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suzuno's house

ピアノを弾くきゃっぴの話

2023.05.10 05:21

「病院にコンサートホールなんて付いてるのね」

「豪勢な病院ですねぇ」

つばさがサナの車椅子を押して、入ってきたのは病院のコンサートホール。

私達双子はこの街で育ったから、特に疑問に思わなかったけれど、よその世界から来た二人には珍しいみたいだった。

サナの住んでいた場所はあんまり都会じゃなかったって言ってたし、まあ大きな病院なんてなかったんだろうなぁ。

サナは器用に車椅子を片手で回して、ホールの真ん中にすいっ、と向かっていく。

そこにあったのは大きなピアノだった。

たまーにピアニストさんが入院患者の為にコンサートを開く為に置いてあるんだけど、普段はほぼ飾りに近い。

「広いから退屈しなくて済むわねこの病院」

「暇で病室抜けだした人が言う台詞ですかね」

サナはつばさが一緒にいるからなのか、私達といた時からは想像できないほど自分勝手な物言いで満足している。

私はその発言に笑うしか無かった。

「ピアノって勝手に弾いていいもの?」

「へっ? …た、たぶん、いいんじゃないかな…?」

特に触っちゃだめとか書いてないしいいんじゃないかなぁ…と思う。

今はそんなに入院患者もいないし、食事の時間も終わった昼過ぎ。

この病棟はあんまり重症患者も居ない、寝てる人もそんなに居ない。

騒音じゃなければ迷惑にはならないとは思う。

「でも病院のものだし、勝手に触るのはだめだと思……」

「リヤ、弾いてよ」

「えーっ!」

サナはピアノを指差して笑った。

「むっ、無理無理無理っ!!」

「えー♡ お願いっ♡ うちのかわいいキーボードちゃん♡」

「あ、アイドルモードでもだめっ…!」

手を合わせてウインクを決められても、さすがに譲れない。

アイドルやっててなんだけど恥ずかしいもん……。

「サナさん、お仕事外なんですから、無茶言っちゃだめですよ」

「高そうなピアノだから音色聴いてみたかったのに☆」

返答に困っている間に、つばさが弁護してくれた。

サナはまだアイドルモードを外さないまま、(>Σ<)←こうゆう顔で拗ねた。

「仕方ないか…」

ふっと素に戻ったサナは、すいっ、と車椅子をピアノに寄せて、ピアノのカバーを開けた。

「脚動かないから、」

あっ、と手を上げたつばさが止める隙もなく、サナは鍵盤をダラララッ、と端から端まで弾いた。

ホールに音が響くのを確認すると、始まったのは速弾き。

身体が不自由とは思えない速さで、クラシックの編曲を弾きあげる。

しかも譜面がない。サナがピアノ弾いたのも初めて見た。暗記か、もしかしたら今この場でアレンジして弾いてる……!?

「リヤ、連弾入っておいでよ」

「えっ、ええぇ……私速弾きできないよっ……!?」

「ペース落とすから」

ゆっくりと速弾きから、ゆったりとした音色に変わる。

サナが横にズレて、私がピアノの中心に。私がメインを弾いて、サナがアレンジ伴奏を付ける。

身体がずれてもサナの弾き方は変わらなかった。

気付ばホールには人だかりができている。

サナが歌わなくても、サナの音楽が人を集めるのは変わらなかった。魔法が使えない今でもだ。

「あー、あーサナさーん……ルナさんに怒られても知りませんからねぇ……」

その後ろで頭を抱えるつばさ。

病院内で目立つと後々面倒なので、今は病室内に、サナを他の患者が認識できないようにルナが魔法をかけている。

明日からまたその魔法もきっと大変になるんだろうな……

「楽器久々ー♡」

ピアノを弾くサナの横顔を見ていると、またアイドルモードに切り替わっていた。

でもその表情は、アイドルをやっていた時の、わざとらしい笑顔はない。

それは明らかに、サナを病室に閉じ込めておくよりも、きっと、ずっといいことだと、私は思った。



サナがピアノを弾いている。

病院のグランドピアノ。

聞いたことのある曲じゃなかった。

シンプルなコード構成と、明るいんだか暗いんだか分からないメロディ。

旋律は基本的に繰り返しのままなのに、裏拍だけがどんどん速くなっていく。

オリジナルの曲ではなさそうだった。

どこで聞いたのだろう。

どっかで聞いた気もする。

夜中、ホールの窓は開け放たれている。

このホールはそんなに明るくない。

そろそろ消灯の時間で、人通りも少ないホール。

サナが弾く旋律に、ホールの片隅で一人、おじいさんがリズムに合わせて指先を揺らしている。

曲はループする。さっきと寸分違わず、同じメロディを奏でる。

サナの結ってない髪と、少しだけ痩せた肩が揺れている。

サナの身体の不自由さは回復してきて、文字が書けるようになった。

この間クラシックを弾いた時よりも、繊細なメロディも弾けている。

サナは絵も描くんだそうだ。

まだ絵を描くには少しだけ不器用なの、と笑って描いたサインはいつもと変わらなかった。

……つまり何が言いたいかって。

……言っちゃいけないことなんだってわかってはいるけど。

「サナ」

「ん?」

私はピアノの椅子に並んで座った。

サナは振り向きもせず、ピアノを弾いたまま返事をした。

「早く良くなるといいね」

私は言っちゃいけない嘘をついた。