ふとももと明太子(朗読)
それは一つの、命の営みであると言っても過言ではなかった。
薄く巻かれたサランラップが、その赤く照る、「からだ」を傷つけまいと
抱きしめる様は、その粒ひとつひとつが艶めかしく(なまめかしく)
艶やかで(あでやかで)
今にもはじけ飛んでしまいそうなほどに、パンパンに腫れ、窮屈であると
そんな、気持ちを表しているかのようだった。
「ねえ、早く。」そう急かすかのように、白く、熱く滾る(たぎる)白米(はくまい)が
私を急かす。
もう堪らない、がまんできないの、と茶碗までも熱く火照り
ぬらぬらと湯気を立てている。その器は、ほんのりと湿っているかのように思えた。
「そう、急かすなよ。」と言わんばかりに、ゆっくりとパッケージに巻かれた
サランラップを紐解いていく。まるで乙女のように恥じらいながら、顔を赤らめるかのように
「明太子」は、熟れて、ぱっくりとその身を開いていた。
「おいおい、もう準備万端なんじゃないか。」そう明太子の耳元で囁くと
明太子は更に赤身を増して、まるで海産物のようなにおいを放つ。
その少し生々しく、すえたような匂いは、私の下腹部を強く殴りつけるかのように
欲という欲を、露わにした。
切れ子でもない、バラ子でもない。正真正銘、一本丸々の「明太子」。
博多の街で、一人ぽつんと濡れた猫のように孤独だったそいつを
私は半分だますような形で、家に連れ込んだのであった。
明太子は終始無言だった。白米が炊かれ、かっこまれる準備ができるまでの間
何も言わず、ただ窓の外を眺める。
私が明太子に目配せをすると、明太子は何かを予感したのか、少し俯きながら
私の箸運びに、ただ大人しく従った。身を解さずに、そのままからだまるごとを
抱き寄せ、そしてそれを私自身のふとももに乗せる。
「えっ、えっ?」想定外の行動に、明太子は面を食らったような顔でこちらを覗き見る。
その顔は、少しの恐怖と、そして何かの期待を持って、ぬらぬらと照っている。
「そのまますぐ、白米にぶち込まれるのを期待してたのか?この、いやらしい明太子め。」
私はほんの少し、明太子の身を覆う膜を箸でめくる、赤く赤く照ったその粒ひとつひとつが
少し濡れながら、そして、粒ひとつひとつを際立たせている。
「いやらしい。なんていやらしいんだ。」ふとももに乗せた明太子は、顔を伏せて
ほんの少し身震いをした。どうやら、耳元で囁かれるのが弱いらしい。
「いいのか?」そう問いただす。何も言わない。俯く。粒がくちりと鳴る。
「このまま、海苔を巻いても、いいんだぞ。」そう囁きながら、粒ひとつを拾い上げ
この乾いた口に運ぶ。その様子を明太子はまじまじと見つめる。
「だ、だめ。」海苔と一緒にだなんて、贅沢がすぎる。そういうと明太子は観念したかのように
更にその身を広げた。敷き詰められた粒が、むちむちと広がっていく。
たまらず私は唾を飲み込んだ。飲み込んだ唾の音で、更に明太子は頬を赤らめていく。
私はそのまま、手で明太子を鷲掴むと少し乱暴に「白のベッド」へと明太子を放る。
「きゃ」と言ったか言わずか、白米に放りだされた明太子は、「おかず」そのものであった。
「もういいだろう」そのまま明太子を箸で切り分ける。
鳩が鳴くような、小さく、艶やかな音が部屋に響く。ぷちぷちぷち。新鮮な粒だ。
その粒一つ一つを優しく、包み込むかのように白米と混ぜ合わせながら
そのまま口に運ぶ。明太子ごはんってなんでこんなにおいしいの?やばくない?