歌で病を治す方法
Facebook竹元 久了さん投稿記事 🌷古来、日本には、歌で病を治す方法があった!
🔵相手を想い、祈りを込めて歌うこと💕
古来、縄文の時代より、日本には歌を歌うことで病を治す方法があったといいます。
その歌の名は、【天地(あわ)の歌。】
「あ」ではじまり、「わ」で終わるこの歌は、縄文時代から受け継がれたものです。
書籍や文献では言葉が乱れ、心が乱れたことを心配した「イサナギ」と「イサナミ」が農業とともに歌い広めていったとあります。しかし、その、古事記や日本書紀自体が書き換えられた可能性もあるので、「誰が」広めていったかは定かではないですが、当時、「あ」を「あ」と発音するのだと、歌い広めていった人物達がいたことは確かだろうと思います。
国を統合するには、言葉を統合すること。そこに注目した人物がいたのだと思います。
(参考のサイトには、当時の文字があり、口のカタチが文字になっています。)
「あ」は、空を。
「い」は、風を。
「う」は、火を。
「え」は、水を。
「お」は、大地を。
🔵日本語は、宇宙の五大要素を内に秘めた言葉だと言われます。
まさしく、自然を観念化する中で進化してきた民族なのです。
音は力であり、言霊は生きる力です。
人の身体は背中が表です。その表である背中に向かって、天地のうたを歌ってもらうこと。
また、自身も肚から正しい発声で歌うこと。言霊の力が波動になって、身体の中の調和が保たれるのだと思います。
言葉が乱れると、国が乱れる。
言葉は、一番身近な母親から学びますが、この母親自身が正しい言葉を使えていない現実があります。言葉の中身も発声もどちらの面でも貧弱です。
相手を想うこと、相手に届けること。
正しい発音とは?と考えるとわかりませんが、そうやって周りの人を想い、相手のためを思って言葉を使っていくことで、必ず、心や身体や周りの人たちにも、充足感を伝えていくことができるのだと思います。
あわうた 48音の神秘
「古代大和ことば」は単音語(一音一音が意味を持つ)で、一音一音に神が宿り、森羅万象が成り立っていると言われています。
「ホツマツタヱ」の中では「あわうた」について、つぎのように記されています。
あわのうた かだがきうちて
ひきうたふ おのつとこゑも
あきらかに ゐくらむわたを
ねこゑわけ ふそよにかよひ
よそやこゑ これみのうちの
めくりよく やまひあらねは
なからえり すみゑのをきな
これおしる わかひめさとく
【現代語訳】
あわの歌を葛垣打琴の音にあわせて歌うと、
自ずと声も明らかになり、
五臓六腑や魂の緒までが
四十八音の神々の言霊の霊妙な力によって
整うのです。
心身の神気・霊気の巡りが良くなり、
病にもかからなければ、
長寿を得ることができます。
四十八音の神々の言霊(ことだま)とはアカハナマ四十八音のことです。
これら一音一音は言霊の神々であり、この「四十八音神」によって心身が成り立っています。
この四十八音の言霊によって、次のような力が生まれると言われています。
・天界と地界の生命力を一体化してヒトの生命力とする力
・気候風土天変地異に対応して調和する力
・五臓六腑や神経や心のはたらきを整えて作動させる力
・眉目貌(みめかたち)を健全にして守りはたらかせる力 など、
人体の、陽の十二の経絡とツボの裏・表、陰の十二の経絡とツボの裏・表、合計四十八の経絡とツボは、言霊の神々と人体が交信共鳴しあう窓であり要(かなめ)の地(ところ)であるようです。(石田英湾 著「言霊アワ歌の力」より)
Facebook竹元 久了さん投稿記事 🔵子守歌の起源 共同保育が人類に音楽をもたらした?
今日は、ゴリラのセンセイ山極寿一さん。
人類学、霊長類学者、京都大学理学研究科教授の著書、「暴力はどこからきたか―人間性の起源を探る」の中の音楽の起源について…
興味深いので、そこをクローズアップしたお話です。
音楽の起源は、母子間コミュニケーションにあるという説がある。
つまり、子守歌こそ最も古い音楽だというのだ。
~中略~
そして、子守唄の起源についての仮説はおもしろい。
まだ言語を獲得する以前は、歌と踊りが、共同体の結束を高めたという。
自己と他者との境界が消え、一体化したような気分を味わうことができる
「われわれ意識」を強化したものが音楽だというのだ。
二足歩行がそれをもたらしたというわけだが、直立することで声帯に変化が生じ、発声が容易にかつ多様な声をつくりだした。もう一つは、身体の複雑な身振りが可能になったことで、感情を多様に表現することができるようになった。
そうした豊かな声の表現や複雑な身振りをコントロールする脳の発達。
一方、サバンナで捕食者から自分たちを守るために、人類は、家族を単位として集団で、共同して暮らすことを選択する。育児も共同して行った。
そして、人類は、生まれたばかりの赤ん坊を母親は他者に預けたのだ。
ゴリラやチンパンジーの赤ちゃんは泣かない。親が赤ちゃんを手放さないからである。母親からはなされた赤ん坊は激しく泣く。
それをなだめるために子守唄が生まれたというのだ。
母親ばかりではなく、赤ん坊を託された者も子守唄を歌った。
また、この音楽の効果は子守歌ではない方面に用いられるようになったと言う。男たちの連帯を強め、高揚した共同意識に誘うのだ。
つまり「音楽によって自分と他者との境界が消滅し、一体化したような気分」を作り出す。これが、「集団の外に対する敵愾心を育み、集団間の戦いに発展する共同意識をもたらした」というわけだ。
~引用終わり~
前回の追求で残った、「類人猿→人類」にいたる、どこで子守歌が発生したのか、というテーマについて、ゴリラの研究で有名な京大の山極先生の仮説。
みんなで子育てしたからこそ、実の母親以外が子育てするために子守歌が発生した、というのは人と類人猿の違いを考える上で「確かに!」と感じました。