内バッティングなんてザラだ。ようやくバッティングしない先を見つけ出し、取引までこぎつけたところで、今度は社内で与信管理から取引NGを言い渡されるなんてこともあるだろう。
いいお客さんだと思えば誰かがもうやってて、せっかく見つけた新規先だと思ったら会社から売ったらアカンってもうどうすりゃいいんだよって燻る時期が、まもなくやってくる。だが腐らず粘り強くやっていって将来立派な繊維戦士に仕上がってほしいと僕は願っている。
願っているからこそ、新規先が会社からNG出される理由を一旦冷静に考えてもらいたいと思い今回は与信管理の大切さを経験を交えて書く。
思い返せば約20年前に千駄ヶ谷に降り立った自称天才こと複合機に生地を流し込んで破壊するアホであった僕は、ある意味、こわいものはなかった。アホだったから。
一族経営の世襲企業であった前職時代、新歓の席で当時の部長(現社長)に対して「部長のお父様は何をされてるんですか?」と質問をし、部長は苦笑いしながら「ちょっと繊維関係の会社を経営してて・・・」と言われた後に部長のお父様は自分が入社した会社の社長だと知るくらい、こわいものなんか、なかった。というかアホである。
最初にあてがわれたお客様は軒並み会社が口座を持っているが取引はゼロというお客様が中心だった。あてがわれただけ幸せ者である。そのころは与信管理の「よ」の字も知らなかったし、毎日デスクに置かれる信用情報を読めと言われて読んでいるフリしてハンコをついて回して知ったかぶりをかましていたからそもそも与信の意味を分かってなかった。
口座を持っているということは、会社としては取引OKということで、与信クリアしている先だったのでガンガン行ってこいという意味であったのは後に知ることになるのだが、とりあえず何の意味もわかってなかったので、とりあえず毎日それらのお客様の会社を回った。あまり意味とか考えてなかった。
なんとなく雰囲気で、業界の雰囲気がわかった気になってきた頃、営業数字的に頭打ちになった。なんとなく数字は上げるものだってのは会議のどよーんとした雰囲気でわかったので、新規先を増やして数字を上げようとない頭を振り絞って飛び込み営業をかけるようになった。
最初はアポが取れただけで商売決まったくらいのテンションだった。だってアポさえ断られると人生の恥をかいたかのような気持ちになっていたので今となっては保険の営業で毎週飛び込んでくる若い人たちのメンタルを心底尊敬する。専門学生だった時マックでたむろして何かしらゲームで負けたら罰ゲームとして駅前ロータリーでマックの紙ナプキンをティッシュ配りしてる風で配るという辱めを受けた時に人生終わったと思うほどには落ち込んだものだ。
しかし人間は不思議なもので、飯のタネだと思えばメンタルのハードルは結構下がる。そのうち門前払いも苦ではなくなった。むしろ先述の通り、アポが取れたらラッキーくらいの気持ちになり、今度はどうやったらアポが取れるかを工夫するようになる。こうやって人類は進化していくのだろう。話が脱線したので新規先に辿り着いたところまで話を戻す。
これらのメンタルハードルを乗り越え、アポが取れた先と商談を進め、取引案件までこぎつけた時、僕にとってもう一つのハードルが現れる。それが与信だった。
商売始まるから会社に対してこれこれこういう先と商売しますって報告したら「じゃ新規取引カード記入してもろて」と言われ、書類を作成してもらい会社に渡したら「あーやまちゃん、ここアカンわ、売られへん」と言われる。なぜか理解していなかった僕はとりあえず今までの苦労が水の泡になることへ対する憤慨しかなかった。数字作らなきゃいけないのに頑張って取り付けた商売を「したらダメ」なことと言われるのは腹が立つ。とにかく若かったとしか言いようがないが、腹が立ったのは事実だ。
おそらくそのタイミングでそれなりに説明は受けた(はず)が、腹が立つし納得いってなかったしやったもん勝ちだと思ったので上長のハンコを上長が居ない隙を見計らって拝借し経理に回して勝手に取引を始めた先もいくつかある。立派な犯罪である。時効。
良い子は真似してはいけない。
腹が立って納得がいってなかった理由として、こちらから仕事くれって言いに行ってせっかく頂戴したお仕事をこちらの都合でお断りするなんて、相手からしたら「お前何がしたいねん」と思われるのは必至だし、やはり自分が動いたエネルギーが無駄になるというサンクコストに引っ張られたというのもある。
こうして非正規ルートで切り拓いた新規先ともいくつか順調に商売を進めることになったが、ある時お客様から聞き慣れない相談をされることになる。
「山本くんさぁ、この分の納品、ライカンにしてくんない?」
僕は意味がわかっていなかったので快く「いいっすよ」と安請け合いしてしまう。これが地雷だった。
一ヶ月ほど経った頃、経理から「山本さーん、〇〇(ライカンにしてって言ってきたお客様)さんから入金あれへんねんけどなんかありました?」と入電。これが人生で初めての入金遅れだった僕は意味がわからずとりあえずそのお客様に連絡し、入金がない旨伝える。するとお客様は「だってこれ、来勘にしてって言ったじゃん」と一蹴。なるほどライカンとは来勘で、来月勘定の略、つまり支払いのリスケって意味ね、と納得、できるわけない。できるわけないけど、安請け合いしたのは僕の方。ありのまま経理に伝えるとそのまま上長に伝わり大目玉を喰らうことになる。因果応報。しかし後の祭り。
このお客様(今はなき)は後に、末締めさえも24日以降の納品は基本的に来勘を要求してくるようになり、徐々に仕入先である僕に対する態度が横柄になっていく。身の危険(社内の立場的)を感じ出したので訪問を控え、意図的に対応を鈍らせて関係をシュリンクさせていったが、数年後会社ごとなくなっていたのを知ったのは、皮肉にもスルーかましていた信用情報の紙面であった。
取引中に残債がある状態で飛ばれなかっただけマシだったが、時期がズレていたらアウトだった。運が良かったとしか言いようがない。
なぜ会社がここまで与信管理に対して敏感なのか、詳しくは下記リンクをご参照いただければ幸い。そういえばこちらの記事もちょうどこれくらいの時期に書いている。
営業は代金回収までが仕事である。仕入れ先に対して納期の詰めはえぐいのに支払いはルーズなんてアパレルメーカーは実は結構いる。立派な繊維戦士としてこの業界で生き抜いていくには製造の知識だけではなく、このような地雷を見極め避けつつ、良好な関係を築けるお客様と共に経済を回していくことも必要とされるので、参考になれば幸いである。