ですますをやめよう
「なぁ、レイルお前さぁ……」
「はい、なんでしょうか?」
窓口に遊びに来ていたスティーブさんが、唐突に口を開いた。
ライさんはパソコンに向かっていた手を止めて、スティーブさんを振り返る。
私も書類を整理していた手を止めて、ファイルから顔を上げた。
「……その喋り方」
「喋り方、ですか?」
何やら端的に、スティーブさんはライさんの喋り方を指摘する。何か変わった事を言ったとは思えないんだけど、どうしたんだろう。
「いや、二人共どうしたんだろうみたいな顔やめてくれよ! 分かるだろ!? おかしいだろ?」
「「何がですか?」」
「嘘っ!? いや、その丁寧語!? 俺、仮にも父親だぞ! なんでプライベートまでですます口調な訳! 呼び名も会った頃のままだし……強要する訳じゃねえけど、もっとこう……可愛げがあっても良くないか?」
なんだ、そんな事ですか……。私とライさんは作業に戻る。
「いや、無視しないでくれ、割と最初から疑問だったんだよ……」
「そんな事したら、ライさんの個性が死んじゃうじゃないですか、真面目だけが取り柄ですよ」
「……音胡さん、僕のことそんな風に思ってたんですか?」
ライさんが冷たい視線を私に送ってくる。いえいえ、そこが素晴らしいという話です。
「なんでそこまで今更拘るんですか?」
「え、逆に音胡ちゃんは気にならねえの? 違和感ねえの?」
「私にとってはですます口調のライさんがデフォなので」
スティーブさんは私の回答に頭を抱える。そうじゃねえんだよ……と密かに呟いてすらいたが、それはスティーブさんの理想であって、ライさんの意志じゃないし……ライさんがしたいようにしたらいいんじゃないですかね? ライさんの勝手とも言えます。
「……と、言うことは、スティーブさんと口を利かなくなるまでのライさんは、ですます口調じゃなかったって事ですか」
と、私はそこでようやくスティーブさんの意図に気づく。なるほど、それはちょっと気になるかも。スティーブさんは頷いた。
「そうだよ! 俺が記憶を失うまでは、家族の前では丁寧語じゃなかった! 何なら一回だけ俺の記憶が繋がった時もそうじゃなかったのに、なんで今もまだ丁寧語なんだ?」
「何故そこまで気になるんです……?」
それにしてもスティーブさんの勢いというか、ヒートアップ度が凄い。ライさんは若干引いた態度で聞き返した。
「……まだ、怒ってんのかなと思うじゃねえか……」
急にしょんぼりするスティーブさん。こういう所に、繋がってないけどライさんとの血筋を感じます。スティーブさんが獣人だったら、多分耳、すごいしょげてる気しかしません。
「怒ってはないですけど……最初はけじめのつもりだったんですよ、僕ももう大人な訳ですし、仕事以外で人と話すってこともあんまりなかったので癖になったというか……」
「ライさん自身は、戻す気はないんですか?」
私はライさんの意志を確かめるべく口を挟んだ。ライさんは椅子の背もたれに寄りかかってちょっと考える。
「無いというか、今更恥ずかしいですよぅ」
どうやら口調を戻す事を考えたら照れてしまったらしい。恥ずかしげに弱気な笑顔を浮かべるライさんは、ちょっとかわいかった。
「……そこまで言われると逆に気になりますね」
「えっ!?」
「恥ずかしいとか失礼じゃねえか?」
「えええっ!?」
その可愛さに加虐心が生まれた私とスティーブさんは、からかい半分にライさんを挑発してみる。ライさんは話の流れからか、真面目に受け取ってしまったようで、狼狽え始めた。
「どうです、ここは一発『お父さん』って呼んであげては?」
「えっ……えっと、その」
「怒ってないって事を言葉で示して欲しいなぁー?」
「…………わ、わかり、まし、た……」
ライさんの責任感に問いかけたスティーブさんの一声が聞いたのか、ライさんはしぶしぶ頷いた。私とスティーブさんは心の中でガッツポーズを決める。
ライさんはパソコンを閉じて、スティーブさんの正面へ向き直すと、深呼吸した。そこまで緊張することなのか……? 仲違いこそしたけれど、元々、普通に話してたんだよね?
……もしかして、和解したといいつつ、ライさんは丁寧語でスティーブさんに壁を作ってたのだろうか。
「……お、じ……お父さん、ええと……今までごめんなさい、怒ってはないか、ら……これからもよろしくね……?」
「な、なんで最後疑問系なんですか」
「そんな喋り方じゃなかったぞ絶対」
ライさんは詰まりながらもなんとか言葉を口にしたが、未だ違和感が拭えなさすぎた。絶対この喋り方で喋ってなかったはずだ。
「……うっ、うぅ、無理です、恥ずかしいしもう忘れてるし色々無理ですぅぅぅぅ……」
「わっ、ごっ、ごめんなっ、いじわるしたんじゃねえんだ、な、分かった分かった、喋りやすいように喋ろう、な?」
「ひっぐ、うぅ、しゅみませんっ……」
「あ、あぁ……無理でしたか、さすがライさん……」
私とスティーブさんにサンドで突っ込まれて、恥ずかしさと悔しさの頂点に達したライさんは泣き出してしまった。スティーブさんは慌ててライさんを宥め、結局口調の話は無かったことになってしまったのだった。