第5回十字軍3-フリードリヒ2世の自立
2018.06.09 12:12
フランスもイギリスも頼りにならないなら神聖ローマ。インノケンティウス3世の秘蔵っ子シチリアのフェデリコことフリードリヒ2世。1112年教皇は、ヴァチカンに従うと約束させてドイツに行かせた。破門された皇帝オットーは、フランスとの決戦ブーヴィーヌで敗戦して没落した。
14年旧帝派のケルンとアーヘンが陥落、フリードリヒはアーヘンのカール大帝の墓に十字軍遠征を誓い、ローマ王に戴冠した。15年の第4回ラテラン公会議にて正式にフリードリヒが神聖ローマ帝国皇帝になることが承認された。そして新皇帝に期待して教皇は崩御した。
新教皇ホノリウス3世は、元フリードリヒの教師だった。彼はさっそくローマにて正式に皇帝戴冠をして十字軍に行くべし、と要請した。ところがこの若干20歳の青年王は、実にらしからず、まだドイツ王となったばかりで、国内には旧帝派も残っており、しばらく待ってほしいと返事をする。
人のよい新教皇は、この返事をあてにして、ヴァチカン主導の第5回十字軍を先発させることにした。この十字軍は、王としてはハンガリー王アンドラーシュ2世のみで、各地から諸侯が集まって結成された。そしてヴァチカンの教皇代理としてペラーヨ枢機卿が参加した。
下はポピュラーなフリードリヒ2世の肖像