肺を病みまして(2)ドクターGは実在する
「まず、心臓が少し大きい。これはそれほど問題じゃありませんが、肺に影が見えます。心電図にも異常が出ているのですぐに救急対応病院に行ってください。もう手配は済ませてあります」
こないだの病院に2週続けて金曜日に行くことになった。先週「どこも問題ありません」って明け方に追い返したじゃないか。ぶつくさ文句を言ってもしょうがないので、夫氏の車で救急外来に向かう。
さすがに「ヤバい」と思ったのか、今回は研修医2名が問診を担当してくれた。
「今の胸の痛みはどれぐらいですか?」
ニヤリ。
「ペインスケールですね?」
「よくご存じですねー」
「そういう本を訳しましたから」
研修医2名、スルー。スルーかよ。39度も熱があるから、とんでもないことをつぶやいているとでも思われたのだろうか。まさかのとき、自分が物書きであることを疑われぬよう、つねに自著を持ち歩け――という作家教室の先生のお言葉を思い出した。
もう一度心電図、ぐさぐさと採血。今飲んでいるお薬やら体調やらを説明したあと、真打ちの先生登場。痛い左の鎖骨周囲を人差し指でぐいっと押した。ぎゃああああ! ぐいっ、ぎゃああああ!を3回ほど繰り返すコントめいたやり取りが終わると、
「たしかに炎症があり、左右で高さが違う。肩周辺が腫れている。でも、採血で出た炎症反応と白血球の値はそんなもんじゃない……」とおっしゃった。
考えこむ医師団。当直医の先生が席を外し、ややあって帰ってくると、研修医の先輩格のほうになにやら囁いた。彼はダッシュですっ飛んでいった。
「アダチさーん、では肺のCT取りますねー」
肺? 頭の中をクエスチョンマークだらけにしながら廊下に出るわたしたち。研修医先輩は車いすの用意をはじめていた。
「遠いから車いすで行きましょう」
「いえ、結構です」
は?
間髪入れずに答えたのは夫氏だった。
「でも、フロア違いますし、結構歩きますよ」
「結構です」
なぜだ。ぜんぜん結構じゃねえ。だがこちらも正常な判断力を失っていて、早足で進む研修医先輩と夫氏の後ろをついていった。
CTを撮り終え、控え室的な大部屋のベッドに寝て待っていると、呼吸器内科の先生が呼びに来た。
「循環器から引き継ぎましたXXです。早速ですが病状をご説明します。肺に膿がたまっています」
は?
ほれ、と言わんばかりに、先生は目の前のPCを操作してCT画像を表示させた。くりくりくり……と画像が動き、ある位置でストップ。
「これが左の肺です。肺をはさむように何かあるでしょう? これが膿です。熱が出たのはこのせいで、こういった状態を膿胸といいます。このまま放っておくと敗血症になり、数時間で危険な状態になります。すぐ入院してください」
!
「ひと晩寝て、明日入院準備だなんてのんきなことを言ってたら死にます。残念ながら当院は今夜システムの入れ換え作業があり、しかも土日に呼吸器内科医が当直に入りません。K市に呼吸器の専門病院があります。急患が行くと連絡しておきましたので、今すぐ行ってください」
というわけで、その晩3つ目の病院に向かう。
「『ドクターG』みたいだったねー」
「ああ」
死ぬ、というリアリティーがまったくなかった。NHKの番組『総合診療医ドクターG』でも観ているような、フィクションの世界にいるような気分だった。
夫氏は愛車“赤豚号”を飛ばす。何だか宮崎駿のアニメみたいだーと、わたしはぼんやり考えていた。
K市のF病院に到着したわれらは、夜勤の守衛さんと入院手続きを済ませた。
「車いす用意しますね」
「結構です!」
またかよ。乗るのはわたしだよ。
「診察室まで結構歩きますよ」
ほんとうに歩いた。長かった。なぜ夫氏はかたくなに車いすを拒否するのだろうか。あとで聞いたら、本人テンパっていてあまり覚えていないらしい。
当直のO先生による簡単な問診のあと、2階の4人部屋に通された。午前1時を回っていた。
夫氏は家に帰り、わたしは早速点滴につながれた。
続きます。