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盲導犬のいま (上)縁の下の力持ち

2023.06.04 15:00

一般家庭で育成支えるパピーウォーカー

産経新聞より

目の不自由な人の生活を支える盲導犬。今年は盲導犬など補助犬の同伴受け入れを義務付ける身体障害者補助犬法が全面施行され20年となる。現在国内では約800頭強が活躍するが、利用を待つ人は約3千人とされ、今後も継続的な育成が必要だ。ドイツで初めて育成が始まってから100年超の歴史をもつ盲導犬だが、育成プロセスはあまり知られていない。ボランティアを含む多くの人手とコストをかけ、生み出される盲導犬。育成を手掛ける関西の施設を取材し、現況をみた。

■愛情注がれ

「今までありがとう。盲導犬になってもがんばってね」

4月中旬、盲導犬の訓練施設、日本ライトハウス盲導犬訓練所(大阪府千早赤阪村)には、犬舎(訓練棟)に向かう子犬たちを見送る人たちの姿があった。子犬たちを育ててきた「パピーウォーカー」と呼ばれるボランティアだ。

パピーウォーカーは、盲導犬への育成を目指す生後2カ月程度の子犬を引き取り、約10カ月間家庭で育て訓練施設に引き渡す役割を担う。「ブリーディングウォーカー」と呼ばれるボランティア宅で生まれ、生後2カ月まで母犬やきょうだい犬と過ごした盲導犬の候補を引き取る。

子犬はパピーウォーカーの家庭で暮らすことで、人間社会のルールを学ぶ。受け入れ家族とともにさまざまな場所に出かけ、電車や車の音、雨や雪、人混みなどまちの雰囲気を経験し、人間社会に慣れる。「人と一緒にいると楽しい、心地いい」と感じることが、その後の訓練の大事な基礎になるという。

初めてパピーウォーカーを経験した大阪市大正区の会社員、谷川義英さん(49)一家は犬の飼育自体も初体験。死別がつらいのでペットの飼育は避けていたが、約1年間の飼育と聞き、応募した。

一緒に生活したのは、ラブラドルレトリバーとゴールデンレトリバーのミックス犬。名付け親になれるのがパピーウォーカーの特徴で、スペイン語で「絆」を意味する「ラソ」と命名。病気やけがのないよう気を使いながら育てた。

妻の直子さん(47)は「3人の息子も含め家族仲が一層よくなったし、互いを思いやる気持ちが強まるなど学べるものが多かった」と振り返る。

■訓練の前提

同訓練所を含め、一般的にパピーウォーカーは公募ボランティアが担う。資格や経験は不要だ。同訓練所では、留守が少ない▽室内飼育が可能▽車を所有▽月に5千円以上の経済的負担が可能―を条件にあげている。

日本ライトハウス盲導犬訓練所の赤川芳子所長(51)は「盲導犬を待っている視覚障害者はたくさんいる。年間20頭前後の盲導犬を送り出したい」とし、育成数の安定には「パピーウォーカーがカギを握る」と話す。パピーウォーカーの育成をへることが訓練の前提だからだ。

同訓練所では年間70~80頭が繁殖。毎年ほぼ同数のパピーウォーカーが必要だ。かつてはパピーウォーカーが足りず、繁殖させた子犬を他の訓練所に譲渡したこともあったという。

「パピーウォーカー確保は〝自転車操業〟の状態。1頭目の飼育でやめる家庭も多いので、できれば継続してもらえるようにお願いしている」と赤川所長。共働きやマンション生活者の増加など飼育環境面での障壁や、訓練所に引き渡す際の別れがつらいなどの理由で、担い手はなかなか増えないという。

盲導犬を目指す子犬の育成では、独自のプログラムも行われている。日本盲導犬協会の島根あさひ訓練センター(島根県浜田市)では、平日は刑務所の受刑者がパピーウォーカーとして子犬を育て、週末は地域のボランティアが子犬を預かる取り組みが行われている。法務省の事業に同協会が協力。平成21年の開始時からこれまでに計18頭が盲導犬になった。

パピーウォーカー不足を補うほか、受刑者にとっても動物の世話を通した心の回復や社会復帰の促進が期待されている。

■合格は3割

パピーウォーカーの手を離れた子犬は訓練所で半年~1年訓練。盲導犬に合格するのは3割程度だ。盲導犬にならなかった犬はボランティア家庭に引き取られペットとして生活する。ただ、パピーウォーカーのもとには戻らないことがルール。ボランティアであるパピーウォーカーだが「盲導犬の卵」を育成するという使命があるからだ。

愛情をかけた子犬と原則再び生活することはなく、あくまで育成の一過程を担うパピーウォーカー。日本ライトハウス盲導犬訓練所で初めてのパピーウォーカーを終えた谷川さんは、訓練所に引き渡す際「想像以上につらかった」。だが、2頭目のパピーウォーカーも始める予定だ。

4月から3頭目となる子犬を育てている大阪府茨木市の会社員、山本壮(たけし)さん(44)一家は「育てた子犬たちが盲導犬として活躍してほしいというのがベースにあり、できる限り継続したい」と話す。(高橋義春)