#M003 男の服は退屈なくらいでよい
河毛 俊作(以下、河毛):
男の世界では、流行はつまるところサイズ感だと思います。メンズの場合、特に最近は、「この形が圧倒的に流行」ということは起きないし、たとえばダッフルコート、ピーコート、トレンチコートなんかは常にあるじゃないですか。シーズンによってどれかが強めにフィーチャーされても、他が消え去ることはない。逆に言うと、これさえ着ていれば安心、というアイテムはないともいえるけど。
西 ゆり子(以下、西):
そうですね。たとえばピーコートは毎年どこかが出していて、ゆったりめのこともあればタイトシェイプのこともある。
河毛:
つまるところルーズかタイトの2つかしかない。ただ、メンズの場合、永遠にその中間にジャストサイズというのが存在する。それを押さえておけば間違いない。
西:
じゃあ、ジャストサイズを押さえておけばずっと流行に左右されなくていいのかしら。
河毛:
うん、それを退屈と思うかどうかですね。
ただ、退屈であることがジェントルマンだという考え方もあるので。
西:
そうか。前回の対談で出たボー・ブランメルじゃないけど、男は格好で二度見されたら終わりなんですものね。
河毛:
そもそも男の服はスポーツウエアと軍ものしかないでしょう。どんなものにもソースがあって、MA1でも L-2B でも、トレンチコートにしても、イギリス軍仕様なのかドイツなのか。ミリタリー好きに語らせたら色々ある。そのなかのどれを取り入れて、どういうサイズ感で作るかが流行につながってきますよね。
西:
特にアウター類はほぼ「軍」かもですね。チェスターコートとかステンカラーはフロックコートから来ているくらいで、ピーコートもダッフルコートも軍ですものね。
河毛:
ダッフルコートはノルウェーの漁師さんが着ていたのをイギリス海軍が取り入れた。トグルなら分厚い手袋をしたままでも、風が吹きすさぶ艦上で簡単に留められる。甲板にわーっと吊られたものをてんでに取って着るような、服というよりギアに近いものだったそうです。厚着した上に最後に着るから、サイズもデカい。だからタイトなダッフルコートって本当は邪道なんでしょうね。
西:
河毛さんが学生時代にIVYスタイルを始めたのは、流行への目覚めといえるのかしら。
河毛:
IVYは少し特別なところがあって、IVYが生まれる前、日本にティーンエイジャーとか若者は存在しなかった。
西:
存在しなかった?
河毛:
もちろんその年代の人たちはいたよ。でもその人たちに向けた服とか、ライフスタイルはなかったんです。IVY以前は、14歳から20歳くらいの人たちは、さっさと大人になるか、子供の延長線上か。
西:
確かに中途半端な世代でしたよね。
河毛:
IVYという独自のファッションスタイルを手に入れたことで、初めて若者のカルチャーやライフスタイルが出来上がった。今や、世代なりのカルチャーを持つなんて当たり前のことだけど。
編集部:
河毛さんの手がけた作品、たとえば「ギフト」の木村拓哉さんのファッションは、ドラマがメンズの流行を作った〝はしり〟では。
河毛:
「ギフト」ではグッチ(GUCCI)のスーツを着て自転車に乗ってもらいました。木村君は何やってもカッコいいんです。でも、スーツでスポーツカーに乗ったのではハマりすぎて嫌味。カッコいい自転車だったらいいかも、と思ったんです。グッチに人づてにお願いしたら、運よく貸し出しOKになった。
西:
あのスーツは細身で本当にきれいだった。
河毛:
ちょうどグッチのデザイナーがトム・フォード(TOMFORD)に変わった年でした。ブランド自体も生まれ変わろうというタイミングで、お互いに幸いしました。
西:
あの頃、広告代理店の役だと肩にセーター巻いたり、素足にローファーとか、ドラマ的なスタイリングが話題になることが確かにありました。
河毛:
業界人役が肩にセーター巻くのは、自分のドラマでは実はそんなにやってないんですが、素足にローファーは確かに。そのイメージソースは、よく間違われるんですが実は岩城滉一さんです。本当にカッコいいと思って憧れた方の一人です。
西:
岩城さんお洒落ですものね。
河毛:
あと、自分が携わったドラマのファッションが多少なりとも流行に影響があったとしたら、浅野ゆう子さんに代表される女の子のアメカジかな。チノパンとか、バンダナ使いとかGジャンやスエット……女性にお洒落と思われていなかったアイテムがお洒落に昇格したっていうのはあるかもしれない。それは浅野ゆう子さんの功績です。今では当たり前になったアイテムばかりですが。
西:
紺ブレザーにチノパンとか、可愛かったですね。
その後、イタリア物の嵐の時はどうしてました?
河毛:
IVYからヨーロッパ向きになったのは間違いないんだけど、IVYがゼロになったことは一度もないんだよね。アルマーニが一世風靡した時、もちろん着ていましたけど同時にラルフローレン(Lalphlauren)やブルックス(Brooksbrothers) もやめようとは思わず、並行して買っていた。
西:
面白いですね。
河毛:
なんかそれだけじゃない気がしていた。洋服好きな方々の中には、イタリア好きの人たちが多い。クオリティも高いし納得できるけど、決定的なイタリア好きにならなかった。
西:
根底はイギリス?
河毛:
多分フレンチなんだと思う。
西:
それは意外。
河毛:
最初にすごいと思ったデザイナーがサンローラン(SAINTLAURENT)だったし、かっこよさのお手本にしたのがフランス映画だから。それはかなり影響大でした。イヴ・モンタン(YvesMonrand)やアラン・ドロン(AlainDelon)。『男と女(UnHommeetUneFemme)』のトランティニャン(JeanLouisTrintignant)。あの人たちの映画の中のファッションがアイコンというか原点です。
西:
イタリアの男のファッションは素晴らしいんだけど、そこはかとなく「オレってさ……」っていう感じがある。
河毛:
そう、すごくお洒落なんだけど、どこか過剰な感じもしたんだよね。一見ぱっと見だと別にお洒落に見えないフレンチのあの感じが自分には合うような気がした。
西:
わかります。ニットを何でもない感じで着ていても、動いた時のシルエットが素敵だったり。
河毛:
トランティニャンとか、なんでもないウールのシャツに、シェットランドの渋い色のカーディガンにウールのズボンはいて、上にシェアリングコートを着てジタン咥えて。あの感じはどこの国の誰にもまねできない。何なんだろうと思う。
西:
そういうのって普通はフッと見逃してしまうところよね。
河毛:
俺はそういうところに引っかかって寄り道が多かったかもしれない。流行とか言う以前に。
西:
ひるがえって、毎日のように目にする男性ファッションというとニュース番組のMCの方々ですけど、流行を取り入れてタイとポケットチーフと、っていうのをよく見かけるんですが、ご本人を語る服、という方向性の人はあまり見かけません。
河毛:
MCの服は難易度が高い。あまりにファッショナブルでも見ていて違和感があるだろうし。お洒落できちんと服を着ているMCの人も多いけれど、全体的にタイトシルエットのトレンドにひっぱられているから、その中で今ジャストサイズを着たら、逆に存在感が増すかもしれない。
自分がどうしても選べと言われたらどうするかな。チャコールグレイのジャケットに、シャツは白にして、タイは紺に白のドットにするかもしれない。ストライプのタイは、色を抑えすぎると冠婚葬祭みたいになっちゃうし。
西:
今日の河毛さんみたいな赤いタイを万人がこなせるわけじゃないしね。
河毛:
これは遊びとしてやってるから。ちゃんとする時は、つねに無地ですよ。紺の無地かグレー無地。
西:
素材は?
河毛:
季節感で替えます。秋冬はウール地だったり。シルクだったり、ニットだったり。旬じゃないから手放したタイというのは、ここ30年はないです。生地がくたびれたり、トマトソースこぼし過ぎたのは別だけど(笑)。
西:
河毛さんのクローゼットを想像すると少しクラっとする(笑)。河毛さんにネクタイをプレゼントする勇気のある人はいないでしょうね。
河毛:
いや、時々ご進物でもらうことはありますよ。もし、女性が男性にネクタイを贈るなら、無地にしたらいいと思う。紺か黒かグレーか。
西:
黒を喪以外ですることはある?
河毛:
ニットタイがいいよ。ジェームズ・ボンドじゃないけれど、黒のニットタイは何にでも合わせやすい。
西:
綺麗ですね。あらたまりすぎないですしね。
河毛:
適度なリラックス感もある。
西:
うちは男の子三人で、三男坊だけはまだいろんなブランドのものを毎シーズントライしていますけど、上二人は完全にスタイルが決まった感じ。長男はヒップホップ系でだぶだぶで身体が泳ぐような服と決めているし、次男はロンドン系でタイトなものが好み。次男はゴム引きの合羽の袖口が汚れたら少し切って着るとか、自分のアイテムと決めたものはまるで日本の着物みたいに一生着る構えです。今の河毛さんのお話とか、彼らを見ていると、男のファッションって、結局生き方なんだな、と思います。
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スナップキャプション
<河毛さん>
第一回対談で話題に上ったトム・ブラウン×ブルックスブラザーズのカフス付き半袖シャツを着てきてくださった。涼し気なコードレーンのジャケット、靴はオールデン のコードバンローファー。年季の入った大人IVYが最高にカッコいい!
<西さん>
今日のポイントは、風が通り抜けるシルクのロングチュニック。ポイントが欲しくて襟と袖をリメイクして愛用。「夏は絹がいちばん快適です」。ソックスはヘビロテ中のMARNI。
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