ファンタジカソング④
私に魔法の力が備わっている。私がマジカリストである、と気付いた時、頭にちらついたのはやはりあの悪魔の伝説だった。深い森の向こう側、古い城の港町。そこに根付いた、人々を呪う黒い羽の天使の呪い。この小さな村の能力者差別の根源であるそれを、私はひどく恨んだ。
その恨みはじきに、『根源となった天使は、何のために人を狙ったのか』という疑問に変わった。その疑問が小さな私を突き動かして、私は村にある情報、書物、ありとあらゆる歴史や魔法、魔族に関する情報に残らず目を通した。そして、通し尽くしたであろう頃。ようやく見つからない天使のことを、絶対に見つけてやろう、というプライドと、純粋に色んなことを知りたい、という好奇心が私には生まれていた。
最初はまとめるつもりはなかったけれど、調べていくうちにほんのちいさな手がかりが、パズルのピースのようにぽつり、またぽつりと見つかっていく。核心にはたどり着けないその悔しさが、隅々まで私の視線を伸ばしていく。
やがて、いつの間にか、私はたった一人で、マジカリストのデータベースを作り上げていたのだ。
そして、調べていくうちに芽生えたのは、自分自身がその魔法を使うこと。もう少し言えば、その魔法を飼いならすこと、誰も呪わない、誰かを救う魔法であること。
そう思い始めた時に出会ったのが、さらだった。でも、私はやっぱりさらの気持ちをいじって、それは呪いと何も変わらなくて――――
「そう思っていたんだけど……それは間違いなのかもしれないって、貴女が『うたごえ』を歌った時に思ったの。ああ、無意味だったんだな、って……」
「でも、そのきっかけがあったからこそ、せりかは天才なんじゃん、私のなんちゃってと全然違うんだよ」
二人の部屋。せりかのベッドに寝転んでクッションを抱きしめていたさらは、椅子に座ってそう語るせりかの言葉を一蹴した。せりかは困ったように微笑むと、さらの隣に座る。
「これが純粋な気持ちで、本当の努力の結果なら綺麗でしょうね、私はその始まりが、恨みや嫉妬だったのが悔しい。」
せりかはそう言って顔を伏せてしまった。さらは心配になる。
「でもね」
しかし、せりかはすぐに顔を上げた。
「それはもう、私の一部。勉強をして、魔法を覚える、そして貴女と競い、貴女を守るのが、私にとって、私であることよ」
きっかけは確かに恨みだったかもしれない。しかし、そうして努力して身につけたものは、せりかにとって、アイアンディティに成り得ていた。
「だから、もう、あんな無茶はしないで、本当に、恐ろしかった、さらを失うこと……」
さらが、魔法で全てをなかったことにする事。それでせりかを救おうとしたこと。それがせりかにとっての、恐怖になり得るところだった。せりかはさらを抱きしめると、そのままベッドに倒れこむ。さらは何も言わず、せりかを抱きしめ返した。
***
おまけ『天使の奇病』
その日授業で習った内容は、天使の歴史についてだった。
普段は殆ど寝ている私が、予知を使わず大人しく聞いていたのは、何より友達が天使だから。
生徒の8割が人間ベースの魔法使いである「能力者」を占めるこの学園。
純粋な魔族の事を、実はあんまり知らない人のほうが多い。
それでも一割ぐらいは天使が在籍しているとあり、天使への理解はこの学園で結構大きな課題だった。
まあだからといって、悪魔や妖精の事を無視しちゃいけないわけじゃないんだけどさ……
何を理解するにも身近から。こうゆう些細なきっかけって大事だと思う。
――と、いい子ぶっていた罰なのか、授業が終わった後の私はちょっとナーバスだった。
授業が終わってテラスに行くと、つっこが一人でお弁当を広げていた。
ちょうど紙パックのジュースにストローを指しているところで、ぷつ、という音が響く。テラスは珍しく静かだった。
教授が『この授業の後は少しだけ生徒がそわそわする』と言っていたのが、今なら理解できる。
委員会の手伝いに行ったふりあと、お昼ごはんを買いにいったせりかが居ないのも後を引いているようだ。
よくよく考えたらつっことふたりきりになるなんて、あんまりない。緊張する要素なんてないのに、ちょっとだけどきどきした。
「つっこ」
「おっす、さら」
なんて声をかけていいかわからず、私はとりあえずつっこを背後から呼ぶ。
つっこは振り返らず、軽い返事だけを返した。
「……。」
私も隣に座って、持ってきたパンの袋を開ける。
話が続かない。
「……毎年こうゆう空気になるって先生言ってたじゃん、気にしてねーよ」
「つっこは……もちろん、知ってたんだよね」
「自分の事だからな」
そう言うと、つっこはストローを一気に吸い上げる。
ずちゅー、という音が虚しい。
こんな何気ない事ですら、いつかは……消えるのかもしれない。
「むしろおかしな話ではないじゃん、人間だって仕組みこそ違えどそうなる可能性は無くはないし、発症の確率的にがんみたいなもんだし、来るときは来るし来ない時はこねー、そんなもんだってあたしらは思ってるから」
テラスに静かな風が吹いて、つっこの髪がゆっくりと揺れた。その横顔に悲しさは見えなかった。
それが私にとってまた悲しくなる話だ。
天使には、天使特有の奇病がひとつだけある。
それは天使の魂が使いまわされる事にあり、地上で使命を受けた天使が、人間の身体に天使の魂を宿す際、まれに起こる拒絶反応だそうだ。
その病気を発症すると、その天使はまるで記憶が少しづつ削られていくように……全てを忘れていってしまうのだと言う。
天使を友達に持つ生徒たちは、その病状の内容に入ると共に、口数が少なくなり、明らかに暗い顔になった。
そして微妙な空気感に包まれた教室を、教授は毎年見ているのだと言って笑う。その笑い声が乾いていたところから察して、この病気にかかった生徒もいたのかもしれない。
「寂しいって思わない?」
「思わないな、天使は最初みんな自分が天使だと思って生まれてきてない、成長するまで『忘れさせられてる』から」
つっこはそう言うと、食べきったお弁当のフタをしめながら笑った。笑い事じゃ、ないじゃん。そう思う。
「な、人間だってアルツハイマーとか、そうでなくとも事故でだって、健康であっても忘れることなんか沢山あんだから」
「………。」
そんな軽いコトバで、彼女は……私達と遊んだこと、過ごしたこと、学んだこと……いや、もっともっと、家族だって、それ以外にも出会った人、事、モノ、全て投げ出すというのか。
「……あーあ、さらぁ、あんたが泣いてどーすんのさ」
「だって、だってぇ……」
何故かその光景が痛々しく思えて、胸がいっぱいになった私は、いつの間にか泣きだしていた。
つっこは仕方無そうに微笑んで、私の頭を撫でる。
「うん、あんたに嘘は付けねえな、予知最強だわ……強がって言ってるよ、うん、ごめん。これが怖くない天使はいないだろうな……だけど」
つっこはようやく私の方を見ると、席を立ち上がって、私の前にしゃがんだ。私の顔を覗き込む。
「こうやって泣いてくれる友達がいるだけで、あたしは何もかもを忘れても行きてける気がすんだよ、だから、もしもあたしが発症しても……変わらずよろしくね」
そういって頭を数回ぽんぽん、と叩かれて、つっこは立ち上がった。
と同時に、次の授業のチャイムが鳴り響く。つっこはにかっ、と笑うと、ピースサインを出しながら歩き始めた。