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もしも黒猫様が悪女に転生したら25

2023.05.16 08:08

翌朝は大変だった。


僕の様子がおかしかったことが原因らしく、ユランなんて早朝の5時から待機していたようで、ロードまで朝の7時ごろに来てから様子を伺ってくるのだ。


アレンだけはいつも同じ部屋で寝ていたものの、昨日ばかりは出て行ってくれと頼んだ初めての夜だったこともあり、


一睡もできずにウロついていたところを、椿…もといルーと解散して部屋に戻る道中に出くわしたほどである。


こんな時間に何してたんだ、どこ行ってたんだと聞かれたが、頭を整理してから話すと伝えて寝かしつけるまでが大変だった。


…だというのに起き抜けから、腫れ物扱いされてしまっているのだ。


ため息だってつきたくなる光景だった。


…が、わざわざ昨日のことを説明しなくとも、


「ティアちゃん、遊びに来たわよ!お茶とお菓子の準備はできてるかしら?服は選んだの?」


なんて声音でこの部屋に入ってきたルーの存在が全てを説明してくれるのだから。


昼前にきたルーにはお茶とお菓子よりランチだろうと、ユランたちの視線から逃げるように厨房へ行って前もって用意していた食事をジーナに運ばせたのだ。


昨日と同じ中庭に並べられたランチを囲いながら、いつの間に愛称で呼ぶ仲になったのだという視線がヒシヒシと伝わってくる。


もちろん、ルーの側近であるブレッド…もといラビットも同じ反応だった。


「ん〜っ!またティアちゃんの手料理が食べられるなんて幸せ〜っ。」


そんな空気の中でも椿は…、いやルーは相変わらずだった。


周りへの説明は僕に一任されたということだ。


当たり障りなく、そして嘘もない説明は得意でしょ?なんて視線でにこやかに訴えられていたからな。


「あの…、アーティス様。これは一体…?」


そしてタイミングよくユランが質問してくれたので、あらかじめ考えをまとめていた答えを口にしていた。


「古い縁なんだ。因縁とも呼べる代物でな。僕にとって唯一限りない敵と判断した相手が目の前に現れたから少し動揺したんだが…。」


昨日の夜中に密会したことと、その時に和解したことを簡潔に話したのだ。


古い縁、というのもあながち嘘ではない。


前世からの縁だ。


だからこそ気を張り詰めたものの、二度目の人生にまで憎しみを引きずるような感情もないからこその和解である。


詳しい説明を省けば、真実を語れるのだ。


我ながら上手くできたふわっふわの卵焼きに満足しながら言えば、


周りを囲う面々は納得したような、していないようなという表情だった。


まあ南の大国の、しかも次期女王とどんな古い縁があったのかと疑問には思うだろうし、

昨日の態度とは一変しているのだ。


こんなにも簡潔な説明では信じられないのも無理はない。


…が、


「ティアちゃん、あたしあれが食べたいわ。あなたの作ったアップルパイ!」


「食後のデザートに作ってある。ランチが終わったらジーナに出させるよ。」


「さっすが!あの味は忘れられなかったのよ。ふとした時に食べたくなるのよねえ〜。」


「それを言うなら僕も…、」


「わかってるわよ。ちゃんと用意してきたわ。あたし特製のアップルティーをね。先程メイドに渡しておいたから、食後の紅茶に出してくれるはずよ。」


「……用意がいいな。」


「お互い様でしょ。」


あなたのことはお見通しよ、なんて言われると小さく笑ってしまう。


こんなやり取りを見て仕舞えば、周りは信用するしかなくなるのだ。


あまりにも親しく、あまりにも互いを知っている会話だからな。


それでも周りは唖然としていたが、


「ティアちゃん……、相変わらずにんじんは嫌いなのね。あたしのお皿がオレンジ色になっているのだけど?」


「僕のお皿は緑色だぞ。ピーマンが嫌いなところは変わらないようだな。」


「わざと出したんでしょ!」


「ああ、そうだよ。こいつらに信用してもらうには些細なことが効果的だろう?」


そう。僕は今回のランチに僕の嫌いなものと椿の嫌いなものをわざと入れた。


そうすれば前世と同じように僕は椿の皿へ嫌いなものを入れるし、椿も僕にそうするだろうから。


些細な好き嫌いを当たり前のように言える状況を見せれば、理解しざる終えなくなってくるだろうからな。


そして椿はそこら辺をあまり考えず僕に任せてくるとわかっていたから出来たことでもある。


言葉なんて最小限でいい。


互いに持ちつ持たれつの関係を会話や段取りもなく出来るのは相手が椿だからだ。


「信じてもらいたいの?ティアちゃんは誰にどう思われようがどうでもいい人でしょ?」


「まあな。でも自分が信頼してそばに居てくれる奴らを蔑ろにはしないさ。ルーだってそうだろう?」


「……あたしは時と場合によるわね。どんなに信頼していても、蔑ろにしたくなる時だってあるじゃない。」


「そういうところ、昔から聞いてるが僕はわからないな。」


「乙女心ってやつよ!女心は複雑なの!同じ女なのにティアちゃんは合理的すぎるのよ。」


「感情任せに天邪鬼になられるほうが面倒だと思うが?」


「ほらね!そういうところよ!誰もが合理的に事実を見つめて素直な言葉なんて言えないものなの!信頼しているからこそ、腹が立つ時もあるのよ。」


「腹が立ったならそれを素直に言えばいいだけじゃないのか?」


「あー!もう!ティアちゃんにこんな話しをすることこそ無意味ね。もういいわ。」


ツンとする椿…じゃなくてルーを見ると前世からそうだったが、女王様の理解不能な矛盾した行動や発言が今でも僕にはわからない。


乙女心なんて持ったことがないからだろうか?


女として当たり前のことだと言い張る根拠のない理屈は僕には一生わからないものなんだろうなと思う。


ランチもほどほどにお茶とお菓子が運ばれてくれば、ルーはアップルパイに目を輝かせていた。


双子だった僕らは見た目も性格もてんで合わないし正反対だったけど、食の好みだけは似ていた。


椿が作ったアップルティーの味にホッとしながらも懐かしさを感じて飲み込む日が来ようとは思わなかったな。


なんて考えつつ、まったりする時間はそろそろ終わりだなと区切りをつけて僕はユランとアレンに問いかけたのだ。


「リリーの状況はどうだ?」


「相変わらず人でごった返してるよ。王族しか入れない場所って嘘じゃん?ってくらい。」


「そこはわざと開放してるからな。」


アレンが肩をすくめながらもあれは可哀想だと言うほどだから、ゼンを側に行かせてよかったのだろう。


「あの手この手でリリーを口説こうと必死だよ。人間の醜さを目の当たりにした感じ?」


今更だけど、なんていってアレンは僕にアップルパイをくれと顔を寄せてくるので、ひと口入れてやったのだ。


「ユラン、僕に近寄ってくる連中は今のところルーくらいか?」


「いえ、何人かアーティス様の居場所を聞き回っている輩が居ます。ご案内するべきか迷ったので伺ってからにしようと思いまして。」


「そうか。じゃあ放っておけ。自力で見つけたら話くらい聞くとしよう。」


「かしこまりました。」


昨日の今日だというのに城の中は大変だな。


皇帝陛下には前もって口出しするなと言っていたし、こうなることも見えていたから休暇でも取ってこいと言っておいて正解だった。


「それで?なんでロードまでずっと僕の従者のように付き纏ってくるんだ?」


「ん?まあ〜…、他国の貴族に言い寄られるくらいならアーティと一緒にいた方が身を隠せるし?」


皇子殿下は初日だけいてもらえたらそれでよかったのだが。


こいつは本当に無言でただただ傍観者のように一歩引いたところで見つめてくる。


何もするなと言ってはおいたが、そもそも何かする気なんてまるでなかったような笑顔だ。


「陛下の後でも追って僻地で休養でもしてきたらどうだ?」


「そんなことするならお前を観察してたほうが楽しい。」


「はあ…。」


何を言っても無駄だとわかる笑顔を返されるとため息をつくしかない。


これもまた日常になってきたことが痛ましい。


そんな僕らの光景を見ていたルーがニコニコしながら見つめてくるもんだから僕が顔を上げて「なんだよ。」と言えば、


「いい部下を持ってるのね。しかも皇子殿下まであなたに興味津々なんて!」


「そんないいもんじゃないぞ。」


「ラビットにも見習って欲しいわ。あんたはあたしに反抗しかしないものね。」


ルーが横目に見ながら本名をサラッと告げることに、ラビットは眉根を寄せて、


「俺の嫌がることしかしない貴女が悪いのでは?」


「聞いた?あたしのせいにするのよ!従者のくせに!」


「俺が皇子殿下であれば反抗も許されると?」


「まさか。誰にも何も言わせないわ。あたしのわがままは通って当然なの。うちの皇子殿下は無能にも程があるから、あなたがなってくれた方がましね。」


「その発言はいかがなものかと。他国の王族の前ですることではありません。」


「いいじゃない、本当のことでしょ?一度痛い目を見たらいいんだわ。お城の中がスッキリしたらあたしも清廉な気持ちで女王の座に座れるってものでしょ。」


にっこりと微笑むルーの対応をするラビットをこんなに哀れに思うことはない。


椿の頃からそうだったが、法律の上で相手を蹴落とすことや悲惨な目に遭わせることはこいつの十八番だった。


善人ヅラしていても中身は僕とそう変わらない。


ただ悪意の使い方が違うだけだ。


こうして他国の王族貴族の前でサラリとこうしてくれたら嬉しいのになあなんて発言もこいつのやり方の一つ。


正式に頼んだわけではないけれど、それを実行してくれる馬鹿な男が椿の大好物である。


「その辺にしておけよ。ラビットが可哀想になってきた。」


「あら、この子を庇うの?ひどいわ。あたし、間違ってたかしら?」


「ルーの国のことなんて詳しくないけど、ラビットを利用して僕の部下の深層心理に攻めてもいい国だと植え付けるのはやめろ。」


「まあ、そんなつもりはなかったのだけど?」


キョトンとして見せるルー。


こいつのあざとくわざとでしかない微笑みに前世ではどれくらいの男が引っかかったか知れない。


第二の人生でも既に幾人もの馬鹿な人材が葬られているだろうと思うと顔が引き攣りそうになる。


僕が使う心理戦とは全く別の方法でこいつは手を汚さず、全ては周りが動いてくれるから安心よ?と笑って座っていられる奴だ。


皇帝陛下なんて足元にも及ばない、生粋の女王様である。


「お前らもこいつの話しを鵜呑みにするなよ。」


振り返ってユランとアレンを見れば、素直に頷いてはいたがルーのやり方は、本人に自覚がないところへと種を植え付けるような心理戦だ。


一度開花すれば止まらなくなるそれは、破壊衝動の種をゆっくりと育てていくようなもの。

人間の二面性、隠された人格や不平不満などなど。


本人すら自覚していない資質を刺激して誰に忠誠を誓えばそれが満たされるかを教え込むようなやり方なのだ。


ルーとはあまり会わせるべきではないなと思ったのは言うまでもない。


「悪女とはお前に相応しい言葉だな、まったく。」


「そう?ありがとう。」


「褒めてない。それより、」


「あと二日。待ち続ける気もないんでしょう?わかってるわよ。ちゃんと準備してあげるわ。折角だもの。他国の要人が集まっているのだからこれを利用しない手はないわ。」


「こういう時は本当に話が早いな。」


関心するべきなのか恐るべきなのか考えてしまうぞ、と言えばルーはそんなに褒めないでよなんて言ってくる。


褒めてはないけどな。


「アーティス様?なんのことですか?」


さなか、ユランが聞いてない話しだと僕の隣に立って問いかけてきたのだ。


まあ、言ってないからな。


これはルーと和解できて協力し合える関係だから出来ることだし。


「リリーに苦労をかけてるからな。せめてもの労いだ。」


「はい?」


「よく言うわ。こんなの世界征服と同じよ。貴女に怯える皇帝が勢揃いして首を垂れる姿は見ものでしょうね。」


「その役目はお前のものだろう?僕がそんなものを見て楽しめる性格だとでも?」


「うふふっ。さすがだわティアちゃん。やっぱりあなたと手を組んでよかった。まだ何もしてないのに興奮しちゃうわ!」


踊り出したいくらいよ、とルーが言うことにはそうだろうなと思う。


こいつが一番好きそうなことをしてやるのだから。


「あの、もう少し説明を…。」


「そうだよ。さっきから二人だけで会話しちゃってさあ!」


ユランは困惑したままで、アレンは不貞腐れていた。


ロードは相変わらず傍観者だったがな。


「つまり、各要人がこの国にいるということは自国を回せる人間をちゃんと配置して攻め入られることに備えていると普通は取るだろう?」


「普通も何も常識では?」


「では聞くが、その常識的な行動を取っているとしてどのくらいの人間が攻められた時に的確に動けるだろうか?」


「え…、」


「各国の要人たちですらあれだぞ。リリーに群がることばかりで自国のためと言いながら自分のためにしか行動してないじゃないか。国のためを思うのであれば…」


「魔法使いごときが王族を凌ぐ権力がないことは理解できるはずよね?政治に介入できるとでも?国を回すのは誰だと思っているの?最強の魔法使いは単なる手段に過ぎないわ。法的手段なんていくらでも取れる。そう考えられるなら国のためにするべきことは別にあるとわかるはずよ?」


僕の後に続いて昨日ルーに言われた内容をルー自身が説明してくれていた。


ユランもこれにはぐうの音も出ず、アレンも納得しているようだった。


「ではこれからすることって…」


「諸外国への攻撃を試みる。国の動き方によっては人質にも取れるし、有能な人材がいれば自分のものにできる。」


簡単に言えば他国を掌握するぞと言っているのだ。


椿は世界征服と同じと例えたがな。


勿論、戦争を起こす気はない。


戦う意思も全てへし折って完膚なきまでに平伏させる。


「そんなことしたら陛下が卒倒してしまいます!!!」


「僕の交渉人はロードだ。」


それで?何か言いたいことはあるか?とロードに向けば、彼はクスクスと笑いながら、


「掌握した他国の領土はどうなるんだ?」


「どうにもならんさ。あくまでもこれは脅しだ。お前らが国に見向きもしてない間にやろうと思えばここまで出来るんだぞと示すだけだからな。そのまま要人たちは国に返す。」


「まあでも、そんなことをしでかされて仕舞えばこの国に逆らう輩はひとりもいないでしょうね。復讐なんて考えられないほど叩きのめされるのだから。」


ルーが僕に続いてにっこりと笑うとロードはケラケラと笑いながら、


「乗った。面白そうだ。好きにしろ。」


「殿下!?いいのですか?!そんなこと勝手に決められて…!」


「うまくいけば問題ないだろう?」


「失敗したら?!」


リニアが初めてギョッとして感情的に引き止める姿を見た。…が、


「失敗なんてありえない。」


「そうよ。あたしたちを誰だと思ってるの?」


僕とルーがゆるくほくそ笑む姿にリニアは黙り込んで後ずさっていた。


悪の権化とまではいかないが、勝算のないことなど僕はしないし、


勝算のある僕の行動を予め予測してくるルーは大成功のための布石を用意してくれる。

つまり、


「欲望剥き出しの奴らに一泡吹かせようってことよ。楽しんでいきましょう!」


「暴力の正しい使い方を教えてやるだけさ。」


最強の魔法使いがいるから国力が上がるわけではない。


それを行使するべき場所や状況、条件が用意できなければ意味がない。


大きな力があったところで、扱いきれない奴が持っていても無駄に終わるだけだ。


それを示すいい機会だというだけのこと。


僕とルーが意気投合して話しを進めていくことに、ユランとアレンは流石に慣れているのでやらかすのならお供しますと相談事に乗ってくれた。


ロードはリニアを宥めつつ、大丈夫だろうと楽観視しているだけ。


そしてルーの従者であるラビットだけは鉄仮面というか…、なんの感情も見せずに控えていた。


ひと通り話がまとまるとルーは早速準備にかかるわ!と張り切って去って行ったのだった。


その背中を見送っていれば、


「ですが、複数の国を攻撃するだけの戦力はどうなさるので?」


ユランが背後で静かに問いかけてきたのである。


リリーは現在、魔塔から出られるような状況ではないしゼンも然り。


勿論、諸外国の全てを攻撃する気はないがそれでも国への攻撃を単独で遠隔操作できる手段は魔法使いに限られてくると思うのは常識だ。


…が、僕には魔法陣さんがいる。


「古代兵器を使う。」


「…なるほど。納得しました。」


ユランは驚くことなく僕の回答に頷いていた。


こいつも大分僕に慣れてきたよなと見てしまう。


最初は驚愕して言葉もなくしていたというのに、今では何をすればいいですか?と命令待ちなのだから。


「なにか?」


じーっと見ていたからなのか、ユランが小首を傾げて見下ろしてくるではないか。


「いや、なんでもない。疲れたから運べ。」


ん、と手を伸ばすとユランは畏まりましたと抱き上げてくれていた。


こいつに触られることにも大分慣れてきたなと思いつつ、部屋に戻るまでは…


「なんで俺に言ってくれないの!俺も抱っこしたい!!!」


「俺でもいいんだぞアーティ?」


アレンがギャンギャン喚いてきて、ロードがにこやかに胡散臭い笑顔を振り撒いてくるのだった。(つまりいつも通り)


こんな計画を話した後なのに、こいつらときたらもう動じることもないんだよな。


いや、ロードに関しては最初からこんな感じだったけども。


機嫌良くユランが僕を抱っこしたまま運ぶ姿を見つつ、騒がしさに慣れてきた僕もまた、前のようにひとりでぐうたらしていたいとは言わなくなっていた。


この騒がしさに慣れてしまうとひとりになったら本当に寂しくなりそうだ。


前世では遠がいればそれでいいと思っていたのにな…。


自分の変化に少し戸惑いつつも悪くはないと実感していた瞬間である。


ここに椿…、いやルーが加わるとなるとまたうるさい日々になりそうだと思うのに、


それが楽しみに思えるなんて僕も変わったものだな。


フッとひとりで笑っていれば、


「なあに?なにか面白いことあった?」


アレンが眉間を寄せて膨れっ面をしており、


「あー、かわいい。撫でくりまわしたい!してもいいか?いいよな???」


ロードが手を伸ばしてきたがそれはユランが綺麗に交わしてくれていた。


「アーティス様が表情を緩ませるのは悪巧みの時だけだと思っておりました。」


ついでに失礼な言葉もプラスされていた。


「いちいちそんなことで反応されてもな…。」


ただ、今の日常が楽しい。


単純にそう思っただけのことである。


そしてそれをわざわざ言うものでもないだろうと思うと3人に覗き込まれるのは居心地が悪かった。


なので僕はユランの腕から飛び降りて、とっとと部屋に入ったのである。


ひとりが当たり前だった僕が寂しいと感じるなんて…。


群れてるだけの連中に興味関心なんてなかったのに、今ならその気持ちがわかる。


信頼できる友人、親友、仲間と呼べる連中との日々は確かに楽しい。


そんな当たり前の、ありふれた感情を今更実感するなんて…。


良くも悪くも前世の記憶があってこそ気付けたことだろう。


「アーティス様お待ちください!また裸足のままで…!」


「アーティ、照れてる?照れちゃってる?かーわいいんだから!」


「ああ今すぐ撫でくりまわしたい。」


物騒な声が後から追いかけてくることに多少なりともゾッとしつつ、


「あーもー!うるさい!」


なんだかんだ構ってくる連中と騒がしい毎日に慣れてきて平和ボケしていたんだ僕は。


ルーが椿であるという事実と、限りなく敵であったその手腕にまだ気づけてなかったのだから。