正当な理由
1 刑事法関係の「正当な理由」
学生時代に習った刑法には、「第百三十条 故ナク人ノ住居又ハ人ノ看守スル邸宅、建造物若クハ艦船ニ侵入シ又ハ要求ヲ受ケテ其場所ヨリ退去セサル者ハ三年以下ノ懲役又五十円以下ノ罰金ニ処ス」とあった(下線:久保)。
日常用語で「故(ゆえ)」とは、理由を意味するが、法令用語の「故ナク」というのは、「法令上、条理上、許されるべき事情すなわち正当な理由のないこと。多くの場合、「違法に」と同じ意味。」である(内閣法制局法令用語研究会編『有斐閣 法律用語辞典』)。
そこで、平成7年の刑法改正により、条文の平易化が図られ、下記のようになった。
「(住居侵入等)
第百三十条 正当な理由がないのに、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船に侵入し、又は要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去しなかった者は、三年以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する。」(下線:久保)
「正当な理由」が「刑事法関係で使われる場合は、「行為を適法ならしめる理由」という意味である。したがって、「正当の(な)理由がなく」という場合は、結局「違法に」という意味となる。」(田島信威著『最新法令用語の基礎知識【三訂版】(ぎょうせい)369頁)。
2 刑事法関係以外の「正当な理由」
学生時代に習った民法には、「第百十条 代理人カ其権限外ノ行為ヲ為シタル場合ニ於テ第三者カ其権限アリト信スヘキ正当ノ理由ヲ有セシトキハ前条ノ規定ヲ準用ス」とあった(下線:久保)。
平成17年の民法改正により、条文の平易化が図られ、下記のようになった。
「(権限外の行為の表見代理)
第百十条 前条本文の規定は、代理人がその権限外の行為をした場合において、第三者が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるときについて準用する。」(下線:久保)
日常用語で「正当」というのは、道理にかなっていることを意味し、法令用語でも、「正しく、道理にかなっていること、理の当然であること」を意味する(内閣法制局法令用語研究会編『有斐閣 法律用語辞典』)。
ただし、注意を要するのは、法解釈においては、ここにいう「道理」がその法令の目的・条文の趣旨(理由)だという点だ。
前掲・田島369頁も、「「正当の(な)理由」という用語は、刑事法関係以外にも多く使われているが、これらの場合には、条文の立法趣旨に即して具体的にその意味を判断していく必要がある。」と述べている。
その上で、前掲・田島369頁は、民法第110条は、「第三者が代理人にその行為についての代理権があると信じ、そして普通人ならその事情のもとでそう信ずるのがもっともだと判断される場合には、第三者を保護しようとする趣旨である。したがって、代理権ありと信じ、かつ、そう信ずべき「正当な理由」があるというのは、善意無過失すなわち「知らなくて、かつ、その知らないことについて不注意のないこと」というのと同じ意味である。」と述べている(太字:久保)。
最高裁も、「本人が他人に対し自己の実印を交付し、これを使用して或る行為をなすべき権限を与えた場合に、その他人が代理人として権限外の行為をしたとき、取引の相手方である第三者は、特別の事情のない限り、実印を託された代理人にその取引をする代理権があつたものと信ずるのは当然であり、かく信ずるについて過失があつたものということはできない。」と判示している(最判昭35.10.18)。
3 「正当な理由」の英訳
余談だが、法務省が運営するJapanese Law Translation 日本法令外国語訳データベースシステムをみると、
(住居侵入等)
(Breaking into a Residence)
第百三十条 正当な理由がないのに、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船に侵入し、又は要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去しなかった者は、三年以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する。
Article 130 A person who, without just cause, breaks into a residence of another person or into the premises, building or vessel guarded by another person, or who refuses to leave such a place upon demand is punished by imprisonment for not more than 3 years or a fine of not more than 100,000 yen. (下線:久保)
刑法第130条の「正当な理由」が「 just cause」と英訳されている。形容詞のjustは、正しい、公正な、もっともな、という意味であり、causeは、原因、理由、という意味だ。
ところが、民法第110条の「正当な理由」は、「reasonable grounds」と英訳されている。reasonableは、道理をわきまえた、正当な、という意味であり、 groundsは、根拠、原因、理由、という意味だ。
「正当な理由」を「 just cause」と「reasonable grounds」に訳し分けた方がネイティブ・スピーカーに通じやすいということだろうか。
英語にお詳しい方にご教授いただけたら、幸甚に存じます。
(権限外の行為の表見代理)
(Apparent Authority of Act Exceeding Authority)
第百十条 前条第一項本文の規定は、代理人がその権限外の行為をした場合において、第三者が代理人の権限があると信ずべき正当な理由があるときについて準用する。
Article 110 The provisions of the main clause of paragraph (1) of the preceding Article apply mutatis mutandis if an agent performs an act exceeding the agent's authority to represent and a third party has reasonable grounds for believing that the agent has the authority as an agent.(下線:久保)