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#M004 格好いい人が持つものが格好いい

2022.09.26 03:00


毛 俊作(以下、河毛):

ブランドとは、平たく言えば屋号に過ぎないけれど、ファッションの世界では違う意味を持ちますね。本来、ブランドは〝大勢の人に売らない″ところから出発していたはず。たとえば宝石。カルティエは、『王の宝石商、宝石商の王』と称している。つまり、王とその周辺の人たちだけが買うもので、知らないヤマダさんやジョンさんには売らないものだった。


西 ゆり子(以下、西):

ルイ・ヴィトンにしても同じことですね。


河毛:

ナポレオン3世の奥さんの荷物を詰めるトランクが最初だからね。自分で運ぶものでさえなかった。だからどんなに重くても関係なくて、むしろ頑丈で中のものが壊れないとか傷まないほうが重要だった。もちろんキャスターなんかついていない。


西:

自分で運ぶことを考えると大変そう(笑


河毛:

戦前のダンディと言われた日本人の本を読むと、一流店は、入りづらさも尋常じゃなかったようです。基本、「入るな」という……。


西:

拒絶ですね。


河毛:

そう。拒絶からスタートしてる。お前らの来るところじゃないから、という。その残照は、僕が若かった1970年代の初めにはまだ残っていた。


西:

それから思うと、今はずいぶん変わりました。


河毛:

今、ファッションブランドの構造は、少し不思議なことになっている。もちろん、特別にリッチな人たちのための何かは今も備えているけれど、末端の部分で4万5千円とかの携帯ケースやキーホルダーをいったい何個売っているんだろう。ハイジュエリーには手が届かないけど、キーホルダーなら買えるということを、喜びと感じるか、悲しみと感じるか…。


西:

それとちょっと違うかもですが、エルメスのお財布は、綺麗だしサイズもいい。でもそれを買ってしまうと財布に入れるお金がなくなるという究極の選択が……いまだにそこは迷うところ。


河毛:

犬小屋はあるけど犬がいない、みたいな(笑)? 日本の第一次ルイ・ヴィトンブームの時、女子大生がこぞってバッグや小物を持ったけれど、「ルイヴィトンはどぶ板を渡らない」と痛烈な皮肉も言われていた。


西:

あのブームの頃、すでにスタイリストでしたが、確かに不思議でした。日本で見かけるのはなぜバッグばかりなの? 海外の人は、ルイ・ヴィトンの生活スタイルの中でルイ・ヴィトンのカバンを使うわけだけど。


河毛:

日本人はもともとカバンが好きなのか。


西:

カバン好き民族(笑)。考えたら中国、タイの人たちもそういうところ、ある。


河毛:

一目見て「あのブランドだ」と一番わかりやすいのかも。服も、最近若い人たちはロゴがこれみよがしについたのを好むのは、10万円払った以上、10万円分のわかりやすい見返りを手っ取り早く求めるから。


西:

パッと見ではどこのブランドかわからないほうが好きだけどなあ。


河毛:

スタイリストの山本康一郎さんは、服のタグを全部取るんだって。


西:

徹底してる! 


河毛:

それはちょっとカッコイイと思った。俺は取る勇気ないから。


西:

私も勇気ない(笑)。


河毛:

月並みな言い方になるけど、どこそこのブランドだからいい、じゃなくて、自分が選んだらどこそこだった、でいいんじゃない。ドーバーストリートマーケットでカッコいいなと思ったらマルジェラだった、とか。見たことないものでも、いいと思ったら選ぶ勇気。


西:

セレクトショップで値段もブランドも見ずに自分の感性で選んでみるのはいい修行方法かも!


河毛:

現代のブランドブームの元祖というか嚆矢は、シャネル№5の香水が世界中でバカ売れしたことだと思います。ブランド服を一般の人が買い始めたきっかけも、やっぱりシャネルだった。きっかけは経済的に右肩上がりだったアメリカ。働く女性、能動的な女性が社会に出てきて、それまでのコルセットで締め付ける服の代わりに、動きやすいシャネルスーツをこぞって買い求めて、大成功した。モードの「大衆化」という言葉が適当かわからないけど、限られた顧客だけの世界から大きく変わった。


西:

それより10年くらい遅れて、それまでディオールのオートクチュールで働いていたサンローランは、ディオールの死後、跡を継ぐかと思いきや、リヴゴーシュという名のプレタポルテを始めた。そこでまた大きく変わりましたよね。当時は賞賛だけじゃなくて非難も浴びたらしいけど。名だたるメゾンはすべて右岸にあったけど、サンローランは左岸を選んだ。


河毛:

学生や、革新的な人たちが集まるほうへね。

まあ、プレタポルテとはいえ、値段は高かったけど。でも値段云々よりも、自由に買えるってことが重要だったのかな。


西:

Sirみたいな称号がなくてもね。称号はあっても没落してお金がない、お屋敷を維持できない人もいっぱいいましたから。


河毛:

一見さんお断りみたいな考え方を払拭したことで、民主的になった一方でお金がクラスよりも上に立つ時代がやってきたとも言える。


西:

そしてアルマーニ。本来、メゾンはデザイナーと精鋭のお針子たち10人程度の家内制手工業に近いチームだったけど、アルマーニが初めて企業として工場生産スタイルにして、世界中に上質な服を売り出したんですよね。


河毛:

その前はパリのオートクチュールに対して、イタリアはパリの下請けにすぎなくて、イタリアには繊維産業はあってもモードはないと言われていた。アルマーニたちが出てきて初めてイタリアがパリモードから覇権を奪った。


西:

あの頃から「メゾン」が「企業」になりましたよね。


河毛:

階級社会が崩れて、「今期の新作です、マダム」という世界がすたれた。オートクチュールがオペラだとすると、それがロックやヒップホップに移り変わっていった。でも、今のコングロマリット系のビジネスのやり方には、正直言えばうんざりしている。


西:

才能のあるクリエイター、デザイナーがお金につぶされずに楽しく生きられればいいなって思う。利用されて消耗されるのは残念ですよね。


河毛:

大事なのは人、デザイナーだからね。


西:

河毛さんは気になる人が誰かいますか?


河毛:

ロエベをやってるJWアンダーソン(JWAnderson) とか、あとマルジェラは昔とは変わったけどジョン・ガリアーノ (JohnGalliano)にはやっぱり何かあるというか、悪くないと思っています。ラフ・シモンズの良さは全然わからないから、ミウッチャ (MiucciaPrada)は好きだけど今後プラダがどうなるのか、気になっています。でも、普通の暮らしの中では日本の若い人たちの作る服で充分。


西:

そうですね。女性向けだと、ミカコ ナカムラ(MikakoNakamura) とか、本当に素敵。オートクチュールもされていますけど、カジュアルもきちんと丁寧に作られていて綺麗。昔の日本製って縫製はいいけどラインが、みたいなところがあったけど、まったくそんなこともないですし。


河毛:

ブランドを、モードで考えるか、それとも時代を超えた使いやすさ、上質さで考えるのか。


西:

今あげたミカコナカムラは後者ですね。男性、とくに河毛さんも主に後者でしょう?


河毛:

これ以上変えようがない完成形、と思うものはいくつかありますね。まず、ブルックスブラザーズのボタンダウンシャツ、パジャマ、トランクス。ブルックスも買収されたりして、メイドインUSAのものはだんだん少なくなっているけど。


西:

ブルックスとラルフのBDシャツって何が違うの?


河毛:

ラルフローレンはシーズンによってディテールをちょっとずついじってくる。ブルックスは基本それがない。まあ、ブルックスも最近マイケル・バスティアンというデザイナーが入って、ややオーバーサイズで裾をスクエアに切ったシャツを出したりしてますけど、たぶんそれには自分は手を出さない気がする。


西:

なるほどね。


河毛:

ここでも紹介したことのあるオールデン(ALDEN)のコードバンの靴も、生き残ってきた感が強い。いまだにどんな服にでも似合うのがすごい。トラッドはもちろん、ストリートもイタリアのスーツを着る人も、オールデンの靴を嫌う人は、まずいないと思う。ジョン・ロブ(JohnLobb)やベルルッティ(Berluti)の場合、好き嫌いが多少あるような気がするけど、オールデンには否定できない何かがある。


西:

ジョン・ロブやベルルッティの一種の派手さはオールデンにはありませんね。


河毛:

もともと身体障碍者のための靴を製作するところからスタートしたブランドなんです。履いていて、なにか「ふるさと」みたいな感じがする。


西:

モード系は?


河毛:

アルマーニは、最近自分で着る機会はあまりないけど今でもリスペクトしてます。それまでのイギリスの背広は、軍服とか鎧みたいな堅牢な作りだったのが、アルマーニのスーツに袖を通して、こういう肩の落ち方か!というあの驚きは忘れられない。ソフトで着心地が軽くて、生地の色合いもそれまでにないものだった。ラルフローレンも好きだけど、あの人は、ブルックスブラザーズでネクタイを作っていた人で、型紙を一から作るデザイナーというより、ものすごくセンスのある「スタイリスト」なんだと思います。だから、最初に作った奴はエライ!それだけで価値がある。カルティエの腕時計にしろ、ボタンダウンシャツにしろ。


西:

今はあるものをコラージュしている感じ。DJの時代になっちゃったから。


西:

色々話してきて、やっぱり私はそのときどき、自分の好きな物、必要なものを吟味して買う方が楽しいかな。結果、それがブランドのものでも、そうとは分からない方が好き。実は、ブランドの重いバッグは、全部人にあげました。フェラガモの「アフリカ」のバッグだけはコレクションとして残したけど、今は別に布袋だっていいの。物って自分のその時の人生を一緒に過ごすものだから、その時期が終わったら、普通に別れていいんじゃないかと。


河毛:

結局、格好いい人の持ってるものが格好いいんだよね。格好悪い人の乗ってるアストン・マーチンよりも、格好いい人が乗ってる国産の角張った大型車の方が魅力的。だから、俺はブランド品は、人の格を上げてくれないと思う。そのために持つのはナシだと思う。


西:

最後は生き方の問題なんですね。



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スナップキャプション

<河毛さん>

縁があったら手に入れたい時計は、カルティエのタンクのヴィンテージウオッチか、ロレックス GMT-1 1675のなかでも初期のベークライトベゼルバージョン。ジャケットとパンツはkolor。


<西さん>

家族のコロナ感染で大事を取って1週間ほどホテル生活に。着替えを求めて行ったユニクロで秋の流行色、ボルドーのプリーツスカートを発見。ベスト、ヴィンテージの体操着を合わせて大人のスクールガール! 足元はVEGE のスニーカーサンダル。

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