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Lê Ma 小説、批評、音楽、アート

小説 op.5-02《シュニトケ、その色彩》上 ③…破壊する、と、彼女は言う。

2018.06.07 23:58

この作品は、最初に書いた《蘭陵王》という作品を、書き直してしまおうという欲望から書き始めたものでした。

だから、なんとなくあらすじが、似てはいないのですが、共通している部分もなくもないです。…なぜ、こんな自信のない書き方をするかと言うと、最初に考えたものと、出来上がったものが(…あるいは、出来上がりつつあるものが)、最初のプラントはかけ離れてしまったからです。

短く、鋭い、原稿用紙90枚くらいの作品になるはずでした。

破壊的・退廃的な第一部は、昨日書きあがりました。

第二部は、もっと繊細な、心のひだを重ねるような作品になるはずです。

実際に書きたいのは、実は、そちらのほう、でもあります。


自粛、というか、あえて、表現を伏せた部分があります。

完全版は、もうちょっとしたら、《完全版》ということで、アップすると想います。


おもしろい、と、想っていただければありがたいのですが…


2018.06.08 Seno-Le Ma









シュニトケ、その色彩









「感じますか?」


「何を」加奈子が言った。「私の匂い、とか。」なんで、「感じてるよね?」そんなふうに見るの?「わたし、感じますよ」なんで、そんな「柾也さんの匂い」眼差しをくれるの?家に帰ってシャッターを開けた瞬間に、Thanh と目が合った。表情を失ったその表情を、なに?見つめ、どうしたの?と言いかけた私は、なにが、Em làm gì. おきたの? Chuyện gì vậy. 見つめるしかった。Thanh はすべてを見たに違いなく、何を見たの?問いかけるすべもない、表情の 君は? 欠落を Thanh の顔に私は見たが、Thanh はシャッターを開けてすぐのリビング・スペースで、水を飲んでいた。穢れにふれること。加奈子の唇が私の**の先端に触れようとするのを見た。穢れた、穢なさの源泉にしてその根拠。の、寸前で(…女。)停滞した唇が(生み出すもの。)出した舌が、********先端の割れ目に沿って這い、触れること。穢い、女たちの穢さに。私が愛していたのは麻里子で、由美子ではなかった。代替に過ぎない女で境界を越えようとする愚劣さを私は十分自覚しながら、由美子は有頂天だった。不意に獲得された憧れの美しい男を、麻里子にさえ自慢したものだった。誰もが知っていた、美しい、同性愛の神聖不可侵の偶像にまたがって、自分の体液の匂いをつける。犬のように尻を振って。







なぜ? 私はそれを恐れた。麻里子に触れることができなかったのは、もし、怖かったから、もしも、なのだろうか?泣き出したら、抱きしめてやればいいだけなのに。傷つくのが?傷つけるのが?初めての体験。女に恋愛感情らしきものをいだいた瞬感。麻里子。苗字はなんだったろう?私の話をする由美子を、めんどくさそうに眺めやって気のない相槌の向こうで、麻里子は傷ついていた。なぜ、自分よりも明らかに劣った由美子がえらばれたのか、彼女は理解できなかったに違いなく、心のやわらかいところに、小さく執拗な石を乗せられたような喪失の実感。麻里子から私は、私を奪って仕舞った。彼女を失った悲しみを私は感じた。Thanh の頭を撫ぜた。言葉は通じないはずだった。まともに英語がしゃべれず、私の無茶苦茶なベトナム語発音に、耳をかそうともしない勝気で短気な少年。Trang の奴隷。あんなに愛していたのに、いま、眼をとじても麻里子のその顔をさえ思い出せないのはなぜだろう? Thanh の***をずらして、むき出しにした***を Mỹ にはじかせて、Trang が笑った。知能障害があったのだろうか。Thanh には。他者への、まるで十歳児のような奥ゆかしさを持った少年は、いま、グラスいっぱいの水を飲みほして私を振り向き見たが、「かなしいくらい、おれ」 Trang と Mỹ、無残なほどに凶暴な**********「あいつのこと、さ。まじ、」双子のような、「すきだからさ」言って、私の手をとったが、麻里子が助かりはしないことは誰もが知っていた。よくも、とわたしは思う。あんな草食動物のような、と、私の左手を包み隠した研二の両手に触れて、両親から生まれたものだと。研二は麻里子の兄だった。「あいつの最期は、」綺麗であるには違いない彼女たちは、確実に男たちを誘惑してもてあそび、なぜ死ななければならなかったのだろう、「看取ってやります。」麻里子は、「…おれ。」生きてきたことそれ自体を後悔させてしまうすべをさえ知っていた。どうして?いまだ、誰かを直接傷つけたわけではなくとも、なぜ?…むしろ、私へのせつなさに自ら傷つきながら、Anh nghỉ gì vậy ? 不安な眼差しが anh có 捉えた私は yêu em không ? 彼女を見つめ、vợ anh nào ? 彼女は今自分が見つめられていたのに気付いた。それが何を意味するのかはともかくとして、Are, と、私の口が you, はっきりと発音していくのを kill, 見つめる眼差しは、 your, わからないわけがなかった family ? 何を言われていて、私が何を言っているのかをは。Con không biết. 知らないよ、と言って、表情のない顔のままうつむきもせずに、すぐそばの壁のほうに投げ捨てられた視線に、次の瞬間、私は Thanh を殴打した。Thanh が息を詰めた音声を聞いた。背後をバイクが数台通り過ぎた騒音が響いているのには、遅れて気付いた。私は無抵抗な彼に一方的な折檻を続けながら、怪我をしないように気をつけていたのだった。鼻血を流す程度、それ以上に傷つけることを私はためらった。紙のように無抵抗だった。十四歳でも十分に彼は成長した身体を持っていた。人くらい殺せないわけがなかった。理由は知らない。父親をみんなの前で刺したのかも知れない。兄は逃げ出していた。声さえあげずに。昨日、誰も騒ぎに気付かなかったのだから、それらは悲鳴を上げることさえ忘れられた沈黙の中に行われ、交わされる息遣いが交差する空間に Tuyết、雪、と言う名の一度も本当の雪を見ずに死んだ女は既に刺し殺されている。父親はまだ息絶えてもいなかったが、おしゃべりなこの女の精神状態は既に刺される前から破綻をきたしていた。なぜ、と呟かれた Tai sao ? 記憶が、Thanh は階段を上がった。Thanh は姉を**したに違いなかった。叫び声を立てることを忘れさせるほどの無残さで。あるいは、彼女がためらったのだろうか?暴力的なまでに美しかったはずの自分が、暴力的に辱められている信し難い現実を誰かに見られてしまうことへの恐怖に?声を立てることにさえ。破綻してしまった、と彼女は思った。姉が殺されたとき、Thanh は何を思ったのだろう。自殺した姉の死体。その、急激に無機物に化して行く眼差しに、視界が触れて仕舞った一瞬に?雪を投げつけた。由美子に。Thanh は逃げ出そうかと思ったのか、由美子は声を立てて、自殺しようとしたかも知れない。笑った。この思いつめた少年は。由美子は、雪の日に、公園で、見つけられた兄は木の枝の上にいて、茫然とした表情をだけ晒し「冷たいから」笑う。声を立てて、明け方の公園に人通りはもはや絶えて、殺した。木のうえの彼を。やめてよ、もう「冷たいから」とその媚びた声を聞き、笑った私は十九歳だった。Thanh は体をくの字に曲げたまま、私が不意にテーブルの上に放置されていた果物ナイフを手に取ったのを見たときに、逃げ出した彼を追う。最後に会ったとき、茂史は一緒に行くコンサートの確認をした。ブランキー・ジェット・シティの始めての全国ツアー。庭を横切って、走った。息が切れ、お互いの重ならない息遣いを耳が追う。公道に出ればバイクの群れがクラクションを鳴らして、Thanh は無造作にバイクをかいくぐる。茂史は私に従うしかすべはなかった。彼が同性愛者ではないことは知っていたが、Thanh の俊敏さが空間を裂いた気がした。自分の鼓動を聞く。なぜ、と、思うまもなくむしろ Thanh は対向車線に疾走するバイクに向かって走り、茂史は自分をそんな人間たちの一種だと錯覚させられ乍ら、一台のバイクを転ばせた後、怒号がたつ。すべてが、Thanh をいま、憎んだ。立ち止まったバイクが鳴らしたクラクションは空間を引き裂き続け、飛び掛った男に殴りつけられてアスファルトをなめる。茂史が一家心中させられた時、私は世界そのものを憎悪していた。組み敷かれた Thanh に為すすべはなく、すべて。眼にうつるものすべて。自分以外のすべて。わたしをさえ含めたすべてが Thanh に刃向かっていた。なんでよ?…なんで?両親の一方的な都合で殺された茂史は、雪の日に、「いじわるすんの?」…ばか。由美子は嬌声を上げて私にしがみついたが、彼は私から永遠に奪われてしまった。茂史も私を失ってしまったのだった。永遠に、Thanh の、他人に殴打されるのを私が許し難い痛ましさをもって眼を逸らす。スマホで Trangを呼んだ。人だかりが Thanh を取り囲み、後ろ手に組み敷かれた Thanh は無残な囚われの姿を晒す。柿本建築研究所と言う名前の私の会社の実体は汪という中国人の会社だった。赤坂で知り合ったチャイニーズ・マフィアと言えばそうも言え、華僑と言えばそうも言えた汪成文と言う男が金を出し、実務は彼らに任せた。目線の先で誰かの拳が Thanh の右頬を殴りつけ、私は日本の企業と言う企業国籍と、単に設計実務をこなすだけだった。多くの人間が失望したものだった。肝心のビジネスの部分が完全に中華人スタイルだということに気付いたときには。ハイブリッドなんです。私は笑って言う。事実として、ビジネスとしては中国人のほうが上手なんですから。…えぐいしね。でも、クオリティは日本風ですから。笑い、Thanh が血の混じった唾を吐いた。…わかりますか?駆けてきた Trang は私の背中に触れようとした瞬間に、その眼が捉えた Thanh は血にまみれながら男たちに小突かれていた。交通空間は混乱していて、クラクションがやまない。誰が悪いのかもはや判別できない人だかりの中に、Trang の上げた悲鳴にベトナム語の音声を感じた。彼女はベトナム人に違いなかった。何かを理解しようと努力している表情が、残酷なほどの痴呆状態を曝した。いま、いくつもの風景を彼女は重ね合わせ、何が? Trang がかれらに歩み寄る背中を見る。おきたの?何が?…ねぇ、「生きられないの、知ってる」麻里子は言って、Trang が彼らにぶつかりながら Thanh に接近して、もう、駄目だから。わたしの体、と、そんな事は誰もが知っていた。大学を出た後、研二から流れてきたメールに、《会ってやってくれない?》

《なんで?》






《白血病みたい》みたい、…って? やがてやつれた麻里子に病室であったとき、わたしは既に彼女が死にかけていたのを見る。好きだったよ、と、せめて言えばよかった。生体と死体が二重写しになっていたような気がして、わたしはわたしがついたすべての嘘を告白しなければならない気がしたが、兄の研二は彼女よりむしろやつれていた。なんで…言った。Trang は Thanh を、「白血病ごときで?」完全に被害者として抱きしめ、「…って、思う。たかが、」確かに朝日に斜めに差された「たかが、さ、」川べりの路上で彼は「血だよ?」血にまみれたかれは犠牲者以外の何者でもない。Thanh は彼があの瞬感触れ獲るすべてに死を与えた。破壊して仕舞った彼はどうやって生きていくのだろう?自分自身も破壊しようとしたのだろうか。Trang に保護されながら Thanh は相変わらず非難の怒声にまみれ、その眼差しと声の群れに Trang さえも無力だった。彼らはこの街から排斥されようとしているかに見え、トラックがふたたびクラクションをならした。運転席から出された色の濃いベトナム人の上半身がなにか空間を扇ぐようなジェスチャーを繰り返し、振り返った Trang がそれを見やった。Tai sao ? 彼女の腕が Thanh を抱くようにして彼の身体に回されたまま、anh muốn giết Thanh ạ ? 私に近づいた瞬間に、乾いた空気の中に どうして?ふかされた排気ガスの臭気の間に Trang の体臭がした。彼女の あなたは、非議の声。Thanh を殺したいの? 言った Trang の眼差しの明らかな怒りの色を、私は目を逸らし、Thanh には手当てが必要だった。Thanhの伏せられた眼に、そして Thanh は涙を溜めていたのだが、屈辱の涙だったのか。私はすべてを失っている Thanh がまだ涙できることに驚きさえした。お前に、屈辱など「だいじょうぶですか?」二日前に加奈子が言った。「なにが?」感じ獲る価値すらないのに。「中国人の手先なんかになって」

「手先?」だって、と、加奈子は半ば笑うように、そうでしょう?言って、次の瞬間、本当に笑った。拳に Thanh を殴った時の痛みがあった。私への非難が Trang の上目遣いの思いつめた眼差しにあって、私は彼女の肩を抱く。見つめる。いつの間にか彼女の唇の端が切れていた。かすかに血がにじみ、私の指先がそれに触れようとするのを彼女は拒否する。その息が荒れた。草食動物のような夫婦はまだ家に帰ってはいなかった。Thanh の家の前に止まっていた三台のバイクは警察のそれに違いなかった。かくまわれた Thanh を家のバスルームに連れて行き、Trang は家に入った瞬間に泣き始めたのだが、その瞳。一瞬、潤いが過剰になって、どうしてこんなに潤っているか、不審を感じ始めようとした瞬間に、涙が一気に彼女の眼から零れ落ち、あふれ落ちる滂沱の涙。それは重力への敗北を感じされた。Trang が背後に I..., can..., believe... 言った音声を記憶しながら、たぶん、触れてもいない指先の、《信じられないわ》、と。その涙の温度を 彼女は。感じた気がした。Trang の木製の椅子にうなだれるようにすわったままの姿を、私は Thanh を浴室につれて行く。何に対してももはや無防備な Thanh は、私にされるがままに彼の汚れた顔を他人の手のひらが洗うに任せた。人を殺したことがある。十四歳のときだった。Thanh の顔を洗う手のひらに無様な老醜がある。手の甲に一つだけ染み付いた染みが皮膚を汚す。時間の中に崩壊していく。老いさらばえた自分の穢さに目を背けることもできず、昭和天皇が崩御した数日後に祖父の姿を探した。「汪は喜んでいますよ」加奈子は昨日言った。どこに行ったの?母が言った。おじいちゃん、どこなんだろ?朝起きたときからその姿を誰も見かけなかった祖父は、豊と言う名の男。大工の棟梁だった痩せた男を捜し「…でも、柾也さん的には、」午前十一時前、「だいじょうぶなんですか?」加奈子。背の高い女。肩幅がいやに広く、骨格の太さを感じさせたが、十四歳のわたしは神社に行く。赤坂。家のすぐ近くだった。アスファルトの坂道を上がる。そこにいる気がした。坂道と傾斜が連続し、どこを地表の基準にすればいいのか最早わからない。鳥居を入り視線の向こう、境内のほうに斑な人だかりができていたのが眼に留まるが、樹木の匂い。それらは生い茂った。木漏れ日が差していて、立ち尽くした神主が、…だめ。言った。わたしを見咎めた「行っちゃ、だめ」その声を(息を殺した)背後に(早口の)聞いて、「あぶないから」(その、)なにが?(声。)人だかりの真ん中に、ひざまづいた老人が体を痙攣させていた。祖父だった。人々の表情は固まったまま引き攣っていた記憶があるが、それは事後に作った自分勝手な記憶操作にすぎない。人々の顔をなど、見もしなかった。駆け寄って、祖父の正面に回りこみ、腹を切った祖父の表情を見つめていた。殉死という日本人の営みについては知っていた。目の前のものがそれであることには既に気付いていた。砂利が赤い血で黒く染まり、祖父は普段着のままだった。上半身裸になって、それが正しい流儀ではないことはすぐにわかった。「見てみたいね。」我流の殉死。「…じゃない?」汪が言ったのはいつだったろう?「人々の新しいライフスタイル、…ね?」まだ死に切れてはいない祖父の失心しかけた眼差しは、私を捉えさえせずに、ただ地面を見つめているに過ぎないが、腹を割こうとした小刀は半分くらいまで裂いて停滞し、激しい全身の痙攣が肢体ごと刃物をわななかせていた。開かれっぱなしの唇が、痙攣しながらよだれをたらす。両方の腕がくの字に曲がったままで、私は決断さえしなかった。あまりにも自然に、むしろ意識さえされずに、私は祖父の固く冷たい拳ごと小刀を握って、思い切り腹に突き刺した。彼の身体が仰向けに倒れ、天を仰いだ。ざらついた手触りがあった。馬乗りに乗った私が彼の腹に突き刺した刃の先端に、砂利に食い込んだ、その。私の手に、内臓が触れた。やわらかく、発熱する、その。雨は降ってはいなかった。白い空が頭の上にあった。私はそれを見ていなかった。「売国奴、ですね。」加奈子は笑って言った。加奈子が「穢い、薄汚れた、人間のくず。」ダナン市に取ったホテルは真っ白い壁面の、「日本国民の恥。」そして窓からハン河が見えた。龍が、火、吐くんですってね。…いつ?「日曜日と、土曜日」目の前のドラゴン・ブリッジの余興。龍のかたちをかたどった片端の龍頭が火を吹く。私の手に祖父を殺した実感が触感として張り付いていたが、龍には見えないよね。大半の血を失っていたからだろうか?仔豚ちゃんみたい。「あなたもね。」私は 加奈子は言った。言い、「なにが、ですか?」皮膚が感じた祖父の温度は、極端に冷たかった。「国を売った人間のくず、…って言うこと。」

「中国人なんかに国を売って?」加奈子の鼻にかかった笑い声を聞き、祖父は死んでいた。遅れて到着した救急隊員にできることは何もなく、どうして?思った。かれらは私を拘束したのか?なぜ警官たちは、「どうして?」加奈子は言う。私を直視して、「ちがうかも」

「なんで?」

「国を憂いてる、…」ん、…言いよどんで、革命家、とか?私は振り向いて加奈子の笑い声を眼差しに追いかけ乍ら、目の前の死んだ祖父の失われた無機的な眼差しを見つめ、いつの間にか祖父は一人で生と死の境界線を越えていた。加奈子の唇はあたたかい。あんなに死に切れなかったのに、すでに、祖父の死体は、簡単なことだ、とつぶやいたようにさえ …死など。見たのは、た易いことだ。たしかに、こんなにも。それは錯覚に過ぎない。唇がその温度を伴って私の胸元の皮膚に触れるのを、「穢い。」彼女は言う。「穢らしい男。」祖父にもはや言葉はなく「**やろう、…ね?」言葉が発される余地もない。「**まみれの」身もだえした。「うすぎたない」彼らに拘束され乍ら、「***やろう」私は人々の声を聞く。「まざーふぁっかー」私をののしっているようにさえ聞こえ、「さいていおとこ。」本当にののしっていたのかも知れない。彼らは。「***やろう」耳元に言って、やがて開いた自らの*******にわたしを誘ってみせ乍ら、加奈子の手のひらは私の頭を撫ぜた。感じているのは短く刈られた、私の髪の毛の触感に違いない。Trang 好みの。加奈子がベッドに晒したその身体に、斜めに光が当たった。窓越しの。指先が自分のそれを開いて見せて、見えます?加奈子が言った。どう?…ん。ね、見えてる?







何を?

わたしの。…どう?

臭いよ。わざと吸い込んだ息が匂った音をたてて、加奈子がそれを聞くのを、くさくて、穢らしくて、へど、でそう。

吐いていい?

…ひど。音声を立てないまま加奈子が笑った。****彼女のそれに触れ、時に、その指先をさえなめる。三十代の女だった。もう駄目ですよ。言った。年取っちゃって。もうだめ。自分が、なんか、穢いの。

綺麗だったことなんかあるの?

ひどい。

生まれたときらか、穢かったんじゃない?

さいあく。喫茶店のなかで、媚を含んで私をなじり乍ら、左手にハン河が見えた。二十度を切った十二月の寒い時期に、韓国人たちはTシャツ一枚で肌を晒し、意固地になっているように見えた。ここは南の観光地であって、常夏でなければならない。ここが彼らの国だったら、けっしてこんな気温の中で肌など晒さないはずなのに。そして、女たちは皆同じ顔をして、背ばかり高い男たちは地味で冴えない。加奈子は汪の子飼いの日本人女の娘だった。本業のブロックチェーンを使ったウェブサイトの広報の名目でベトナムを訪れ、私から首相官邸の設計図を入手した。私が独立前に監修した修繕時のそれ。彼女たちは首相を暗殺することができる。この人なら、だいじょうぶだなって、思った。加奈子は言った。…なんで?…だって。加奈子がささやくのを、匂い、する。聞く。売国奴の匂い。腐りきった男の匂い。彼女が笑った。魂が死んだ発情してるだけじゃない? 豚の匂い。自分が。

まさか。

そうでしょ。

あなたのほう。それは。「うそ。」私の声を、発情してるのは、耳元で聞き、あなたのほう…

言いなよ。してくださいって。「海、いこうよ。」あなたの************。言え。言えよ。「…海?」言いな。**********ほしくてたまらないんです。「なんで?」家から遠く離れた警察署で、ぶたみたいにひざまづいて「理由、必要?」**つきだして、彼らは私を寧ろやさしくいたわった。「いつ?」あんなにも怒声を上げながら引き離したのに。祖父の死体から。暴力的に私を羽交虐めにして、「そお、…だね。」なぎ倒すように地面にこすりつけさえし乍ら。だいじょうぶだよ。なにも、心配ないからね、と、あの時、祖父の腹に刃物を突き刺しながら私は泣いていたのかも知れなかった。それは悲痛な風景だったのかもしれない記憶があって、それは、かすかに、「海、いこうよ」泣いた実感などないままに、「いつ?」私はごめんなさい、とだけ言っていた。「…昨日。」わたしが笑った音声を鳥居慶介は振り向いて、そして声を立てて笑った。「それ、不可能だから」聞く。