旧友から愛情溢れる?推薦文を頂きました。
奴は我々に“ゆらぎ”を与え、時に人生を“進化”させる
奴とは18の時に会って以来、盟友であり、ライバルであり、バンドメンバーであり...まぁ、所謂30年来の「腐れ縁」なのだけど、久しぶりに会うと、いつでもハッとさせられる。半年ほど前、一緒に飲んだ際、アルバム制作の話は聞いていたのだけど、なんとタイトルが『Obituaries(棺蓋録:かんがいろく)』とは。いきなり「死亡記事」か(笑)!?
奴の第一印象は「変わった人だなぁ…見た目は不愛想で恐そうだし」みたいな感じだったように記憶している。とは言え、その印象も一瞬で変わる。軽音楽部のオーディションという、新入生がいきなりひとりずつ、自分のやれること(得意な楽器演奏など)を上級生の前で披露させられる(笑)イベントでの出来事だったと思う。たまに腕自慢の新入生もいて、それはそれで素晴らしいのだけど、多くは緊張のあまりガチガチで演奏どころではない。ただ、その中で一風変わったパフォーマンスをしていたのが、ワタナベだった。長身でノソっと舞台に出てきて、いかにも不愛想な奴が観客に向かって「Are you feeling good?」と語りかけてストーンズを演りはじめたのだ。文章ではうまく伝えきれないのだが、その“間合い”というか“意外性”が秀逸で、正直、演奏の中身は全く覚えていないのだけれど、きっと多くの観客は(僕も含めて)「なんだか面白いじゃん、こいつ」と思ったに違いない。
その後、妙に仲良くなり、神戸から大阪までの帰宅途中、車の中でお互いの好きな音楽を聴きまくった覚えがある。ワタナベはRolling Stones、僕はBeatlesでルーツは異なるのだけれども、分野にとらわれず、レゲエやソウル、勿論、R&Bやブルーズもよく聴いていた。その中で、CreamやBBA、Johnny, Luis & Charなど共通のアイドルも見出すことになり、同じく同級生のハナミチを引きずり込んで、『Cheap Thrill』を結成することになる。
『Cheap Thrill』の初期は、基本、ワタナベがリフなり、コード進行を持ってきて、それをメンバーで膨らませて曲にしていくという形を取っていた。たまに誰が聞いても気持ちのいいメロウな曲(Welcome to Our Musicなど)を持ってくることもあったが、ほとんどが“何か、ひっかかりのある”特徴的なリフなり断片を持ってきて、みんながそれを面白がって形にしていくという感じだ。とは言え、学生時代も過ぎ、徐々にワタナベの志向や手法も変わってくる。ある時、奴がデモ音源を持っていたので聞かせてもらうと、アレンジも完璧に研ぎ澄まされた素晴らしい曲を創り込んでいた。女性ヴォーカルで創られていたのだが、あまりにもいい曲なので、『Cheap Thrill』でも演ろうぜ!!と無理矢理C.T.の楽曲に加えさせてもらった。ワタナベはまぁまぁ嫌がっていたような印象があるのだけど(笑)、今から思えば、きっとこの頃から、バンドだけでは収まりきれない、ワタナベ自身の表現が噴霧しはじめていたのだ。
その後、奴は自身のプロジェクト『2ダンベルト・エクスペリエンス』を起ち上げ、新たな世界観を構築していく。
今回のアルバムは、奴自身のこのような大きな流れの元で醸成、醸造されたものであろう。
今、僕の手元には「P.I.N.K.」と「Emily Levy」の2曲の音源がある。2曲しか聴けていないのが非常に残念だけど、これだけでもワタナベの懐の深さと進化を楽しむことができる。
「P.I.N.K.」は一瞬、オシャレPOPな印象もあるんだけど、“そこからこのコード進行行くか?!”みたいな奴らしさを垣間見ることができる。また、「Emily Levy」にいたってはリズミカルな、ある種トロピカルなメロディラインで“へぇ~、こんな引き出しもあるんだ”と思いきや、その後“アヴァンギャルド過ぎる”展開へ。いや~、飽きさせないわ(笑)。
ただ、少し真面目な話をさせてもらうと、奴の楽曲は、全てに豊富なアイデアと不思議な“ゆらぎ”をリスナーに与えてくれる。僕は実はこの“ゆらぎ”というのがすごく大事な要素だと思っていて、うまく表現できないのだが、平坦な道ばかりだと人生はそれほど楽しくないのと同様に、例えばジョンの“毒”がなければポールは平凡な曲しか書けないように、おそらくこれが“Critical Tipping Point”なのだ。
実際に最近の『Cheap Thrill』でのワタナベの活躍はキレッキレだ。楽曲を持ってくる時は既にかなり創り込まれた形で、しかも今までにない要素が大きくフューチャーされていることが多い(少し前の話になるが、「How Do You Love?」のデモ音源を聞いた時の衝撃は忘れられない。ワタナベが仮歌も入れてきたのだが、デモのクオリティが高過ぎてかなり興奮した思い出がある)。また、昔の曲をリアレンジしていく手法も非常に楽しく感じている。たまに“さすがにそれはやり過ぎじゃない?”とか“そんな斜め方向からの思い付きを急に言ってくるなよ”とか思うこともあるが(笑)、でも、演ってみると、案外良かったりするのだ。
やはり“ゆらぎ”は我々に進化をもたらす。
今回、まずは『Obituaries(棺蓋録:かんがいろく)』の全曲を聴いてみて、僕自身がこの“ゆらぎ”を楽しみたいと思っている。おそらくこれを読んでくれている方々は、僕と同じような気持ちになっているんじゃないかな?と勝手に考えていますので、どこかでこのアルバムについて語り合えたらと思っています(笑)。
それでは、『棺蓋録』を聴きながら、あなたの心地よい“ゆらぎ”と“進化”を。
追記:告知ポスターでは、いかにも「これが人生最後のアルバムです」的な雰囲気を醸し出していますが、来年くらいには『棺蓋録Ⅱ』をリリースしてもいいんじゃないかな(笑)?
2023年 6月 晴海にて / Cheap Thrill 脇坂 治