鳥にまつわる小説特集
こんにちは。
まず母の日ですね。こちらのブログでは昨年「この母がすごい!小説3選」と題して母の日特集をいたしましたので、よろしければそちらも一読いただければでございます。
さて、今年はあやかるものを変えようと思い立ちました。
5/10~5/16は愛鳥週間でございます。鳥類保護連絡協議会が設けたバードウィークだそうです。毎年この期間に「全国野鳥保護のつどい」があり、功労者の表彰が行われるのだとか。
要するに、野鳥の活動が活発になるこの時期に、環境の大切さをより広めようという期間なんだそうですね。
とはいえそこまでのことを調べず、例によって、鳥の小説……結構あるぞ、と勝手に楽しんでいた私です。図鑑や図説などで鳥にまつわる本となればごまんとあるのでしょうけれど、私のアンテナはいつも小説にピンと立っているので、今回も小説を3冊ご紹介いたします。
野鳥や環境保護の意識からは離れた特集になるでしょうけれど、そこは甘めに、生温かく見守っていただけたら幸いです。
小川洋子『ことり』
小鳥の小父さんが死んだ時、遺体と遺品はそういう場合の決まりに則って手際よく処理された。
冒頭の一文ですが、皆さまどこに惹きつけられますでしょうか。冒頭から「死んだ」「遺体」というような文章におっと思いはするのですが、何より「小鳥の小父さん」という文字の並び私はまず目を凝らしました。
この作品は、メジロを飼って一人暮らしている小父さんの物語になります。
おじさん、という言葉に漢字を当てはめようとするとまず「伯父」「叔父」が思い浮かぶと思います。二つは父母の兄か弟かという違いですが、そのどちらでもない、伯父でも叔父でもないただのおじさんが「小父」になります。
遺体や遺品が手際よく処理された「小父」さんには家族がいないことが明かされています。ただし身寄りがない故のこの漢字は、その字面によって「小鳥」と並ぶことでできる優しい意味とも受け取れるのです。
物語は小父さんの生涯を振り返っていきます。小父さんと鳥との始まりは、幼い頃に七つ年上の鳥好きの兄がたくさんの名前を教えてくれたところからでした。兄はある日を境に喋らなくなり、鳥の囀りを理解し新しい言語で話すようになります。小父さんは家族で唯一その言語の意味がわかったので、家族と兄の架け橋になり、兄を支え、やがて両親が亡くなり兄が亡くなり、幼稚園の鳥小屋の世話を一人で長く続けていたために「小鳥の小父さん」と呼ばれるようになります。
歳を重ね、変化する環境の中でルーティーンを更新しながら慎重に過ごす小父さんに、鳥好きだった兄が鳥に思っていたような、もしくはそんな兄に小父さんが思っていたような敬虔な気持ちを、読者は小父さんに持つようになっていくのです。
芸術選奨文部科学大臣賞を受賞した、静かながらにずっしりと重みのある、すばらしい一作です。小川洋子さんの持つ文学性の質の高さも味わうことができるので、どうか読んでいない方はぜひ。
今村夏子『あひる』
今村夏子さん、当ブログでは初めての紹介になります。2019年に芥川賞受賞、『こちらあみ子』や『星の子』など映画化作品も多い作家さんですが、記憶に新しいのは2021年公開の大ヒット映画『花束のような恋をした』で、主人公二人によって何度も名前のあがった作家さんであること。相手を傷つけた人物を指す「その人は、今村夏子さんの『ピクニック』を読んでも何も感じない人だよ」という台詞は、映画の中でも強ワードとして多くの人の心に残ったはずです。
作風自体はエンタメ性とあまり結びつかない純然たる文学性と創造性に満ちていて、それこそ何かを「感じる」ことは、多少コアな読書通でないと難しいのでは、と思う作家さんではあると思うのです。しかしながら、私が今村夏子さんを知ったのも2016年放送の「アメトーク」の「読書芸人」の回でした。
いやアメトークかい、と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、2016年の「読書芸人」はすごかった。その年に新創刊された「食べるのがおそい」という文芸誌に載った今村夏子さんの2年ぶりの新作「あひる」に対し、若林さんや光浦さんや又吉さんみんながあれほんとすごいと盛り上がるのです。絵に描いたような文学好きの光景に私はすかさず作者と作品名、文芸誌名をメモして先生(ポラン堂店主)に伝えたのでした。
アメトークで盛り上がったのち、『あひる』は単行本化し文庫化しました。「あひる」を含む短い作品が三本収録されています。私としては『こちらあみ子』と並ぶかそれ以上の今村夏子作品入門の書だと思っています。面白くて、恐くて、すごい。短いながら初めて読む人になんだこれはと思わせてしまうこと必須の作品なのです。
鳥特集に取り上げているくらいですので、表題作「あひる」には勿論あひるが出ます。前の飼い主から譲り受け、飼うことになります。名前は「のりたま」です、可愛い。「あひる」と名乗っているくらいのブログ主ですから、その可愛さにはくいつかざるを得ません。ただもう、次のあらすじを語り始めることが難しい。可愛いだけの話では絶対にありません。ぜひ読んでいただきたいです。
阿部千里『烏に単は似合わない』
今や超人気シリーズと言っていい「八咫烏」シリーズの一作目を最後にご紹介です。
今回紹介した他2作とはうってかわってエンタメ盛沢山の作品ですが、作者の阿部智里さんは大学在学中に松本清張賞を歴代最年少で受賞し、この作品を刊行しています。松本清張賞といえば長編エンターテインメント小説の新人賞ですが、松本清張さんの名前からわかるように選考委員の顔ぶれからしてもわかるようにただのエンタメの公募賞(決して他を軽視しているわけではないのですが)とはわけが違うのです。刊行当時、同じく大学生だった私は阿部さんの登場に震え、本屋で目を合わせては読むことを避けていたくらいでした。
そんなこんなで今年初読みに至ったのですが、面白い。キャラクターの立て方が読者の期待を裏切らず、物語に躍動感があり、さらにこの作品シリーズが評価されている所以でもあるのだと思いますが、濃いミステリ要素もある。
この一作目が受賞作になりますので、この一冊だけで物語は一旦きれいに終わります。続きを読まなくてはならないというわけではないので、気軽に手に取っていただいていいと思います。今回の記事でも一作目しか紹介しません(というか実は筆者あひるは二作目までしかまだ読めておりません)。
舞台は人間の代わりに八咫烏の一族が支配する世界。世継ぎである「若宮」の后選びに、大貴族四家の姫君たちが「桜花宮」に集まります。東家の二の姫も姉の代わりに急遽、「桜花宮」に行くことになります。周囲からの期待はありますが、父からは后に選ばれなくてもいいからさっさと帰っておいでというくらいの気楽さで見送られ、二の姫当人も自分が選ばれることはないだろうという意気込みで向かいます。他三家には様々な思惑があり、二の姫は気圧されながらもやがて「若宮」が自身が幼い頃に憧れた人物であったことに気づくのです。
姫たちの魅力、終盤の目が回るような二転三転は、この作品がこの後長くシリーズ化することを示唆するような作者の高い筆力が窺えます。
ちなみに鳥にまつわる小説特集においてですが、「八咫烏」です。未読の方だと比喩と思われるかもしれないですね。ぜひ読んでみてくださいませ。
以上です。
メジロ、あひる、烏、という鳥が並びましたけれどもいかがでしょう。いつものように紹介したい作品を紹介しただけという感じがしますでしょうか。その通りです。
ただ3作とも鳥に対する描写があり、そこに作者の持つ繊細さがあるように思います。
鳥が好きならこれを読むべし、みたいな紹介にはならなかったんですが、こうして取り上げられる人間とは異なるあの生き物について、文学の中で見つめ直してみるのは楽しいことに違いありません。こうした一風変わった選び方で、次に読む本を決めてみるのはいかがでしょう。
それではまた。