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臍帯とカフェイン

哭いてくれるな、ほろほろ鳥(1:1:0)

2023.05.17 00:13

 : ■配役

千鳥未一郎:番記者。男性。(性別変更 可)ちどり みいちろう

大瑠璃ふかみ:歌謡曲歌手。女性。(性別変更 不可)おおるり ふかみ

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 :【哭いてくれるな、ほろほろ鳥】

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0:大きな花が飾られた、異様なほどに白い楽屋。

千鳥未一郎:歌謡(かよう)ショーってのは随分客が入るンですね。

大瑠璃ふかみ:そうね、ほら、人はいつだって娯楽に飢えてるから。

千鳥未一郎:そういうもンですか。

大瑠璃ふかみ:あなたは?歌はお聴きにならないの?

0:複雑な顔をしながら、千鳥。

千鳥未一郎:今はもう、あまり聞かないですねェ。

大瑠璃ふかみ:勿体無い。

千鳥未一郎:そうですかい?私には、この煙草ひとつあれば充分ですよ。

大瑠璃ふかみ:あら、お吸いになりますの。

千鳥未一郎:ええ、記者と言えば忍耐勝負ですンでね。

千鳥未一郎:珈琲なんていう「洒落たもん」を好む輩(やから)も居ますがね、あれはどうにも近くなっていけない。

大瑠璃ふかみ:近く?

千鳥未一郎:小便(しょうべん)ですよ。

大瑠璃ふかみ:あらやだ。

千鳥未一郎:その点この煙草というやつは、腹も膨れなければ近くもならない。

千鳥未一郎:吸ったら吐き出す、ただそれだけでこんなにも満たされる。

大瑠璃ふかみ:へえ。それはよいことですね。

千鳥未一郎:ええ、そのお陰でこうして昭和の歌姫様と話をさせて貰えるってわけですからねェ。

千鳥未一郎:煙草様々ですよ。

大瑠璃ふかみ:記者としては優秀なのかも知れないですけどね、男性としてはごめん蒙(こうむ)りたいですね。

千鳥未一郎:そいつァ、きつい。

0:勝ち誇ったかのような満面の笑みを浮かべる大瑠璃。

大瑠璃ふかみ:さ、始めてくださらないかしら?

大瑠璃ふかみ:次のショーまでの数十分が、約束の時間だったと思ったけれど。

千鳥未一郎:ええ、そうでしたね、こいつァ失礼。

千鳥未一郎:こちらの高そうなソファに座らせて頂いても?

大瑠璃ふかみ:ええ、結構ですとも。

千鳥未一郎:すいやせんね。どっこらしょ。

0:千鳥、ソファに腰かける。

大瑠璃ふかみ:ふふ。

千鳥未一郎:なんでしょ?

大瑠璃ふかみ:いえ、ふふ、別に。

千鳥未一郎:なんです?言ってくださいよ

大瑠璃ふかみ:いえ、ね、ほら、今、声が。

千鳥未一郎:ん?……ああ、「どっこらしょ」?

大瑠璃ふかみ:ええ。自然と出てたから、癖なんでしょうね。

千鳥未一郎:オジん臭いですかい?

大瑠璃ふかみ:ええ、とても。

千鳥未一郎:声ってのは不思議だと思いませんかね、大瑠璃(おおるり)さん。

大瑠璃ふかみ:急になんです?

千鳥未一郎:ぎっくり腰。

大瑠璃ふかみ:ぎっくり腰?

千鳥未一郎:ええ、ぎっくり腰。

千鳥未一郎:なったことあります?

大瑠璃ふかみ:いいえ、ありませんね。

千鳥未一郎:私は二回ほどした事がありましてねェ。

大瑠璃ふかみ:あら。

千鳥未一郎:一回目は学生時代に。

大瑠璃ふかみ:あら、随分(ずいぶん)お若い時に。

千鳥未一郎:ええ、実際年齢はあまり関係ないそうで。

大瑠璃ふかみ:二回目は?

千鳥未一郎:五年ほど前に。

大瑠璃ふかみ:あら大変。

千鳥未一郎:ですが良い先生に出逢いましてねェ。

千鳥未一郎:その先生が言うには、「声」を出すのがいいと。

大瑠璃ふかみ:「声」、ですか。

千鳥未一郎:ええ。身体にね、伝えるんだそうですよ、今から私は動きますよ、と。

大瑠璃ふかみ:でもそんな。

千鳥未一郎:ええ、自分の身体なんだからねェ。

千鳥未一郎:声なんかかけずともいつ動きやがるなんてわかって当然だ。

大瑠璃ふかみ:ふふ、ええ。

千鳥未一郎:だけどもね、それがいいんですと言うわけですよ、その大先生が。

大瑠璃ふかみ:「声」を出すことが。

千鳥未一郎:ええ。そうして声を出すことでね、実際ぎっくり腰にてンでならなくなりまして。

大瑠璃ふかみ:あらすごい。

千鳥未一郎:声というものには不思議な力があるもんだと、感心させられたってわけです。

大瑠璃ふかみ:面白いお話ですね

千鳥未一郎:でもそれはあなたもおなじ、そうでしょう?

大瑠璃ふかみ:おなじ。ええ、そうですね。

大瑠璃ふかみ:声に不思議な力があるというのなら、その通りだと思いますよ。

千鳥未一郎:厳しい荒波のような歌謡界(かようかい)に、まさに青天(せいてん)の霹靂(へきれき)、ぽんと出てきた化け物歌姫だ。

千鳥未一郎:あなたの不思議な魅力のある声で、ドンドンと人を虜にしていく様は本当に見物でさァ。

大瑠璃ふかみ:化け物なんて人聞きの悪い。

千鳥未一郎:いやすいませんね、上手い言い回しは苦手なもんで。

大瑠璃ふかみ:そういう事にしておきますよ。

千鳥未一郎:新曲もすごい大盛況だ。

千鳥未一郎:なんでしたっけね、えーと

千鳥未一郎:「おんぼろどり」?

大瑠璃ふかみ:「哭(な)いてくれるな、ほろほろ鳥」

千鳥未一郎:ああ、そうでしたそうでした

大瑠璃ふかみ:馬鹿にされてます?

千鳥未一郎:そんなこと。

大瑠璃ふかみ:どうだか。

千鳥未一郎:いえね、一体どんな魔法を使ってるのか、とても興味がありましてね。

大瑠璃ふかみ:魔法だ化け物だと、先程から随分夢見がちなのね、記者さん。

千鳥未一郎:「千鳥(ちどり)」

大瑠璃ふかみ:千鳥さん。

千鳥未一郎:ありがとうございます。

千鳥未一郎:大瑠璃さん、私はね、記者は記者でも番記者(ばんきしゃ)というやつでしてねェ。

大瑠璃ふかみ:はあ。

千鳥未一郎:「あなたのことだけ」を追いかけ続けてるんですよ、私はね。

大瑠璃ふかみ:それは嬉しい話ですね。

千鳥未一郎:流石肝が座っておられる。

大瑠璃ふかみ:私の歌手人生に対しての取材じゃなかったのかしら?

千鳥未一郎:そうですよ?紛(まご)うことなき。

大瑠璃ふかみ:それにしては先刻(せんこく)から眼がぎらついてますよ、まるでヒロポンでもしてるみたい。

千鳥未一郎:おンや、見たことがあるんで?

大瑠璃ふかみ:なにを?

千鳥未一郎:ヒロポンをしゃぶったやつを。

大瑠璃ふかみ:時代ですもの。

千鳥未一郎:そうですかい。

大瑠璃ふかみ:ええ。

千鳥未一郎:どうしてポッと出のお嬢さんが、こんなにも有り得ないスピードで歌謡界を駆け上がっていってるんでしょうね。

大瑠璃ふかみ:もっとお上手に聞けないのかしら?その歌に込められた心は?とか、ヒットの秘訣は?とか。

千鳥未一郎:では、それで。

大瑠璃ふかみ:粗暴(そぼう)な人。

千鳥未一郎:番記者なもんで。

大瑠璃ふかみ:歌の力は絶大ってことよ。

千鳥未一郎:歌の力。

大瑠璃ふかみ:ええ、それこそあなたの言葉を借りるなら……化け物じみたこの声が。皆の心を打つ、ヒットソングを紡ぐからじゃないかしら。

千鳥未一郎:はっはっは!

大瑠璃ふかみ:何かしら?

千鳥未一郎:いえ、べつに

大瑠璃ふかみ:言ってくださる?

千鳥未一郎:ちゃんちゃら可笑しいってェ話ですよ。

大瑠璃ふかみ:……へえ?

千鳥未一郎:『本当に、あの「大瑠璃ふかみ」は歌姫と呼べるのか。』

大瑠璃ふかみ:そう。あなたなの。

千鳥未一郎:少なからず、あンたの歌唱力なんて人並み月並み、下手したらそれ以下だ。

大瑠璃ふかみ:面白おかしく、歌が下手だの、枕営業がどうだの週刊誌に書いてたのは、あなたなのね。

千鳥未一郎:本当の歌姫っていうのは、あの病死した稀代の美女「紗霧(さぎり)あかり」のような歌手を言う。違いますかねェ。

大瑠璃ふかみ:あなたのおかげで散々だったわ、事務所にもたくさんの電話が来てしまった。

千鳥未一郎:大瑠璃ふかみ。

大瑠璃ふかみ:私の花道(はなみち)に泥を塗ったのよあなたは。

千鳥未一郎:大瑠璃ふかみ。

大瑠璃ふかみ:なによ?

千鳥未一郎:あンたにマドロス歌謡は似合わない。

大瑠璃ふかみ:マドロス歌謡?

千鳥未一郎:そンな事も知らずに歌ってるので?

千鳥未一郎:水夫(すいふ)との恋慕(れんぼ)を歌う、歌謡界の王道(おうどう)だ。

千鳥未一郎:「哭いてくれるな、ほろほろ鳥」は、そういった儚げな悲しみを歌っている。

大瑠璃ふかみ:ああ。それのこと……。

千鳥未一郎:繊細な心を持ち合わせた歌姫だからこそ、マドロス歌謡というものは意味を成す。

大瑠璃ふかみ:そう、そういう事なのね。

千鳥未一郎:大瑠璃ふかみ、あんたの「すかすか」な心持ちで歌いきれるような歌じゃアない。

大瑠璃ふかみ:あなた、「紗霧あかり」の番記者だったんでしょう?

千鳥未一郎:「枕営業」を認めろ、大瑠璃ふかみ。

大瑠璃ふかみ:はあ。

千鳥未一郎:「紗霧あかり」の専属だった作曲家、作詞家、プロデューサーからも裏は取れている。

大瑠璃ふかみ:弔い合戦(とむらいがっせん)のつもり?

千鳥未一郎:認めろ、大瑠璃ふかみ。

大瑠璃ふかみ:……。

千鳥未一郎:認めろ!!!

大瑠璃ふかみ:……っぷ、あはは……あはははは!!!

0:笑い続ける大瑠璃。

千鳥未一郎:……何がおかしい。

大瑠璃ふかみ:あはははは!!!

千鳥未一郎:おい!!

0:間髪を入れずに。

大瑠璃ふかみ:してるわよ、枕なんていくらでも。それがなんだって言うの。

千鳥未一郎:おまえ……。

0:穏やかな表情をする大瑠璃。

大瑠璃ふかみ:ねえ、聞こえる?

千鳥未一郎:なにがだ。

大瑠璃ふかみ:この声よ、私の名前を呼ぶ声。

千鳥未一郎:……凄まじい人気だな。

大瑠璃ふかみ:そう、みんな狂ったように「歌姫」に酔ってる。

大瑠璃ふかみ:こういうキンキンと響くような

大瑠璃ふかみ:声援のことを、「黄色い声」って言うのよね。

千鳥未一郎:……何が言いたい。

大瑠璃ふかみ:どうして、目に見えないはずの声に。色を付けたがるのかしら、人間って。

千鳥未一郎:……。

大瑠璃ふかみ:声色(こわいろ)、って言うでしょ?よく。

大瑠璃ふかみ:なんでだと思う?

千鳥未一郎:今関係がある話とは思えない。

大瑠璃ふかみ:人ってね、結局目に見えない「声」のことなんてこれっぽっちも信じてないのよ。

大瑠璃ふかみ:だからね「目に見える何かに例えたがるの」。

千鳥未一郎:……それが「色」ってェわけか。

大瑠璃ふかみ:そう。だからね、逆に言えば。

大瑠璃ふかみ:「目に見えない限り、それは無いと同じものなのよ」

千鳥未一郎:とても「歌姫」の言葉とは思えないな、大瑠璃ふかみ。

大瑠璃ふかみ:ええ、そうよ、だって私は「姫」でも「王道」でもなんでもない。

千鳥未一郎:じゃあなんなんだ、あんたは。

千鳥未一郎:本物の歌姫であった紗霧あかりから曲を奪い、詞を奪い、あんたは何になったって言うんだ。

大瑠璃ふかみ:「私」よ。

千鳥未一郎:……。

大瑠璃ふかみ:どんな事があろうと、消えてしまいそうになろうと、

大瑠璃ふかみ:死のうが、裏切られようが

大瑠璃ふかみ:使い捨てられようが、才能があろうが無かろうが

大瑠璃ふかみ:「最後に立ってたやつが勝ちで」

大瑠璃ふかみ:「それを見せつけられてはじめて」

大瑠璃ふかみ:「歌や声は存在できるのよ。」

千鳥未一郎:おまえ……。

0:立ち上がる大瑠璃。

大瑠璃ふかみ:もう時間よ、聞こえる?あの「黄色い声」

千鳥未一郎:……スズメバチや、立ち入り禁止のテープを知ってるか。

大瑠璃ふかみ:……もう行かないといけないのだけど。

千鳥未一郎:「黄色」はいつだって危険を知らせる色だろう。

千鳥未一郎:「黄色い声」が聞こえているウチが華だ、今、立ち去ったらどうなんだ。

大瑠璃ふかみ:「だとしたら、太陽が黄色く光る理由にならない。」

千鳥未一郎:……。

大瑠璃ふかみ:ねえ、番記者さん。

千鳥未一郎:……千鳥だ。

大瑠璃ふかみ:もう一度言うわ。

大瑠璃ふかみ:「聞こえる?あの黄色い声が。」