2023.5.25の西日本新聞筑豊版
5月25日(木)の西日本新聞筑豊版に掲載していただきました。
記事に、パブロ・カザルスは彼と同様、世界的な名手の友人たちと私的に弦楽四重奏を楽しんでいたと記されています。
カザルスには弦楽四重奏の録音は無く、公演記録も見当たりません。
縁遠い音楽分野と思われていた方が多いと思います。
ですので、意外な事実だったはずです。
カザルスの言葉を引用しましょう。
「第1次世界大戦の前で、初夏のころだった。われわれはティボーの家に集まったものだ。わたしたちは公衆の面前にイヤというほど出たのだ。今度はわれわれだけの楽しみのために弾きたいというわけであった。この集まりでクァルテットをやる時は、イザイは好んでヴィオラを弾いた。しかし、ヴァイオリンを弾く時の彼は、誰も比べものにならないほどの光彩を放っていたのだ。この集まりには。マネージャーたちも出入りは禁じてしまったよ。」 「カザルスとの対話」より J.M.コレドール著 佐藤良英雄訳 白水社刊
公開の場で弦楽四重奏を披露しなかった理由として、加えて、以下の2つを推測しております。
弦楽四重奏団は、メンバー4人が意思統一をし、《築いた一人の人格が弦楽四重奏団という楽器を奏で》、作曲家が楽曲に託したものを私たちに届け、私たちの心を奮わせます。
しかし、それには大変なリハーサル時間を要します。
カザルスの同時代、ブダペスト弦楽四重奏団が世界を席巻していました。
独奏者、および、ティボーとコルトーとのピアノ三重奏団で国際的に演奏会活動をしていたカザルスにはブダペスト弦楽四重奏団と肩を並べるには時間が無かったことでしょう。
今一つは音程についてです。
独奏者の音程は旋律に説得力を持たせるよう、奏者それぞれの独特のものがあります。
ピアノやオーケストラとの協奏では大きな効果をもたらしますが、その音程では、和音が綺麗に響かないため、弦楽四重奏ですと響きが濁ってしまうのです。
近年の独奏者は両方できる人も多いのですが、カザルスはけして器用な人ではありませんでした。
このことも、カザルスが公式に弦楽四重奏を披露しなかった理由と思うのです。
ですが、交響曲に比べて、名作の数と質が凌駕する弦楽四重奏曲に、カザルスが憧れなかったはずはありません。
カザルスが国際デビューをする前の20歳から2年間ほど、ベルギーのヴァイオリニスト、マチュー・クリックボームの弦楽四重奏団に所属していました。
スペイン各地を演奏旅行し、在籍中に同じカタルーニャ地方出身のピアニスト&作曲家のエンリケ・グラナドスと出会っています。
また、その数年前に、17歳のカザルスは弦楽四重奏曲を作曲しています。
その前年にドビュッシーの弦楽四重奏曲(室内楽定期で上演されました)が作曲されていて、比較すると作風は古く、カザルスのずっと先輩のブラームス、シューマン、メンデルスゾーンなど、19世紀のロマン派音楽への憧れです。
この曲が収録されたCDはAmazonで購入できます。
これがそのジャケット・デザインです。
聴いてみたい方は「Casals string quartet in E Mi」で検索してみてください。
カザルスと弦楽四重奏、結婚できなかった相思相愛の恋人だったのかもしれません。