虹色記憶シリーズ episode 2 -そして天使は花になる-
ここはどこだろう。横たわっているはずなのに、肌には地面が触れている感覚がない。ぼんやりとした意識の中、目を開けて景色が目に入ってくるまでの間、さっきまでの景色が一瞬でちらついた。
沈み行く身体、湖の冷たさ。怒鳴り声と痛み、誰かの静止の声。あの子達の困った顔。静かなアパートの音。もう思い出せない、影の笑顔……。これが走馬灯というやつだろうか。
「……?」
記憶が過ぎて目の前に現れたのは、ただの真っ白だった。もう一度目を閉じて開けてみる。変わらない。目を開けたはずなのに、私の目の前にあるのは真っ白な世界だった。驚くほど何もない、ゼロとしか言いようのない世界だ。
思わず身体を確かめるように俯く。風も吹いていないのに、ふわふわと、重力にとらわれないスカートの裾を見つめていた。身体に重さも感じない。横たわっているのだと思ったら、ただ立ち尽くしている事に気づいた。
「やぁ」
「!?」
突然の声に振り向くと、目の前には自分と同じぐらいの背丈と年齢の少女。やはり彼女の頭に結んである長いリボンの端もふわふわと浮いている。
それどころか、彼女自身がふわふわ、風船のように浮いていた。
「驚かせてごめんよ、格好悪い登場だったね」
「……。」
にこやかに間違った挨拶を交わされ、困惑する。取り敢えず何か返事をしようと口を開いて、まず飛び出たのはこの状況への不満と、同意を求める彼女のセリフへの突っ込みだった。
「……し、知らないわよ」
「そうだろうね」
くすり、と少女は何がおかしいのか笑った。そうだろう、の言葉の意味がわからない。
「……ここは? あんた何者?」
「君と同じこの世界の住人で、君とは違う何処かの住人、そして君と同じ場所から生まれて、しかも君と違う場所で生まれた」
質問を待っていましたとばかりに、ペラペラと意味不明な事を口走り始める少女。そのあまりに無責任かつ曖昧な回答に思わず『私』はイラッとする。胸ぐらを掴んでやると、「おぉ、乱暴だなぁ」とやはり笑って言った。
「名乗りなさいよ、10文字以内で」
「……10文字で名前が名乗れなかったら?」
「イニシャルか愛称で答えなさい」
「……んん、ごほん。……『アリウム』」
わざとらしく咳をしてから、彼女、アリウムはそう名乗った。名乗ったので手を離す。
「残念ながらフルネームだよ」
「……わかってるわよ」
私が引っ張ったせいで崩れた服のシワを伸ばしながら、アリウムは訂正する。そうそう簡単に10文字以上の名前の奴が居てたまるか。アリウムの回りくどいやり方にうんざりしてきた。
「私はこの世界の案内人。……そして、君の名前は、シュウメ」
そう言ってアリウムは私を指す。私の名前? そういえば私は名前を覚えていない……気がする。けれど……
「聞き覚えがないわ」
そんな響きの名前でなかったことは確かだった。何かの間違いではないのかと否定を口にする。
「そして君は……」
けれどアリウムは聞く耳を持たないらしい。その言葉を無視して私を指さす。
「この世界の住人」
アリウムはわざとらしく腕を広げると、いつの間にか真っ白だった世界が夜のように暗く、そしてそれがまた明けていくように白く染まっていく風景に気づいた。まるで早送り映像のように、白い世界に影が落ちて、伸びて、縮むのを繰り返す。
「ようこそシュウメ! ここには何もないけれど、何でもあるんだ!」
私は思わず驚いてその場に座り込んだ。へたりこんだ、の方が正しいかもしれない。すると、彼女は私に静かに手を差し伸べる。反射的に手を取って立ち上がると、またふわり、と服の裾が重力に囚われず踊った。重さなんてまるでない。軽く引き上げられてします。なにここ、どうして、なにが。わからないことが多すぎてどれから聞いて良いものか分からない。黙ったままで居るとアリウムは勝手に話を続けた。
「私は、君がいらないものを捨て、必要なものを取り出すために存在する……真実に気付くまで案内をしよう」
「……いらないモノを捨てる? 必要なものを取り出す? 案内人……? 悪いけど必要ない、そんなの私ひとりで十分」
言っている意味は未だわからない。だが、確実にこれだけはわかる。
それが私のしなければならないことならば、『私がしなければならないこと』にアリウムは必要ない。
「そんな事を言わないで、この世界には、私と君しか存在していないのだから」
***
本当に、この世界にはアリウムと私しか存在していないらしい。暫く宛もなく歩いてみたものの、人の姿どころか、素晴らしく何もない。比喩じゃなく何もない。確かに真っ白な世界だった。
そして、私自身の記憶も、この世界と同じぐらいに真っ白で素晴らしく何もないことに気付く。ここにどうやって来たのか、ここに来る前はどうしていたのかもぼんやりで、アリウムが見せてくれたもの、説明してくれたものはふいに思い出す。『案内人』とはこういう事か。それまではどんなに常識的な話も、思い出すことが出来なかった。
「どうしてだろう」とそれとなく聞いてみても、お喋りな割にアリウムは口を滑らせない。いつも話を逸らすのだ。彼女が理由を言えば、絶対に思い出すはずだと確信してしまうのが逆に虚しい。
「何か知ってるんでしょ、あんた」
「どうかな? 私も思い出せないなぁ」
何度も尋問を繰り返すが、演技じみた笑顔でそう返されるばかり。しかし他に頼る存在は今のところ目撃していないのだから他に手がない。本当に、私たち以外、虫一匹いないのだろうか?
「普通と違って生命の維持に必要なものはこの世界には必要ないからね、他の『生命体』を見ないのはしょうがないね」
心を読んだかのように、アリウムはその問いに勝手に答える。
「残念ながら私と君が今のところ最初のヒトだ、ある意味アダムとイヴみたいなものさ」
「は? 馬鹿じゃないの」
こんなところでこんな胡散臭い奴に口説かれるとは思わなかった。若干の気恥ずかしさと、こんな奴とあり得ないという嫌悪の気持ちで突き放す。
「私のことは……いいや、誰かを愛することは嫌いかい?」
瞬間、ふとアリウムの笑みが取れた。その以外な反応に私の表情も変わる。と、流れこんでくる記憶。
「……あっ……」
ふと、誰かの影が脳裏によぎる。もう思い出せない程遠い日のような記憶だった。男の影と、怒鳴り声、振り上げられる拳。一瞬、その記憶に身体が竦む。
「君は、まだ早かったかな?」
「……気分のいい、記憶ではないわね」
私の禁断の果実は、傷んでしまったのだ。とある影の為に負った、傷のせいで。
***
ここは「彼女」の世界だ。
目を開ける間、脳裏に浮かぶのはさっきまでの景色。
引き裂かれていく心、皆の冷たさ。
泣き声と悲しみ、あいつの静止の声。
あの子の最期の顔。
煩い仲間たちの叫び。
もう決してつながりはしない景色。
そんな風景を思い出しながら開けたはずの目の前は真っ白。
ここは新しいスタート、1の世界。私は全ての記憶と使命を胸に、周囲を見渡した。
真っ白な空間にぽつり、小さな蕾が花開こうとしている。
「やっと咲くのかい?」
伝えたいことが沢山あるが、同時にこの花が咲くということは「あのこ」の終焉を意味する。それでも、何度も、声が届かないのを知って、やめて、やめてくれ、と言い続けた。その声がやっと届くのであれば、それ以上の願いはない。
彼女の記憶は全て私が担う。傍観し続けた、その悲惨すぎる記憶を彼女に背負わせたりはしない。
「ようこそ、この世界へ」
花が、咲く。その花の意味は『薄れゆく愛』。
「ようこそ、シュウメ」
ようこそ、「彼女」が棄てた記憶の世界へ。
***
少しずつ、私が見てきたシュウメの運命から、気分のいい記憶だけを与えていった。ようやく彼女は本来の笑顔を取り戻しつつある。なのに、その見たかった笑顔を見ていると不安になるのは何故だろうか?
……恐らく、彼女は気づいている。私が何かを隠していることに気づいている。
もうすぐ、この世界は終わる。それまでの辛抱だ。例え、この世界が終わろうとも、彼女の記憶を背負い続けられたその時こそ……それが私の生きた証になるなら……
「でも」
「もしも彼女が……」
「真実を知りたいと願った時、私は―――?」
***
「……本当に、誰もいないのね」
何もない世界の真ん中に寝転び、シュウメが唐突にぽつりとそう呟いた。彼女が咲いてから何日が経過しただろう、そう長くはなかったが、短くもなかった。その間に何か気づいたのだろうか。疑うようなその言葉に私の心は静かに揺らぐ。
「私がいるじゃないか」
シュウメはその言葉に振り返って目を見開く。
「……貴女と私は……どうしてここに存在しているの?」
「……知りたいの、かい」
ついに、この時が来てしまった。じっと彼女を見つめると、彼女は迷ったように目を瞑る。いいや、と言ってくれる事を願って待つが、彼女の結論は一拍を置いてすぐだった。
「……うん」
それはそうだ。自分への隠し事を、敢えて知らないでいるなんて私にはできない。彼女だって同じに決まっている。私達は同じ存在なのだから。シュウメは静かに、でも確実にこちらを見据えて頷いていた。……その視線に、シュウメが覚悟をしていて、しかし、私が本当の事を話さないだろう、嘘でもいい……疑いや諦め、色々な気持ちを背負っているのが分かった。
ここで嘘を教えても、きっと彼女は怒らない。だけれど……彼女が本当を知りたいと言う限り、私は嘘が言えない。それが私の使命だからだ。
「……シュウメ……ごめん、覚悟は、いいかい?」
私は常に正しく有りたい。私の世界を保つためにも、私は、もう、嘘はつかない。
***
アリウムに真実を聞いた。ダメ元だった。彼女は私に真実を問われると、苦しげに、しかしどこか安堵したような表情を見せた。もう黙ってはいられないのだと、多分心の何処かで分かっていたのだろう。私と彼女の心はどこか、恐らく同じ場所にあることを私はもう悟っていた。
「覚悟は、いいかい?」
「……うん、いいわ」
私は頷く。
いつの間にか、真っ白だった世界が、どこか見慣れた街の姿をしていた。行き交う人々、海が見えて丘が見えて、駅が見えて、誰も住めなくなったアパートが見えた。私はその間取りまでしっかりと『覚えて』いる。
ぼんやりと、目の前に怒鳴る男の影。顔は見えない。私を殴り、蹴る。不器用な私を、貶すような言葉が降り注いでくる。私の声だ。痛い、痛い、やめて、ごめんなさい。ごめんなさい。断続的に聞こえてきた。
「………すまない、相手の姿だけは…思い出させたくないんだ」
そのアリウムの声を聞いて、残酷な風景は遠ざかった。正直、脚がすくんでしまう程に、トラウマらしい残酷な風景が消えてほっとしていると、次に見えたのは見慣れない丘。その遠くに見えるのは、さっき見たような……私が昔住んでいたアパートと似たような、小さな部屋が続く間取りの、しかし違う建物。
「……君は、未来の私で、私は、過去の君の存在だった」
いつも調子のいいアリウムの、いつもより調子の悪そうな静かな声が響く。
「君はある日、記憶を失って迷い込んだ街でとある男に助けられた。住む場所もない君に優しくしてくれた男に、本来の自分を忘れた君はついていった。しかし次第にすれ違いが発生していく。」
「出来た仲間達は見ないふり、君は男から暴力を受けるようになる。それでも君は皆のために、と前進していた。でも、皆バラバラになってしまって、君はその世界を去った。」
「私はそれを見ていて、とても辛かった。君という未来の前に、過去である私はほとんど同じことをしていたんだ。」
「色んな人と一緒に暮らし、それぞれの生活や文化に干渉し合って…それがいつしか仲間割れから種族を掛けた争いになり……私は家族を一人失ってしまった。見殺しにされた。そうしてそこから追い出された……いや、違う……諦めたんだ……」
「でも、私は間違った事は言ってなかった。そう思ってる。ただ、もう少し歩み寄れればと思っていた」
「だから、シュウメ……君に酷い目にも遭って欲しくなかったし、酷い記憶も思い出して欲しくなかった……
でも、嘘もつけなかったんだ」
『……覚えているだろう?』
押し寄せてくる悲しい過去の終わりに、そう告げて振り返る悲しげな表情のアリウムがいた。
***
「……アリウム」
「……すまない」
自分の過去とアリウムの過去を振り返る走馬灯は、静かに元の白い世界へと姿を戻していた。その残像が消えるのをしばらく待った後、また静寂だけが訪れる。アリウムの名を呼ぶと、アリウムはシュウメから静かに目を反らした。隠していたことはこれで全てなのだろう、謝るだけで目を合わせてもくれなかった。
シュウメはアリウムに静かに歩み寄ると、ぱちん、と両手のひらで彼女の顔を包み込む。
「……っ!」
アリウムはその衝撃に息を呑む。上げた顔に映るのは、今の自分と同じほどに痛々しいけれど、覚悟をした顔だった。
「私と貴女は、同じ『彼女』から生まれた存在。同じ意志、同じ価値、同じ願いから取った行動なんでしょ、負い目を感じる義務なんか無いわ。もしも私と貴女の立場が逆なら、私だって同じ行動を取ると思うから……」
「シュウメ、」
その瞬間だった。アリウムは普段のゆったりした雰囲気からは想像もつかない機敏さで、シュウメの手前に回り込んだ。
キィン、という強い金属音の元に、真っ白な空から剣を振りかざし、『降ってきた』のは、黒く長い髪を持った子供。どこから出したのか、アリウムも同じような剣でその攻撃を受け止める。
「チャンスだと思ったのに」
がらん、と口をとがらせ、その子供は大きな剣を放り投げる。
「いくら君とはいえ、シュウメをここで殺させはしないよ」
「だっ……誰……!?」
ここにはアリウムしかいないのではなかったのか。シュウメは目を白黒させて、二人を交互に見つめた。
「コーレア、やめなさい」
混乱するシュウメの前に、さらに混乱させる人物が現れた。
「うっ、グラ……」
「ああ、グラジオラス、久しぶりだね」
「えぇ、お久しぶり、アリウム」
いかにも穏やかそうなお嬢様、といった感じの少女が現れたのだ。雰囲気はどことなくアリウム側に近く、穏やかで静かそう。一方、攻撃をしかけてきたコーレアはシュウメと同じ立ち位置に位置しているような、ちょっと活発、少し危険そうな雰囲気だった。その組み合わせに、彼女らもまた案内人と住人の関係なのかもしれない、とふと思う。
「シュウメ、彼女たちもまた私らと同じ関係であると同時に、『彼女』、つまりコーレアはこの世界の『創造主』に一番近しい存在なんだ」
やはりアリウムが、心を読んだように答えを説明する。
「つまりオリジナルに一番近い、いわゆる神と呼ばれる存在に位置するだろうか」
「なんでそれに私は今殺されようとしたわけ?」
シュウメはその言葉に肩をすくめる。グラジオラスと呼ばれた女性は、アリウムの流したその目線を受け取ったかのように説明をつなげた。
「『彼女』の終わりが迫っているのよ、つまりオリジナルの死、がね」
「その前に黒歴史は抹消しておこうと思ったのに」
「もう、コーレア、あなたって子は」
「ああっ、グラ、怒っちゃやだぁ」
その言葉に、オリジナルに近しい神とやらは頬を膨らます。シュウメはそのいきなりすぎる展開に目を白黒させたままだった。理解が追いつかない。
「ねぇ、どうゆう事よ、アリウ……」
もう一度アリウムに説明を仰ぎかけたその時、アリウムとグラジオラスが同時に真上を見上げた。釣られて見上げるシュウメに、静かなコーレアの声。
「あれ、珍しいね、侵入者だ」
「あぁ、なるほど。お客様だよ、シュウメ」
アリウムもそれに答えるように告げると、シュウメの目の前に降り立つ何か。それは、シュウメをもう少しカジュアルにしたような、穏やかながら少しやんちゃそうな『少女』だった。
「……姉さん!」
その声を聞いた瞬間に、アリウムが預かっていたシュウメの記憶を戻したのだろう、『彼』の事を思い出した。
「あなたはっ! なんで、そんな格好を?」
「……オリジナルの意識は意外に手強くてね。元のままじゃ入り込めなかったんだ」
そう言ってにこりと笑う顔は少し信用が出来ないが、何故か安心する表情だった。唯一の血縁者はそうして、いつでもシュウメを、『彼女』を助けに来てくれる事を覚えているから。
「カノジョの名前はムギメ、シュウメの、妹さ……お久しぶりだね」
「やぁ、相変わらずだね、君も」
「お互い様だろう」
まるで探りあうようなアリウムとムギメのやりとりに、シュウメは胸の内が騒ぐ。どうやら仲が良くないようだった。
「いやいや、君には感謝しているよ」
そう微笑むアリウムの目は笑っていない。その言葉に返事をするムギメの目は笑っているが、声は至って冷静だった。肩をすくめて目を伏せ、申し訳無さそうに言葉を発する。
「……いいや、僕は何も出来なかった……君の、家族を見殺しにしたのは、僕の管理能力がなかったからだよ」
「……いいんだ、もう、済んだことだ、それに」
そうアリウムが呟くと、一同はもう一度真上を仰ぎ見る。何もなかった空に裂け目があった。まるで卵から雛が生まれる時のような、でも確実に世界が終わってしまう為に。眩しい光が、真っ白だった世界に、透明に降り注ぐ。
「もうすぐ、世界は終わってしまうのだから」
穏やかなアリウムの声、微笑みかけられてシュウメも微笑んだ。まるで世界が終わるのなんて感じさせない、何故か安心するのだ。
「君達は、忘れられた記憶の一つのままでいいの……?」
そんな光景に、まるで満足したかのような笑みを見せながらも、悲しい質問を発するムギメ。シュウメは一度目を閉じると、カノジョに向き合って心から笑ってみせた。
「いいえ」
アリウムが言う。
「僕らは確かに、この世界に生きた証を残した……それでいい。あとは『彼女』の……サナの問題だ。いつか我々の記憶を取り戻して苦しむ日が、『彼女』に訪れるかもしれないからね……だから『私達』を頼んだよ、『ルナ』……」
その言葉にムギメが静かに笑うと、アリウムも続いて安堵したように笑い返した。
瞬間、ガラガラと音を立てて世界の壁が崩れてゆく。光が私達を包む。すべてが光に溶けて消えていった。
***
「花ことば、って知ってる?」
突如口を開いた、黒髪をなびかせた小さな子供が発した言葉はそれだった。グラジオラスという名を貰った自分が、小さく首を振るのが他人ごとのように感じるほど知ってるはずなのにその言葉を知らない。
「アリウムの花ことばは「正しい主張」」
「秋明菊の花ことばは「冷めゆく愛」」
「そして、グラジオラスの花ことばは「忘却」、ね、君にぴったりの言葉だね」
「それは私が、自分の国に忘れ去られてしまったから?」
「そうだよ」
子供はそういって屈託の無い笑みを向けた。
「じゃああなたは?」
「コーレアの花ことばは『信頼』、これは私のことじゃなくて、オリジナルのことさ」
「じゃあ、石ことばって知ってる?」
「『信頼』の石ことばを持つ石はDiopside、Aquamarine、……そして、Sapphireなんかがあるよ」
子供は、いつの間にかその指先に青い宝石を弄んでいた。
神様に弄ばれたひとつの宝石を。
今も何処かで忘れてしまった過去達を、からっぽの白い世界に仕舞ったままのひとりの天使のことを。