没収と没取
1 原則的用法
「没収」(ぼっしゅう)と「没取」(ぼっしゅ)は、所有権を剥奪する点では同じだが、没収は刑罰であるのに対して、没取は刑罰ではない点で、両者は異なる。
このように性質が全く異なるのに、発音が紛らわしいため、没取を「ぼっとり」と呼ぶことがあるし、また、「没取」を用いずに、「国庫に帰属する」という表現が用いられることがある(cf.1)。
ここに「没収」とは、物の所有権を剥奪して国庫に帰属させる財産刑であって、主刑(死刑、懲役、禁錮、罰金、拘留及び科料)に付加して科される付加刑だ(刑法第9条・第19条。cf.2)。
没収は、刑罰の一種であるが、対象物の社会的な危険性を除去し、犯人に犯罪による利得を保持させないという、保安処分的側面もある。
なお、没収は、刑罰である以上、裁判所が有罪判決として言い渡すのであって、検察官や警察官が没収を行うことはできないし、また、警察官が家宅捜索を行って犯罪事件に関係する物を差し押さえたりすることがあるが、これは、押収(占有を強制的に取得する処分)と呼ばれるもので、対象物を国庫に帰属させる没収とは全く別個のものだ。
これに対して、「没取」とは、物の所有権を剥奪する行政庁又は裁判所の処分をいう(cf.3、cf.4)。
地方自治法第14条第3項は、条例の中に、条例に違反した者に対し、没収の刑を科する旨の規定を設けることができると定めている(cf.5)。
条例Webアーカイブデータベースで「没収」を検索したところ、没収の刑を科する旨の規定を設けた条例は、ほとんどない(cf.6、cf.7)。
条例違反を繰り返させないためにも、「没収」をもっと活用すべきではなかろうか。
2 例外的用法
以上が原則的用法なのだが、例外的に「没収」が犯罪以外の場合にも用いられている場合がある。つまり、「没収」が「没取」の意味で用いられている場合があるのだ。
立法技術が発展途上にあった明治・大正時代の法律(cf.8、cf.9)が、「没収」を「没取」の意味で用いてしまったのは、致し方ないとしても、戦後に制定された公職選挙法(cf.10)が「没収」を「没取」の意味で用いているのは、如何なものかと思う。
このように、国の法律が「没収」を「没取」の意味で用いているケースがあるからだろうか、又は、「没収」と「没取」の区別を意識していないからだろうか、条例においても、「没収」を「没取」の意味で用いているものが散見されるのに対し(cf.11、cf.12、cf.13)、「没取」を用いている条例はない。
「没収」を「没取」の意味で用いることは、誤用とまでは言わないが、ただでさえ発音が紛らわしいのに、さらに誤解を招くおそれがあるので、慎むべきだろう。
cf.1文部科学省著作教科書の出版権等に関する法律(昭和二十四年法律第百四十九号)
(保証金)
第四条 競争に加わろうとする者は、現金又は国債をもつて、その見積つた予定製造原価に最初に発行する予定部数を乗じて得た額の百分の一以上の保証金を納めなければならない。
2 競落者が契約を結ばないときは、保証金は、国庫に帰属する。
cf.2刑法(明治四十年法律第四十五号)
(刑の種類)
第九条 死刑、懲役、禁錮、罰金、拘留及び科料を主刑とし、没収を付加刑とする。
(没収)
第十九条 次に掲げる物は、没収することができる。
一 犯罪行為を組成した物
二 犯罪行為の用に供し、又は供しようとした物
三 犯罪行為によって生じ、若しくはこれによって得た物又は犯罪行為の報酬として得た物
四 前号に掲げる物の対価として得た物
2 没収は、犯人以外の者に属しない物に限り、これをすることができる。ただし、犯人以外の者に属する物であっても、犯罪の後にその者が情を知って取得したものであるときは、これを没収することができる。
cf.3旅券法(昭和二十六年法律第二百六十七号)
(没取)
第二十五条 第二十三条の罪(第一項第一号の未遂罪を除く。)を犯した者の旅券若しくは渡航書又は旅券若しくは渡航書として偽造された文書は、外務大臣が没取することができる。
cf.4刑事訴訟法(昭和二十三年法律第百三十一号)
第九十六条 裁判所は、左の各号の一にあたる場合には、検察官の請求により、又は職権で、決定を以て保釈又は勾留の執行停止を取り消すことができる。
一 被告人が、召喚を受け正当な理由がなく出頭しないとき。
二 被告人が逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるとき。
三 被告人が罪証を隠滅し又は罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。
四 被告人が、被害者その他事件の審判に必要な知識を有すると認められる者若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え若しくは加えようとし、又はこれらの者を畏怖させる行為をしたとき。
五 被告人が住居の制限その他裁判所の定めた条件に違反したとき。
② 保釈を取り消す場合には、裁判所は、決定で保証金の全部又は一部を没取することができる。
③ 保釈された者が、刑の言渡を受けその判決が確定した後、執行のため呼出を受け正当な理由がなく出頭しないとき、又は逃亡したときは、検察官の請求により、決定で保証金の全部又は一部を没取しなければならない。
cf.5地方自治法(昭和二十二年法律第六十七号)
第十四条 普通地方公共団体は、法令に違反しない限りにおいて第二条第二項の事務に関し、条例を制定することができる。
② 普通地方公共団体は、義務を課し、又は権利を制限するには、法令に特別の定めがある場合を除くほか、条例によらなければならない。
③ 普通地方公共団体は、法令に特別の定めがあるものを除くほか、その条例中に、条例に違反した者に対し、二年以下の懲役若しくは禁錮、百万円以下の罰金、拘留、科料若しくは没収の刑又は五万円以下の過料を科する旨の規定を設けることができる。
cf.6草津町公共物使用等に関する条例( 昭和五十五年三月二十一日 条例第十号)
(罰則)
第十八条 次の各号のいずれかに該当する者は、二年以下の懲役若しくは禁固、百万円以下の罰金、拘留、科料又は没収の刑を科する。
一 第三条の規定に違反した行為をした者
二 第四条の規定に基づく町長の許可を受けず当該行為をした者
三 第十条の規定に基づく処分に違反した者
cf.7羽曳野市立と畜場条例 (昭和35年3月28日 条例第153号)
(罰則)
第10条 この条例に違反した者は、地方自治法(昭和22年法律第67号)第14条第5項の規定により2年以下の懲役若しくは禁錮、100,000円以下の罰金、拘留、科料又は没収の刑を科せられることがある。
cf.8二十歳未満ノ者ノ喫煙ノ禁止ニ関スル法律(明治三十三年法律第三十三号)
第一条 二十歳未満ノ者ハ煙草ヲ喫スルコトヲ得ス
第二条 前条ニ違反シタル者アルトキハ行政ノ処分ヲ以テ喫煙ノ為ニ所持スル煙草及器具ヲ没収ス
cf.9二十歳未満ノ者ノ飲酒ノ禁止ニ関スル法律(大正十一年法律第二十号)
第二条 二十歳未満ノ者カ其ノ飲用ニ供スル目的ヲ以テ所有又ハ所持スル酒類及其ノ器具ハ行政ノ処分ヲ以テ之ヲ没収シ又ハ廃棄其ノ他ノ必要ナル処置ヲ為サシムルコトヲ得
cf.10公職選挙法(昭和二十五年法律第百号)
(公職の候補者に係る供託物の没収)
第九十三条 第八十六条第一項から第三項まで若しくは第八項又は第八十六条の四第一項、第二項、第五項、第六項若しくは第八項の規定により届出のあつた公職の候補者の得票数が、その選挙において、次の各号の区分による数に達しないときは、前条第一項の供託物は、衆議院(小選挙区選出)議員又は参議院(選挙区選出)議員の選挙にあつては国庫に、地方公共団体の議会の議員又は長の選挙にあつては当該地方公共団体に帰属する。
(以下、省略:久保)
cf.11新居浜市営渡海船設置及び管理条例 (平成13年4月1日 条例第11号)
(無料乗船券)
第6条 市長は、特別の理由があると認めるときは、使用者を指定した無料乗船券を交付することができる。
2 無料乗船券は、記名人以外の者が使用したときは、これを没収する。
cf.12尾道市渡船条例 (平成17年12月21日 条例第254号)
(優待乗船券)
第8条 市長は、特別の事由があると認めるときは、使用者を指定した優待乗船券を発行することができる。
2 優待乗船券は、記名人以外の者が使用したときは、これを没収する。
cf.13阿賀野市大字保田財産区財産増殖及び使用条例 (平成26年3月31日 条例第33号)
(入山の停止)
第14条 第5条第1号ないし第4号、第6条、第7条及び第8条に違背して山業をなした者は、管理者の告知により2ヶ年以内の間、本人及び同一戸籍内の者の入山を停止し、その採取した物件を没収する。