小説 op.5-(intermezzo)《brown suger》⑪…君に、無限の幸福を。
このインテルメッツォは今回分で終わりです。
間奏と言う割には、結構長いんじゃないかというのがありますが(笑)。
個人的には結構、気に入っているんですね。
結局は救いようのない物語なのですが、それはそれとして…。
完全版の方は、後で、アップします。
気に入っていただたら、ありがたいです。
2018.06.27 Seno-Le Ma
brown suger
#9
Cảnh たちの小汚い部屋にたむろしている麻里亜を見たとき、秀樹は、そしてマリアはニコリともせずに、壁にもたれて座ったまま、上目遣いに秀樹を見つめた。嗅いだ。秀樹は、淫売の遺伝子の匂いを。
母親、あのジュリーと名乗った女と同じ、その。
久しぶりにベトナムに来た秀樹を出迎えた Cảnh の頭を、その日本人の平手が襲った。なにも言わないままに。
空港の人々の注意を一瞬だけ浴びて、Cảnh たちが着服していることくらい、秀樹は感づいていた。通訳のベトナム人が、目をしばたたかせ、一瞬で逸らした。
日本円で二十枚くらい、つかませてやった通訳は、秀樹の奴隷のように彼に、外人向けの歓楽を与えてやった。サイゴン、南部の経済的な中心地、そのレタントン通りで。秀樹は飽きていたし、いますぐにでも帰りたかった。自分の勃起しないそれが、なぜ、外国の、下等な、ろくに声さえ立てて見せない女たちのからださえ求めるのか、秀樹には理解できなかった。目に付くものすべてが薄穢れ、発展途上の、穢らしい都市に過ぎない。
棲息する人間も含めて。
空気さえもが。
無数のバイクが、車道を支配する。
Cảnh が捕まえた白地に緑のラインのタクシーが Cảnh たちの巣穴に連れて行ったとき、明らかに覚醒剤を打った少年たちの、開いた瞳孔に嫌悪する。
眼差しが捉えた上目遣いのマリアに、自分の娘がまだここに存在して、ここに棲息していたことを思い出させた。
そんな事は、知りすぎるほど知っていた。
**剤塗れの母親の転落死体のおかげで、いまだに秀樹は逃げ回らなければならなかった。
垢を塗りたくったように陽に灼けた Duy が、必死にめいっぱいの媚を売りながら、秀樹に差し出した煙草を指先だけで拒絶して、自分の煙草に火をつけた。
目の前の汚らしい少年が、屈辱に塗れたのを、一瞬で隠したのには気付いていた。
Thanh が息を殺しながら、まなざしの端に、あきらかに怯えたマリアの気配を捉えた。
「…どうなん?」秀樹が言った。
マリアは、言葉の代わりに、首をかしげる動作で何か言い、Thanh は見る。そのとき、髪の毛が肩から垂れ下がって、その、毛先がちいさく撥ねたのを。
空気の温度を不意に感じた。
…ん、と、言って、秀樹が喉を鳴らす。
正午を回った時間帯。
天井近くの通風孔以外に、窓さえない薄暗い貧民窟のような住居に、肌痒さを感じて、秀樹の指は、煙草の灰を落とす。
停滞した時間。Thanh が打とうとしていた注射器は、Thanh の指先に挟まれたまま捨て置かれた。
薄穢れた女。
自分の血管を、ホテルで打った**剤が、駆け巡り始めているのは知っている。
…麻里亜。
その薄穢れた褐色の肌さえ、いよいよ黒く日に染まって、キャミソールと短パンをから曝された肌に、どれだけの**と、***が巣食っているかも知れなかった。
怖気づいた Hạnh が、ロフトの上で寝た振りをした。
この世界の、無残なまでの穢さのすべてを象徴させたかのような、少年たち。
上半身をさらし、短パンだけの Duy の腹がたるんでいる。
Thanh は瞬く。
不意に、マリアがあくびしてしまった瞬間、その襟首をつかんだ秀樹が、彼女を殴打した。Duy が息を詰めた。Thanh に目線を流す前に、Thanh は注射器を投げて立ち上がり、撥ねた。
床に。
注射器は。
そして、懐から取り出した拳銃がかすかに揺れながらマリアの顔の正面を捉え、秀樹の腕は胸倉をはなさない。声さえ立てずに、マリアは見つめた。眼差し。秀樹。もはやなにも語りかけないその。
…顔。
発砲された銃弾がロフトの、Hạnh のからだを掠めた。悲鳴がたった。秀樹の腕は Thanh に噛み付かれていた。咬みきってやろうと想っていた。汗の味。皮膚の味。丸太のような腕。殴打するこぶしが額を打ち、一瞬、白い何かの羽撃きを見た。咬み裂かれた腕が血をにじませた。決意など必要なかった。引き金を引きかけた指を、マリアの、銃身をつかんだ両手がねじ上げて、明らかな骨折を感じた。悲鳴をあげる前に、マリアは奪った銃を発砲した。こめかみに押し付け、その男の頭蓋骨に直接。弾け飛んだのは、秀樹の頭部だった。
マリアが声を立てて泣く。
Duy も、Cảnh も、みんなすぐさま逃げて行った。二発の立て続けの銃声が、警官を連れてこないわけがなかった。
腕の中に肩を痙攣させながら泣き叫ぶマリアがいた。体中汗ばませ、匂う。いとしい匂い。その豊かな髪の毛の。それはもはや、単なる残骸に過ぎない。
彼女の。
好きだった?
銃声の残響、あの頭にこびりついていた響きさえ
パパが
もはや、忘れられた。…もう、泣かないで。
…君を守ろう。Thanh はつぶやく。ただ、頭の中に、…君を。君を傷つけるものすべてから。マリアは、Thanh が何を言っているのか、知っていた。
泣きじゃくりながら。…教えてあげる。
Thanh の声がする。僕が…、と、無言のままに、…美しさ。君に。この、…
それは
この世界の美しさ、そのすべてを。
明確な確信だった
2018.06.12-14
Seno-Lê Ma