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臍帯とカフェイン

ジャイロ(0:0:2)

2023.05.18 13:32

【配役】

スタッフ:性別不問 人間

ジャイロ:性別不問 オランウータン






0:鎖に繋がれた一匹のオランウータンが部屋の真ん中に繋がれている。

スタッフ:やあ、ジャイロ。

スタッフ:昨日はよく眠れたかい。

ジャイロ:やあ、おかげさまで。

スタッフ:それはよかった。

ジャイロ:今日はどうしたんだい?その手に抱えているものは?

スタッフ:ああ、これかい。これはビデオカメラというものだよ。

ジャイロ:ビデオカメラ。

スタッフ:そう、これは今の私と君の記録を映像のままに残すことができるんだ。

ジャイロ:へえ、それは面白いね。

ジャイロ:で、記録して、それをどうするつもりなんだい?

スタッフ:全世界の人々に、君という存在のすばらしさを知ってもらおうと思ってね。

スタッフ:いいかい?このまま記録を続けても。

ジャイロ:ちょっと待ってくれ。

ジャイロ:私のすばらしさ、とはなんの事だい?

スタッフ:それはもちろん、君が「人間の言葉を話せる」という部分さ。

ジャイロ:人間の言葉を話せるということはすばらしい事なのかい?

スタッフ:すばらしい事だし、奇跡的な事だと私は思っているよ。

スタッフ:そして、少なからずこの記録を見ている誰かも。

ジャイロ:それは同感できないね。

スタッフ:どういうことだい?ジャイロ。

ジャイロ:私はそれをまず、すばらしい事だとは思えないからだよ。

スタッフ:どうしてだい?こうして、交わるはずのなかった

スタッフ:我々人間と、オランウータンの君とで

スタッフ:昨日の天気の話や、バナナの上手い剥き方の話をできること。

スタッフ:これは奇跡だろう?

ジャイロ:そうだね、それはそうに違いない。

ジャイロ:奇跡は奇跡なんだと思うよ。

ジャイロ:でも私は君たちと話せるばかりに

ジャイロ:君たちがどういった理由で私にこうして鎖を繋げているのかを

ジャイロ:知っているし、それが外される事がない事も理解しているよ。

スタッフ:ああ、すまない、そうか、それは、本当にすまないことをした。

0:おもむろにオランウータンに繋がれた鎖を外す。

ジャイロ:いいのかい?

スタッフ:ああ、もちろんだ。こうして話せる以上、君がなんの脈絡もなく

スタッフ:私に嚙みついてくることは無いだろう?ジャイロ

ジャイロ:それは私を過信しすぎではないだろうか。

スタッフ:そうかな。

ジャイロ:言葉が通じるからといって、それが暴力に直結しない事なんて

ジャイロ:君たちが一番知っているんじゃないかい?

ジャイロ:例えば我々オラウータンの友好的な挨拶が「かみつく」という行為だったらどうしていたんだい?

スタッフ:そうか、それは考えていなかった。

ジャイロ:まあ、そんなことはしないけれどね。

スタッフ:しないんじゃないか。

ジャイロ:痛みが伴う挨拶なんてあってたまるかって、思わない?

スタッフ:それは確かにそうだ。

ジャイロ:ちょっと意地悪をしただけさ。

スタッフ:これはしてやられたな。

ジャイロ:ごめんごめん。

スタッフ:改めて、記録を撮ってもいいかな。

ジャイロ:そもそもそのつもりで来てるんだろう?

スタッフ:そうだね。

ジャイロ:なら断る理由もないさ、どうぞ、好きにして。

スタッフ:ありがとう、改めて、ジャイロ、気分はどうだい。

ジャイロ:悪くないよ、何よりちゃんと一日6房(ふさ)もバナナを

ジャイロ:渡してもらえるのは気分がいいね。

スタッフ:どう気分がいいの?

ジャイロ:群れの長(おさ)になった気分さ、これでメスがいたらいう事ないんだけど。

スタッフ:そうか、メスね。

ジャイロ:なんだい? 連れてきてもらえるのかい?

スタッフ:いや

ジャイロ:ちがうのかい?

スタッフ:これは一つ、失礼になるかも知れない質問なんだが

ジャイロ:なんだい?

スタッフ:いや、はは、困ったな

ジャイロ:君が「失礼になるかもしれない」と思ってくれた時点で

ジャイロ:私はどんな質問でも答えたいと思えたよ。

スタッフ:そうか、じゃあ、してもいいのかな。

ジャイロ:ああ、いいよ。

スタッフ:この場合、君は「人間のメス」と恋に落ちるのかい?

スタッフ:それとも、「オランウータンのメス」と恋に落ちるのかい?

ジャイロ:それは、僕が「人間の言葉を話せるオランウータン」だから

ジャイロ:そう思ったってことかい?

スタッフ:ああ、いや、すまない、ほんの興味だったんだ。

スタッフ:気分を害してしまったなら答えなくてもいいんだ。

ジャイロ:君は例えば、猫を愛しいと思ったことは?

スタッフ:猫を愛しいと?

ジャイロ:そう、猫を愛しいと。

スタッフ:まあ、そうだな、あるよ。

スタッフ:なんて愛くるしいんだろう、愛おしいんだろうって。

ジャイロ:ふふ、そうだよね、その感情とまったく同じなんじゃないかな。

スタッフ:つまり、そういう広域的な愛情を感じる事はあっても

スタッフ:恋はしない、ということでいいのかな。

ジャイロ:君たち人間のいう恋ってどういう事なんだい?

スタッフ:どう、って?

ジャイロ:いや、やけに「恋」と「愛」を分けて考えたがるじゃないか。

スタッフ:そう、だな。別の物だと思っているから、かな。

ジャイロ:別って?

ジャイロ:「恋」と「愛」は違うのかい?

スタッフ:違う、だろう。違うと思う。

ジャイロ:そうかな。

スタッフ:そうだよ、そうだと思うよ。

ジャイロ:じゃあ、例えばどう違うんだい?

スタッフ:それは、そう、例えば恋は下心、愛は真心っていう言葉がある。

ジャイロ:下心と真心、じゃあ、下心はいけないことなのかい?

スタッフ:よくは無いんじゃないかな。

ジャイロ:じゃあ、例えば下心っていうのはなんなんだい?

スタッフ:それは、例えば、身体だけが目当てだったり。

ジャイロ:身体だけ、って?

スタッフ:え?

ジャイロ:身体だけっていうのはどういう意味だい?

スタッフ:それはその、そうだな、君たちで言うところの

スタッフ:交尾だけが目的のような。

ジャイロ:交尾だけ?

スタッフ:そう、交尾だけ。

ジャイロ:それの何がいけないんだい?

スタッフ:え? 何がいけない……?

ジャイロ:そう。何がいけないんだい?

スタッフ:なんかこう、不貞(ふてい)じゃないか、そんなの。

ジャイロ:そうかな。

スタッフ:そうだよ。

ジャイロ:我々オランウータンは、相手の身体が目当てで交尾するけど。

ジャイロ:より良い遺伝子を残したいし、よりよい群れで行動したいから。

スタッフ:それは、だって、君たちは「社会」には生きてないじゃないか。

ジャイロ:社会は人間にだけあるものなのかい?

スタッフ:え?

ジャイロ:我々オランウータンにだって、社会はあるよ。

ジャイロ:自分勝手な行動をすれば、群れから追い出される事もある。

ジャイロ:逆に、仲間のためを思って行動すれば群れから認められる。

ジャイロ:君たちの社会とどう違うんだい?

スタッフ:同じ、だね。

ジャイロ:そうだろう?

スタッフ:「文明」、だ。

ジャイロ:文明?

スタッフ:そう、人間は文明と共に歩んできた。

スタッフ:だからだよ。

ジャイロ:だから何?

スタッフ:……。

ジャイロ:文明ってどういうことなんだい?

スタッフ:文明は、技術や、進歩を重ねた、時代だよ。

スタッフ:人間の歩んできた、歴史そのものだ。

ジャイロ:それがあるから、下心はいけないのかい?

スタッフ:それは……。

ジャイロ:オランウータンには、文明は無いって?

スタッフ:ない、よ。ないでしょう。

スタッフ:オランウータンはスマートフォンを使わない、

スタッフ:ましてや料理をしないし、

スタッフ:こうしてインターネットに動画をアップしたりしないだろう?

スタッフ:それに、君たちは自然の中で生きている。

スタッフ:私たち人間は、違う。

ジャイロ:違うって?

スタッフ:家を建て、街を開拓して、自然と離れて生きている。

ジャイロ:同感できないね。

スタッフ:どうしてだい?

ジャイロ:君たちも「自然」の中で生きていると、私は思うよ。

スタッフ:どういう意味だい?

ジャイロ:君たちは、家を作ると言ったけど

ジャイロ:その家というのは、「何」で作るんだい。

スタッフ:何で、って。

スタッフ:木材や、コンクリート。金属とかの素材を使うよ。

ジャイロ:その素材は、どこから持ってくるんだい。

スタッフ:それはもちろん、自然の一部から……だね。

ジャイロ:山を崩して土を得て、木を切って木材を得る。

ジャイロ:金属やコンクリートも同じさ。元は自然から生まれた素材だ。

ジャイロ:手段や方法が違っただけ、君たちも自然から恩恵を得て

ジャイロ:少し大き目な「巣作り」をしているだけだ。

スタッフ:それは。

ジャイロ:燕(つばめ)が、毎年木の枝や土を集めて巣をつくるのと

ジャイロ:どう違いがあるんだい。

ジャイロ:と言う事はだよ、君たちのいう「文明」というのは

ジャイロ:相も変わらず「自然」から発展しただけじゃないのかい?

スタッフ:な、なら「知恵」さ。「知恵」があるから、下心はよくないという結論に至るんだ。

ジャイロ:カラスは、君たちの想定をいつも超えて、ゴミ山から餌を得るんじゃないかい? 知恵というものを使って。

スタッフ:そ、それは。

ジャイロ:「どうして下心はダメなんだい?」

スタッフ:な、なんとなくダメなものはダメなんだ!

ジャイロ:そう、そうだろうね。

スタッフ:え?

ジャイロ:つまりはそういうことだと思うよ。

スタッフ:どういうことだい。

ジャイロ:「なんとなくよくない事かもしれない」この曖昧な気持ちを君たち人間は「共感」して、自分たちで明確に「自然界」と「人間界」として。

ジャイロ:「線引き」をしたんだ。

スタッフ:線引き。

ジャイロ:そう。そうやって「線引き」をしたから、君たち人間だけは自然界から外れたという事になっているんじゃないかな。

スタッフ:自分たちで、そう決めたから。

ジャイロ:そう。自然界は、自然は今でも君たち人間だって自然の一部ととらえている。

ジャイロ:でも君たちが、自分たちで線引きをしているから、君たちで言うところの「自然の摂理」っていうものに

ジャイロ:反する形で、感情が作られていって、決まりが作られていってる。

ジャイロ:でも本質的な話をするなら、愛も恋も同じ。

ジャイロ:身体だけを求めようが、心を求めようが、そこに愛がある、そこに恋があると決めたなら本来はそうあるべき、違うかい。

スタッフ:君は、難しい事を知っているんだね。

ジャイロ:難しい事なんかじゃないさ。

スタッフ:でも結局はなんの話だったのか、私はよくわからなくなってしまったよ。

ジャイロ:人間に恋をするのか、オランウータンに恋をするのか、だろう?

スタッフ:ああ、そうだった。結局それは、どうなんだい?

ジャイロ:君は、猫を愛しいと思うことは?

スタッフ:え? それはさっきも言ったけど、愛くるしいと思う事もあるし

スタッフ:愛おしいと思うことだってあるよ。

ジャイロ:じゃあ、猫と交尾したいとは思わないのかい。

スタッフ:えっ!?

ジャイロ:思わないのかい?

スタッフ:お、思わないんじゃないかな。

ジャイロ:本当に? そう言い切れる?

スタッフ:え? いや、それは、うーん、どうだろう。

ジャイロ:したいと思う人間だって、きっといるんじゃないかい。

スタッフ:それは、そう、うん、そうだね、いると思う。

ジャイロ:じゃあ、もうそういうことだよ。

スタッフ:え? すまない、どういうことだい?

ジャイロ:「人それぞれだからわかんない」

スタッフ:なんだいそれは。

ジャイロ:ははは、だってそうじゃない。

ジャイロ:そんな質問がそもそもナンセンスなんだよ。

スタッフ:ナンセンス。

ジャイロ:そうさ、だって君たち人間だってオス同士で愛し合ったり

ジャイロ:メス同士でキスしたり、大人と子供、子供と子供。

ジャイロ:色んな愛を認め合ってきてるじゃないか。

スタッフ:それは、そう、だね。

ジャイロ:じゃあそんなのオランウータンだって同じさ。

ジャイロ:オランウータン同士がいいものもいれば

ジャイロ:隣の群れのゴリラに恋する者もいるかも。

ジャイロ:私みたいに言葉が話せれば、人間に恋するかもしれない。

スタッフ:……そう、そうだよ、違うよ、そこが聞きたかったんだ。

スタッフ:「種族全体」じゃない。君はどうなんだい?という話さ。

ジャイロ:君は言葉が話せるからと言ってメスオランウータンと交尾できるのかい?

スタッフ:いや、それは。

ジャイロ:まあ、試してみたことないからわかんないんだけどね。

スタッフ:結局なんだったんだい、今までのやり取りは。

ジャイロ:同感できなかった?

スタッフ:ああ、同感できなかった。

ジャイロ:それは残念だね。

スタッフ:言葉が通じたとしても、同感できるわけじゃない事がわかって

スタッフ:よかったよ。

ジャイロ:ふふ、偉く前向きじゃないか、嫌いじゃないよ、そういうの。

スタッフ:そうだね、あ、でも一つだけ君の同感を得られる話ができるよ。

ジャイロ:興味深いな、どんな話なんだい?

スタッフ:愛だの恋だのはよくわからないけれど、バナナはいつ食べてもうまい。

ジャイロ:はは、同感だね。