嫉妬、信頼と裏切り、本音
安房小湊で選んだ宿は、一人で宿泊する場合、夕食はつかない。
結局、素泊まりを選んだため、食事は外で探すことになった。
ネットと宿と地元の人のお勧めを聞くと、返ってくる答は一つで、結果として2日間の食事はそこで海鮮丼とお酒とつまみを食ベることになった。
最終日の夜、お店の暖簾をくぐると、中年の男女がカウンター越しに座っている。 私が入って来た途端「可愛い子が来たよー」と中年の女性。
いつも座るテーブル席に座ると、その女性から「一人?」と聞かれ、そうだと答えると、「こっちに来なよー」と呼ばれる。 一度は断ったが、私が地酒を頼むと、また来いと呼ばれ、3度目の正直でカウンターに移動した。 その男女は地元出身で、酒を交わしながら仕事のことを中心に話が展開する。
地元民の特権にあやかり、サラダや鰤カマの大根煮など、酒のつまみもどんどんサービスされる。
そのうち、厨房から女将さんが出て来て目の前に座り、そのうち大将も出て来て酒を交わしながら雑談になった。
日本酒、生酒、焼酎と酒が進む中、店を閉める時間になり、お手伝いのスタッフの女性は帰って行き、大将も帰ってしまった。
私が店の後片付けを手伝いながら帰ろうとすると、「温泉行くっぺよ」と女将。
本気かどうか分からなかったが、気づくと中年女性の車に乗り、大型ホテルの温泉へ。
さっとサウナ、温泉に入った後、「ラーメン食い行くっぺよ」と女将。
ホテルの食堂は閉店していたが、これも顔が利く地元民の女将の特権だろう、強引に入り、大盛りの醤油ラーメンと焼酎を注文。
ここまで来たらどれだけ飲んだか分からなくなった時点で、本音トークが展開された。
最初のテーマは、やっかみ、嫉妬。
女性は一人だと嫉妬の対象となるそうなのだ。
独身で仕事を持ち、自分の時間があって、楽で自由で良いわね、と思われるのだそうだ。 中年女性の彼女はシングルマザーだが、それでも女性が一人だとそうした攻撃の対象になるらしい。
私は、「そんなこと言ったって、一人がどれだけ不安で寂しいか・・・!」と反撃したが、人はそう見るらしいのだ。
人間は自分に無くて欲しいものを他人に投影し、勝手に嫉妬して攻撃する生き物だと言うこと。
それは、自分自身を顧みてもその通りだ。 若さ、美貌、肉体美、知性、キャリア・・・。
セラピーで学んだ抑圧と投影、攻撃と防御の仕組みをもう一度復習したいと思った。
次のテーマは、信頼と裏切り。
「人に裏切られたことある?」と女将。 最も信頼していた従業員に裏切られ、100万円を取られたのだそうだ。 そう語る女将の表情は憎悪にまみれた鬼のようだ。
そんな女将に対して、「その人もそうせざるを得なかった事情があるはず。その人の心の闇がそうさせたのだ。」 と言う私の意見に、中年女性は「でも、法律を犯した犯罪よ?」と女将の怒りを鎮めるような口調で静かに語った。
人を信頼するからこそ、裏切られる。 信頼と裏切りは表裏一体であることを覚悟し、裏切られた時のリスクヘッジをした上で人と付き合うことが大事なのかも知れないと思う。
最終テーマは、本音。
女将曰く、誰も人に本音は言わないと。 人に本音を言ったら最後、必ず人伝てに広まるからだそうだ。 田舎という狭い世界ならではの悩みがここにあるのを感じる。
では、家族に対してはどうなのか?
「家族に本音を言ったって分かってくれない。」と女将はまた顔をしかめて答えた。 それは、諦めと落胆と悲しみなど、負の感情が全て入り混じったような複雑な表情で、私は何も言葉が出なかった。
誰にも本音を言えないなんて、辛いし悲しい。
こういう時、セラピストがいたら良いのにな、と思う。 誰にも言えない、家族にも分かってもらえない本当の気持ち、感情を曝け出し、流して浄化することを手伝ってくれる存在。
それがセラピストなのかも知れない。
昨晩は酔ったまま布団に入って寝てしまい、目が覚めた時は、昨晩の出来事があまりにも想定外で、あれは夢だったのでは無いか?とも思う。
でも、テーブルの上に買った覚えがないパンが目に入った時、店を閉めて出る帰り際、中年女性からもらったパンだと思い出し、あれは現実に起こったことだと教えてくれた。
そして、女将が連れて行ってくれた温泉も、ラーメンも、アイスクリームも、全て一人でこの地に旅に来た私にできる限りいい思い出を残してあげたいとの女将の計らいだったのだと、東京に帰ってきてから知る。
二泊三日の安房小湊の旅は、海での瞑想に始まり、大将・女将と地元客との交流で締めくくられた。