Ameba Ownd
アプリで簡単、無料ホームページ作成
2018.06.28 09:52
蟪蛄 春秋を識らず 伊虫 あに朱陽の節を知らんや
【読み方】けいこ しゅんじゅうををしらず いちゅう あに しゅようのせつをしらんや
※蟪蛄・・・セミのこと。
※伊虫・・・「この虫」という意味で、この文ではセミのこと。
【意訳】セミは、夏に地中からこの世に出て、夏の間に死んでしまうため、春や
秋を知らないばかりか、実は夏も知らないのだ。
私たちは、セミは夏の生き物だから、夏のことは詳しいと考えます。しかし、セミは7年間、地中で生活します。そして、夏になって地上に出てきて、一週間で死ぬと言われています。ですから、セミは春や秋のことを知りませんし、実は、今が夏であるということも知らないのです。春と秋が分からなかったら、相対的な比較対象がありませんから、今が夏であるのかも分からないのです。
この言葉は、人間は、自分のことは、自分が一番分かっているつもりであっても、実は、よく分からないということを表した法語です。セミは、暑い夏にいながら今が夏であることが分からないように、私たちも自分を見る鏡がなかったら、実は自分ということが分からない存在なのです。
自分が分からないままに生まれて、分からないままに死んでしまうことを仏教では、生死流転(ショウジルテン)と表現されています。
一方で、お経とは、
『経(きょう)教(きょう)はこれを譬(たとう)うるに鏡の如(ごと)し』
と表現されるように、お経や仏教の教えとは、自分自身を見つめるための鏡のようなものです。仏教が生まれ、約2500年の歴史とは、常に「自分とは何か」ということを問い続けてきた歴史でもあります。その先輩方の問い続けてきた智慧がお経には凝縮されています。
セミの鳴き声が聞こえてくる、暑い夏を迎えるにあたって、お経にふれ、自分の生き方を振り返ってみてはいかがでしょうか?