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Botanical Muse

規格外と勘違い

2018.06.18 08:08

あまりにも長いダイエット生活が続いたために、私の中では「ケーキは食べてはダメ」という刷り込みがされている。が、ロールケーキは、その穏やかな形と素朴さのために、なぜか食べていいような気がしてくるの、、、。


先日ロールケーキを知人にいただき、それにハマったことも大きいかもしれない。食べるだけ切って皿にのせ、「これだけ」と言いきかせる。それなのにこの不精の私が、またわざわざ立って冷蔵庫を開け、箱を取り出し、薄く切る。「これだけ」とつぶやいて。が、それを三度も四度もやるというのは、もはやふつうではない。


心はあるの。心はあるんだけど、手と口が勝手に動いてしまうの。自分の根性のなさに私の心は暗く沈む。こんな生活をしていたら、もちろん体重は律儀に増える。なおその上にトロそうに見えるではないか。


私は遠くを見つめる目となる。あちらの世界からは、無数のオバさんたちが手招きしている。

「もうジタバタしないで、こっちへいらっしゃいよ。こっちはラクで楽しいわよ。おいしいものを食べて気楽にやりましょうよ」

ニコニコ太ったやさしいオバさん。頼りがいがあって大らかなデブのオバさん。もう、私はこれでいくわよ。


小さな顔に黒目たっぷりな大きな瞳をもつ、平成版ふわふわ系美少女のAちゃんは言った。

「恵美子さんの年齢でこの体型と体脂肪を保っている人は、全体の十五パーセントしかいませんよ」

そうか、私って肉体のセレブだったわけね。セレブはセレブにふさわしいことをしなくてはと、さっそくお買い物に出かける。お買い物は私の最高のレジャーであるから、決してイヤではない。


Aちゃんは、天才的なおしゃれなセンスを持っている。パリコレやミラノコレクションで発表されたものをすぐに身につけている。ストリート系の服も大人の味付けで着こなす。決して身びいきではなく、平均の女性たちよりも頭ひとつ分点数を上げているといったところであろう。


「〇〇は(ブランド名)、最高に今の気分なんです」とAちゃんは言うが、私にそんな長いカタカナを覚えられるわけもない。マネキンの様子といい、モダンな店のインテリアといい、この服がとても先鋭的な人たちに向けられているのはよくわかる。

そしていつも考える。大人の女性は、こうしたブランドと、どういう風につき合えばいいのだろうか。

私は大人の女性は、ややコンサバを心がけ、良質なものを着るべし、という主義であるが、ハイブランドだけではやはりつまらない。冒険心と勘違いの差はどこにあるのか、と絶えず考えながらも、時々は若い人のファッションに挑戦している。大人の女性になってもキレイでいることは大切だし、いろんなことに興味をもつことは重要だ。


夏が近づくと水着を買うのが、Aちゃんのならわしだ。水着はたくさん持っているそうだが、それでは昨年のものでいいかというと、やはり流行は微妙に違う。前からみたらセットアップのビキニにみえるが、後ろからみたらワンピースというエッジのきいたデザインが、どきっとするような高揚感を与えてくれるのだ。素材も夏の青空と太陽に愛されるように、ちゃんと計算されている。


頬を赤らめながら、それを着たAちゃんは試着室から出てきた。瞳に熱く輝く海のうねりを映しながら、かわいい形の貝殻を拾い集めているAちゃんの光景が見える。それより、Aちゃんのきゃしゃな体、抱きしめたら折れそうな体からは、美女オーラが放射線状に飛ぶのが見えるではないか。やはり、美女オーラに欠かせないものは、ファッションセンスのよさなのである。


そうそう、やはり都会のいい女といえば、サングラスは欠かせない。私もうんとクールでカッコいい女になれるのではないかしら。水着と同じで、古いものだとなんだか悲しい。サングラスや水着を買うということは、夏を買うのと同じことだものね。


「いいな、いいな。こんなのかけてみたいな」と、ショーケースのガラス越しに手をついて飾られているサングラスを眺めていたら、「どうぞ、お試しください」と店員さんがそれを取って渡してくれた。

かけてみる。目がはみ出す。その場にいた人たちも一瞬シーンと黙り込んでしまった。

まるで私が悲惨な悪ふざけをしているように思ったのだろう。わが身を振り返り、いさぎよくあきらめることにしよう。


しかし、よせばいいのに、すぐに影響されやすい私はどうしてもここの服がほしくなった。

が、いかんせん、サイズが小さい。ここはティーンズショップかと思うほどだ。私のような大女をはなから拒否しているように見える。


私は店内を見渡す。ここで買い物をしているお客さんはびしっと隙ひとつない。モードな服が似合うのは、贅肉のついていない、きりっとした中性的な体である。女であるセクシャリティを捨て去って、ファッションのために着るという姿勢こそがふさわしいのだ。はっきり言って、モデルクラスのスタイルを持っていないと似合わない。その点Aちゃんは容姿、雰囲気ともに文句なしだ。


往生際が悪い私がぐずぐずとしていたら、たっぷりとしたトップスをひとりの店員さんがすすめてくれた。ノースリーブにカシュクールデザインのバックスタイルがとっても素敵。試着したら、なんとか入ったわ。

他の店員さんたちも「すごく似合いますよ」と口々に言うので、購入することにした。

Aちゃんも「似合いますよ」とお世辞を言ってくれる。が、そして彼女は同時にこう言った。「だけど、着る前にエクササイズをやるべきですよ」


正しい指摘である。二の腕にショップの蛍光灯が白くつきさすと、太さがしみじみわかるのだ。いや、しみじみというもんじゃない。あれはまさに恐怖である。その太さたるや相当のものがあった。ぽっちゃりが好きという男性はいるが、ああいうのに甘えてはいけない。極めて少数と思おう。

この夏、いろいろと課せられている私である。