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臍帯とカフェイン

空虚を抱く(1:1:0)

2023.05.17 00:20

霧香  女性  きりか

陽太  男性  ひなた


:【空虚を抱く。】

 : 

 : 

霧香:体温は、すごく高かった。

霧香:まるで太陽の光を浴びてるみたいに。

陽太:そう。

陽太:それで、最初はどうされたの。

霧香:耳元で、可愛いねって囁かれながら。

陽太:囁かれながら?

霧香:中指の腹の部分が、触れるか触れないかのところで、身体をなぜるの。

陽太:ふうん、こんな風に……?

霧香:……うん、そんな風に。

霧香:優しくて、それでいて怖さもある触り方だった。

陽太:へえ、こんな風に触るんだ。

霧香:うん。

陽太:どうだった?

霧香:くすぐったかった。

霧香:でも、すぐに自分の息が荒くなってくのがわかった。

陽太:今も、すごく荒いね。

霧香:好きな人に触れられて、何も無いってほうがどうかしてる。

陽太:そうだね、それはそうだ。

霧香:彼が、私の肌を吸うたびに。

霧香:彼の髪の毛が鼻先を掠めるたびに。

霧香:柑橘系のにおいが、ふっと香った。

陽太:君からも、するね。

霧香:うん。

陽太:君の肌の奥から、ゆらゆらと彼が香ってくる。

霧香:ずっと、抱きしめあってたから。

陽太:同じ匂いになるくらい?

霧香:同じ匂いに、なるくらい。

陽太:そっか、うん、そっか。

霧香:それから、ゆっくりベッドに倒された。

陽太:どういう風に?

霧香:こう、ここ、腰に手をあてながら。

陽太:こうかな。

霧香:うん。そんな感じ。

陽太:すごく、顔が近い。

霧香:うん。近い。

陽太:それで、そのままキスしたんだ。

霧香:ううん、しなかった。

陽太:しなかった?

霧香:うん。ずっと、こうして、私の眼を見つめてた。

陽太:どんな、表情してた?

霧香:丁度、今みたいな。

陽太:……俺、どんな顔してる?

霧香:……堪らないって、顔。

陽太:そっか。同じなんだ。

霧香:うん。それから、また耳元で、囁かれた。

陽太:……なんて、囁いてた?

霧香:……。

陽太:霧香?

霧香:……「愛してる」、って。

陽太:……。

霧香:陽太、もう、やめよ。

陽太:どうして。

霧香:……やめたほうが、いいと思う。

陽太:やめないよ。

霧香:いじっぱり。

陽太:意地にもなるよ。

霧香:……。

陽太:意地にも、なるよ。

霧香:泣きそうな、顔、してる。

陽太:そんな事ないよ。

霧香:してるよ。

陽太:こんな会話、航平とした?

霧香:してない。

陽太:だよね、ちゃんと、あの日の事だけを話してよ。

霧香:でも。

陽太:霧香。

霧香:……わかった。

霧香:いっぱい、いっぱい耳元で言われた。

霧香:「愛してる」「霧香、愛してる」って。

陽太:霧香は?

霧香:わかんない、なんて答えたか。

陽太:なんだよそれ。

霧香:頭の中、真っ白になるのに、一々自分がなんて言ったかなんて、覚えてないよ。

陽太:そっか。

霧香:……うん。

陽太:……航平は?どんな顔してた?

霧香:……ずっと、幸せそうだった。

陽太:そっか。

霧香:……うん。

陽太:そっか、うん、そっか。良かった。

霧香:……。

陽太:……「愛してる。」

霧香:ん……。

陽太:「霧香、愛してる。」

霧香:ん……んん……陽太……。

陽太:違うだろ。

霧香:「……航平。」

陽太:「霧香、愛してる。」

霧香:「うん……。」

陽太:「愛してるよ。」

霧香:「……耳元……だめ。」

陽太:……次は。

霧香:……そのまま、全部、脱いだ。

陽太:……じゃあ、脱がすよ、霧香。

霧香:うん。

陽太:ブラジャーって、どうやって外すの。

霧香:ホックが、あるから。

陽太:ない、よ。ホック。

霧香:あ、ごめん。フロントホック。

陽太:あ、そうなんだ、ごめん。

霧香:ううん。

陽太:……霧香、綺麗だね。

霧香:……え?

陽太:いや、なんか、そう、思った。

霧香:……ありがとう。

陽太:うん……。

霧香:……それから。

陽太:それから。

霧香:また、沢山、航平は私の肌を吸ってた。

陽太:……こう?

霧香:……うん。

陽太:この赤くなってるところって。

霧香:航平が、吸ったところ。

陽太:そっか。ここを、航平が吸ったんだ。

霧香:……うん。

陽太:こんなに、痕が残るくらい。

霧香:……陽太、ちょっと、痛い。

陽太:航平が、沢山、ここを。

霧香:陽太……。

陽太:噛んだり、吸ったり、舐めたり。

霧香:陽太、痛い……。

陽太:……ごめん。

霧香:……それから、ゆっくり、拡げられた。

陽太:うん。

霧香:拡げて、奥まで私を知られて、何度も温度を感じて、ずっと耳元で囁かれた。

陽太:わかった。

霧香:ん……。

陽太:熱いくらいだ。

霧香:……うん。

陽太:航平と、霧香の温度なんだ、これが。

霧香:……うん。

陽太:「愛してる。」

霧香:「うん。」

陽太:「愛してる。」

霧香:私も、愛してる。

陽太:「霧香、愛してる。」

霧香:(少し考えて)航平、愛してる。

陽太:……次は。

霧香:……。

陽太:霧香。次は。

霧香:……陽太、これ以上は、やめよう。本当に。

陽太:ダメだ。

霧香:……。

陽太:今やめたら、それこそ、痛みだけしか残らないんだ。

霧香:陽太。

陽太:今だって、痛いよ。

霧香:うん。

陽太:許されるなら、もし許されるならそのまま死んでしまいたいくらいに。

陽太:心の、きっと一番大事なところがずっとずっと痛い。

霧香:うん。

陽太:だから、必要なんだ、今、ここで。

霧香:でも、泣きそうな陽太を、もう見てられない。

陽太:見てよ、ちゃんと。

霧香:……。

陽太:霧香にしか、見せられない顔だから。

陽太:だから、ちゃんと見て欲しい。

霧香:痛いよ。

陽太:……。

霧香:ずっとずっと痛い。

霧香:航平が、愛してるって言うたびに、痛い。

陽太:うん。

霧香:でもそれ以上に。

陽太:うん。

霧香:陽太が愛してるって私に言うたびに。

霧香:痛くて痛くて、堪らなくなる。

陽太:霧香。

霧香:……この後、私と航平は、繋がったよ。

陽太:……うん。

霧香:深いところまで、航平が私に入ってきて。

霧香:私も航平を受け入れてた。

霧香:頭の中、真っ白になって。

霧香:指よりも太くて、強くて、力強くて。

霧香:一瞬でも、航平の事が好きになれるかもって思って。

霧香:でも眼を開いたら、全部が現実に引き戻される。

陽太:霧香。

霧香:今私は、空虚に抱かれてるんだ、って。

霧香:何度も、何度も、私の奥を突かれるたびに、

霧香:私の大事な物が、削れて、引っかかれて。

霧香:痛くて、痛かった。

陽太:……霧香。

霧香:陽太じゃなきゃ、嫌なのに。

陽太:ごめん。

霧香:陽太じゃなきゃ、嫌だったのに。

陽太:……。

霧香:どうして私じゃなくて、航平なの。

陽太:……好きなんだ。

霧香:わかってるよ。

陽太:小さい頃から、ずっと。

霧香:わかってる。

陽太:航平となら、地獄に堕ちてもいいって、そう思えるくらい。

霧香:知ってる。

陽太:ごめん、霧香。

霧香:そんなの、私もだから。

陽太:うん。

霧香:そんなの、私も同じだから、陽太となら、地獄に堕ちてもいいって、思ってるから、

霧香:……だから、陽太の思う通りに、してるんだよ。

陽太:……ありがとう、霧香。

霧香:……きてよ。

陽太:……。

霧香:……早く、航平と同じとこに、きてよ。

陽太:……うん。

霧香:……。

陽太:……どこ?

霧香:……ここ。

陽太:……準備、できてないん、だけど。

霧香:それでもいいから。

陽太:……うん。

霧香:うん。

陽太:……あたたかい。

霧香:……うん。

陽太:人間のからだのなかって、こんなにあたたかいんだ。

霧香:そうだよ。

陽太:熱いくらいだ。

霧香:航平も、同じこと言ってた。

陽太:……「愛してる」って、言ってた?

霧香:うん。

陽太:いっぱい?

霧香:気が遠くなるくらい。

陽太:……「愛してる。」

霧香:うん。

陽太:「愛してる。」

霧香:うん。

陽太:航平、愛してる。

霧香:知ってる。

陽太:(すすり泣きが聞こえてくる)

霧香:(モノローグ)

霧香:私というフィルタを通して、陽太は航平と今からだを重ねている。

霧香:深く、深くまで繋がって、本当は彼に伝えたくて堪らなかった想いを。

霧香:伝えてはならない想いを、擦り合わせていく。

霧香:私はまるで、二人の間に挟まれたコンドームのように。

霧香:「存在を感じさせない」存在にならなければならないんだ。

陽太:愛してる。

霧香:うん。

陽太:愛してる、愛してる。

霧香:私も、愛してるよ。

霧香:(モノローグ)

霧香: 身体が温度を帯びるたびに、私たちはみんな「空虚を抱く。」

霧香:それでもその空になった場所には、確かに私たちが求める体温があるのだ。

霧香:いや、あって欲しいと願っている。