欠けた
そう広くはない賃貸のワンルームで、目を覚まして最初に目に飛び込んできた光景に「あぁ」と思わず声を漏らした。頭を軽く起こせば視界の先に入るのはソファに横たわる姉の姿。
そう言えば昨日はつばちゃんが出張に行ったとかで家に一人だから、なんて話の流れでうちに泊まることになっていたのを思い出す。あまり部屋を見られたくないんだけど……なんて言っていたのも最初の頃だけ。コエがあっさりとサナちゃんに住所を明かしてくれたせいで、頻繁ではないものの時折サナちゃんがうちに顔を出しに来る事はあった。
けれど、こうして一晩泊まるのは始めてだ。
結局押し切られると断れないところ、僕が甘いのか、それともサナちゃんが巧いのか……。そのどっちもなのか。
元々きょうだいとして同じ屋根の下に暮らしていても距離があった関係から、ここまで気を許される状況になったのか……なんて思うと感慨と共に少しだけ、意地を張ってた頃のお互いを思い出して笑い混じりの溜息も出た。
ようやく頭が冴えてきたところでベッドから身を起こす。ソファに横たわるサナちゃんはそれでも起きる気配がないところ、限界が来て眠ったらしい。あまり眠ることが好きではない彼女が、眠気に耐えきれずに眠った後は数時間起きない。振り返って台所に目をやれば眠ったのは今さっきのようで、まだ緩く湯気の昇った鍋が置いてあった。
……朝食を作って置いてくれたらしい。
お菓子みたいにレシピがきっかりしたものは作れなくはないのだけれど、料理となると僕にはやや苦手意識がある。『ひとつまみ』とか、『中火』とか、『きつね色になるまで』とか言われると加減が分からない。料理が得意な彼女から見るとどうやらそれは危なっかしくてハラハラするものらしく、たまーにこうして料理を作ってくれたり、夕飯に誘ってくれたりする。いつの間にかサナちゃんの家には僕用の食器まで用意されていた。こういうところは『姉らしい』といえばらしい。世話焼きなところは昔からだった。
……思えば、音楽もそうだ。僕は単体で歌うとどうにも音程が分からない。音痴の類だと思う。けれど、誰かと合奏する、合唱するとそれなりに歌える。魔法もそう。コントロールに難があった魔法も、誰かと使うことで安定していった。
その『誰か』を思い描いて一番先に来るのはやはりサナちゃんな訳で。
「ちゃんと寝ては欲しいけど……」
すらっとした背丈の彼女が、一人暮らしの部屋の小さなソファに身を縮めて寝息を立てる姿は少し窮屈そうに見える。ベッドに寝かせてあげることも出来なくはないけど、それで起こしてしまうのも忍びないから毛布だけをベッドから彼女の身体の上に移した。
「……ちょっとだけ退屈だな……」
毛布を掛けながら、ただ眠っているだけの片割れの寝顔を見て何故か取り残された気分になる。
すっかり、良いも悪いもこの人の片隣にあるらしかった。