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suzuno's house

Note -さいしょのページ-

2023.05.10 04:54


どこかで見たような街、空、雲の流れ、喧騒。沢山の人が行き交う姿。

その全てが模写である事を知るのはただ独り。

その街外れにある屋敷の一部屋で、本棚とベッドしかない部屋に佇む私は、主人公と名乗るにはおこがましい。

書き手? 創造主? 救世主? 皆がどう思っているかは知らないけれど、私はただの住人のひとり。

それ以下かもわからないけど、少なくともそれ以上ではない。

「……よし」

私は読み終わった本の前に立ち尽くして、本の表紙に触れる。

そうすると私の身体は本に溶ける。比喩ではない。

しばらくすると、私と、もうひとりが本の中から現れる。

私の体感では本の中で、何年も何年も過ぎてるけれど、この世界にしてみれば本当に一瞬。

入り込んだ本は風に溶けて、もうひとりが一瞬だけうろたえた。

「……あ、あれっ……?」

消え去った本があった場所を見て、連れてきた小さな女の子は慌てた。

「……心配、しなくていいよ」

これで女の子の帰る場所はなくなった。

全てじゃないけど、こうして消える本はいくつも見てきたけれど、皆帰る場所をなくした子達は、ここで平和に過ごしている。

「ようこそ、ここは……「NoTe」って呼ばれてる世界」

私にできることは、きっとこれだけ。

「私は、珠莉……穂村、珠莉……」

この、平和だけを書き写した世界で、一番最初に生まれた『落書き』。

真っ白なノートの中の一本のペン。

消せないインクをすり減らしながら、物語の痛いところを塗りつぶす、黒いペン。

あなただけを書き写して、新しい頁を与えるだけの、なんでもない住人。

「あなたはこれから、ここで過ごすの」

***

どこかで見たような街、空、雲の流れ、喧騒。沢山の人が行き交う姿。

僕がいた世界は、そんなありふれた世界の中で、静かに燃えていった。

そうして帰る場所をなくした僕の鼻の先に差し伸べられた手は、細くて頼りないのに、何故か優しい手のひらだった。

手を取って顔を上げれば、ぼさぼさの髪を無造作にまとめた、シャツとハーフパンツのラフな格好の……女の子、だよね……?

可愛らしい顔立ちではあるけれど、キレイな人だとか、可愛い子だなとかは思わなかった。

でも、その静かな瞳に安心を覚えて、そして、どきりとする。

「私は、珠莉、ここはNoTeって呼ばれてる世界。あなたはこれから……ここで過ごすの、もうあの世界には……帰れない」

淡々と、そしてぼそぼそとか細い、高くはない声が耳をくすぐるよう。

自信なさげな声が、何かに怯えてるように見えた。

そりゃそうだよね、もう帰れないなんて台詞、普通の人なら取り乱す。

この子の様子から見て、ハートの強い子には見えなかった。

差し出された腕に、隠す気もないためらい傷が見えたから。

ああ、君は自分をすり減らしながらこうしてきたんだね。

そう思ったら僕の心は何かに打たれたようだった。

「……いいよ!」

「へっ」

「僕、僕のいた世界の事なんてどーにも思ってないの、助けてくれてありがとう! 困っていることはない? お礼がしたいなぁ〜、あっ、でも僕、名前がないの、だって僕は家族に捨てられて召使として過ごしてきたから」

とりあえずアピールから始めた僕に、珠莉は押されていく。

猛プッシュしてしまえばこっちのものだよね。

「あ、あの、えっと……じゃ、じゃあ……」

珠莉は視線を逸らして、燃えていった本の跡を見つめる。

当然そこには何もない。僕のいた世界、僕が主人公だった本の物語を思い出しているようだ。

「落ち葉の森を管理していたから、『秋守』……えー、と、冷光……」

人の名前なんか考えたことがないって顔をしている。

それでも必死に僕の為になってくれる所が好き。

「あ、冷たい光って意味で……悪い意味じゃなくて、……えっと、『玲子』は、どう、かな……」

最後は尻すぼみで告げられる。僕の名前は、珠莉の命名で意味を持った。

僕がなんども頷くと、珠莉は自信なさげに、嫌ならいいからと何度も断る。

彼女を愛しいと思うのは、世話人として過ごしてきた性かな、でもなんでもいい。

このなんでもない、彼女と僕のいる書き写しの世界に、僕の名前を刻んでくれた。

それが嬉しい、本当にそれだけの事で、僕は僕のいた世界を、僕の心の中から捨てた。

***

どこかで見たような街、空、雲の流れ、喧騒。沢山の人が行き交う姿。

まあそんな事どうだっていい。

周りくどいのはめんどくさいから、結論から言っていいか?

『あたしの本は燃えなかったし消えなかった。』

あたしは助けを求めてないし、むしろ珠莉の事は拒否してたんだ。

自分のいる立場が、悪いものだとは思っていなかった、悪い事も含めて、あたしだと思ってたから。

この立ち位置に、意味があるものだって信じていたから。

でもあいつは強制的にこっちに連れてきた。

反論して反論して、でも、もう戻せないって言われた。

あいつの力は、連れてくることは出来ても戻すことができない。

本の中から引っ張り込む相手がいれば、行くことはできる。

でも、それは『元に戻る』とは違うんだと。

書き写されたあたしは、珠莉の手で書き写された時点で、本の中の登場人物ではなくなった、という訳。

自分でも何言ってるかよくわかんないけど、絵に描いた餅は食えないようなモン?

納得はできなかった、でも納得せざるを得なかった。

本はあるんだけど、もう開かなくなってたんだ。

まるでのりづけして、もう紙で出来た塊でしかなくなっていた。

拒否されてた。あたしは、あたしのいた物語にとって必要ないものだった。

邪魔者だったって事だ。

そうしたらもう諦めるしかねえじゃん。

あの根暗でうじうじした弱虫女に何言ったって、もう叶いっこない夢になってしまったんだ。

あたしは腹をくくりながら、また珠莉が連れてきた、小さな女の子を遠目に見ている。

関わりたくはないから近づいたりはしないけど、女の子は今、玲子の作ったケーキを食べている。

玲子は積極的に母親ヅラで話しかけているけれど、女の子と珠莉の間に割って入ってる。

「あー、くだらね」

女の子の肩が揺れて、珠莉がその子の肩を抱いた。

玲子がおもむろに眉を寄せる。勿論、女の子に触れたことに関して、だ。

あたしはドアを蹴って部屋を出る、なんでもない街を歩いて行く。

駆け出していく。駆け出してついた場所はなんの変哲もない土手で、川原を街を望む。

「ばっかみてえ!!!!!」

叫ぶ、声はどこにも届かない。