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大阪北部地震の翌朝7時、高野山へ!  左藤滋光

2018.06.21 12:00


週の始まりの18日・月曜日の朝、

通勤通学のごった返す朝7時58分、

大阪北部を震源とする、マグネチュード6.1の大きな地震が、

近畿エリアを襲ったのでした。

私は滋賀にいましたが、

立っているのが困難なほどの揺れようは、

23年前の神戸の大震災に次ぐものだったのです。

滋賀県のJRは、

琵琶湖線と湖西線が走っていますが、

朝の3時間そのまま、

止まったままの列車の中に乗客は閉じ込められ、

その後ドアが開き、

線路づたいに歩いて解放されたのでした。

電車が復旧したのは、

夜の9時以降でした。

近畿エリアでみますと、

全線の復旧なったは、

翌日の始発でした。

住宅被害は、千数百棟にのぼりました。

こんな時に、

集中豪雨、大雨の警戒情報が出されます。

それは、19日ではなく20日に現実となりました。

地震に大雨で、

この日の京都に向かう修学旅行、

団体のキャンセルは続出したのでした。

19日については、

見極めが迫っていました。

朝7時出発、

片道4時間、

大型バス30人超を乗せての団参が迫っていたのです。

私は、この 団参の代表・責任者だったのです。

地震の翌日ですが、、、

これは 2か月前に決まっていた行程なのです。

往復8時間をかけて行くー

行先は高野山。

段取りや打ち合わせはすべて終了していた。

さて、

どうなるかー

高野山までのルート・道路事情は問題なし。

高野山側の被害はなし、受け入れも問題なし。

大雨、集中豪雨はー

翌日にずれ込んだ模様。

よって、

予定通りの出発となったのです。

滋賀県のご一行は、

2年に1度、

遠出の研修を実施致します。

今回の高野山、

皆さんが初めて選んだので、

行くことになったのです。

このようなめぐりあわせに、

私はご挨拶したのです。

「大地震が来ると、恐れや不安を膨らますのではなく、

千年の災害の歴史に学べば、明日への防災になるのです。

高野山は、千年を超えて続く、祈りの聖地です。

この非常時に参らせて頂く事になったのは、

まさに、特別な意味を持つとしか言いようがありません。

明日への防災のお力を知恵を授かるのではありませんか、

こんなに力強く、有り難いことはないのです…… 」

明日へ続く


今夜も感謝から!

和顔愛語のあなたが、一番いい。


左藤滋光 合掌