地球最期の日
「明日、地球に隕石が落ちて世界が終わっちゃうとしたら、どこへ行って、何がしたいですか?」
私が食べたいと言ったチョコパイの封を開けながら、ヘルパーさんが突然、面白い質問を口にした。
「電車も飛行機も動かないから…安全に歩ける距離を考えると、実際どの辺りまで行けるのでしょうね」
「え?」
「世界が終わる日まで働いている人はいないと思いますよ。電車もバスもコンビニも機能しないはず」
「あ、なるほど。確かにそうですね。そうか、気付かなかったなぁ」
中学2年の頃。
当時、角川映画は無双状態で、薬師丸ひろ子の歌う主題歌はヒットチャートのトップを席巻していた。
あの頃流行りの小説といえば、なんと言っても赤川次郎。いかにもな感じがして悔しかったけれど、やっぱり面白いものは面白い。私はもっぱら気前の良い友人から人気小説を借りるのが習慣になっていた。友人が貸してくれる本はどれも清潔で行儀のよい顔をしていて、彼女にこの本を買い与える家はきっと、にわか雨に水色の傘と長靴を持ってピアノ教室まで娘を迎えに行くような、そんなちゃんとした家庭なのだろうなとボンヤリ想像したりしていた。
ある日の学校の休み時間。友人が貸してくれた本は赤川次郎ではなかった。
新井素子『ひとめあなたに…』。
「女子大生の圭子は、最愛の恋人・朗から突然の別れを告げられる。自分は癌で余命いくばくもないのだ、と。茫然自失する圭子の耳に、さらにこんな報道が──「地球に隕石が激突する。人類に逃げ延びる道はない」。圭子は決意した。もう一度だけ、朗に会いに行こう。練馬から鎌倉をめざし、徒歩で旅に出た彼女が遭遇する4つの物語。」(東京創元社http://www.tsogen.co.jp/sp/isbn/9784488728021)
この物語の詳しい内容は正直ほとんど忘れてしまったのだけれど、読んでいる間中、なんだかほんの少しだけ垂直線が斜めに傾いたようなモヤモヤしたものを感じていたことと、あまり主人公に共感できなかったことだけは、なぜか覚えている。
「明日、地球に隕石が落ちて世界が終わっちゃうとしたら、どこへ行って、何がしたいですか?」
ヘルパーさんの質問を受けて、50を超えた私が真っ先に思い出したのがこの小説だった。本を読み終えた中学生の私がひどく納得してしまったのは、小説に出てくる電車もバスも、人類最後の日を目前に、いつものように職務を全うしようとする運転手を失って、まともに動くことはなかったということであった。ほんとうに明日が来ないと思えば、人は働かないのだ。
すべてが正解なようで、すべてが不正解なような気がする。
おそらく私は、そんなときでも働く人だから、働くのだろう。
ヘルパーさんが、またまた面白いことを言う。
「世界が終わる日になって、告白とかされたら嫌ですよね」
「なぜですか?嬉しいような気もするけど」
「いやいやいや。『もっと早く言ってよ〜!』って思うじゃないですか。万が一、両想いだったら、どうしてくれるんですか」
隕石が、私への落下速度を気まぐれに緩めて、こんな日常が一日でも長く続きますように。