今ここで灯火が
2018.06.09 16:05
今日お客様とお話ししていて
海外にいる時の自分が好きだと話していた。
日本は安全で言葉も通じる
その安心感が当たり前になるけど
海外にいると
言葉も常識も通じない
なのにワクワクして生きてると実感すると
これを聞いてる時私はイライラしていた。
日本と海外を比較しなくてもいいのに〜
という理由で
イラついてたのかなと思ったけど
こういう時はいつも答えは違くて
私は何してんだと悔やむイラつきなんだと
思う
この人は生きている 実感してる
私はどうだろうか
自分の中だけで考えても
生きてないな
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昨日元大阪府知事の橋本徹さんと
私学助成予算の大幅削減について
高校生が訴えてる記事をよんだ
『家は裕福ではない、減らさないでくれ』
『日本は自己責任が原則、それが嫌ならあなたが政治家になり国を変えるか、日本から出て行くかない』
『なぜ公立に入る努力をしなかった?見てもらえるのは義務教育までだよ』
記事のコメント欄には
府知事の言う通りとかかれたコメントがずらっと並んでいた。
コメントした者は高校生と同じ立場になったとき、同じセリフを言えるのだろうか
なぜ高校生は守られるのは当然と言い放ったのだろうか
府知事は自分の言葉に何を込めた?
記事もコメントも
大抵どちらかの視点
もしくは客観的のみの視点が多く
そのままでは
交わる事はないな
もしそれが
どちらの視点にもなれて
どの視点にもならない選択があるとなったら?
きっとこの問題の答え以上のものが出るんだろう
世界の広さを決めるのはいつも自分だ