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言葉のちから

心のありか。その2

2018.06.19 09:39



ホテルに着くとフロントで不思議なことが起きている。



朝食のみのプランを選択したにも関わらず、夕食がセットになっている。



「夕食もついているんですか?」と僕は訊(たず)ねる。



「はい、そうです。洋食と和食、いずれかからお選びいただけます」



フロントの女性は僕に言う。丸い顔によく整った笑顔を添えて。



「本当に夕食が付いているんですか?」僕は念を押して確かめる。



彼女は手元の資料をもう一度確認する。



「そうですね。間違いございません。ご夕食もいっしょになっております」



「わかりました」。そう言って僕はひとまず「洋食」を選ぶ。



「時間はいかがなさいますか?」と彼女は言う。まるで美容院の予約でもするみたいに。



僕はまだ多少困惑をしながらも、19時を指定する。



フロントでの手続きを終えると、スタッフが僕の荷物を持って部屋まで案内してくれる。





館(やかた)風のそのホテルは、政治家の別荘をスケール・アップしたような作りだ。



「なんだか別荘のような作りですね」と僕は前を行くスタッフの背中に言葉を投げる。



「岩崎弥太郎という人物はご存知ですか?」



「三菱の創業者の?」と僕は訊き返す。



「そうです。弥太郎氏の甥にあたる人物の別荘を小田急グループが買い取って、



それをベースにこのホテルが作られました」



僕たちは当たり障りのない会話をしながら、絨毯の敷かれた長い廊下を歩いていく。





部屋のドアが開かれる。奥に進むと遠くに湖が見える。芦ノ湖だ。



すべての部屋からは広い庭と湖が見える作りなのだとスタッフの彼は教えてくれる。



僕は今回、ここで去年書いた長編の直しをする。



そしてもうひとつ、コンサル用の大きな資料を完成させる。



どちらも今の僕にとって、とても重要なタスクだ。



去ろうとするスタッフに礼を言う。



海外ならここでチップを渡す場面だ。





部屋の間取りを確認し、リュックからパソコンを出しWiFiにつなぐ。



携帯の電波はない。



持ってきた服に皺が乗らないようにハンガーにかけておく。



それからランニングシューズを出して、着替えを始める。



そう、僕はランニングに行くのだ。





着替えを終えてフロントに寄って周辺のランニング・コースを教えてもらう。



先ほどの丸顔の女性はいなくなっている。



代わりにスマートな男性スタッフが対応してくれる。



彼の髪はジェルで撫でつけられている。



明らかに若い顔をしているが、あえて年かさを増して見せているのかもれいない。



この近くの道は「箱根駅伝」で使われているコースなのだ、と彼は教えてくれる。



そのスタッフも僕と同じ「走る人」らしく、彼は親切に2つの選択肢を提示してくれる。



平坦な道を何回か往復するイージーなコースか、



傾斜のある長い坂道をぐるりと周るタフなコース。



どちらにしますか? と彼は僕に訊(たず)ねたりはしない。そこに好感が持てる。



何ごとにおいても、僕は自主性をベースにして生きていたいのだ。



「行ってらっしゃいませ」と彼は言う。先ほどの女性と同様、整った笑顔で。



ジェルで固めた髪が、天井の明かりでキラリと光る。



ホテルを出た僕は、「どちらのコースにするのか」もう決めている。



もちろんそれは、タフな方のコースだ。



僕は主体的に自分を追い込んでみたいのだ。



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