恐怖のダニ取り掃除機
From 倉橋燿子
時に、物語づくりは
恐怖の妄想を膨らますことがある。
20年くらい前のことだけど、
1台50万円もするダニ取り掃除機を
買わされそうになったことがある。
家に訪問販売のおじさんがやってきて、
「奥さん、これね、ダニ取りだけじゃ
なくて、アロマの香りがするんですよ」
と掃除機のお得感をアピールされた。
布団を一枚持ってくるように言われ、
掃除機で吸ってみると、
フィルターのところに、
本当にダニが付いていた。
ちょうどその当時、夫が毎朝
「家にダニがいる! かゆい!」
と、やけに痒がっていたため、ある意味
絶妙なタイミングでもあった。
獲れたダニを見た私は、
「これはスゴイ! 買いだわ!」
と1台50万円もするダニ取り掃除機の
契約書に、疑う余地もなく、
すんなり判を押した。
おじさんが帰った後、アロマオイルを
数滴入れて掃除機をかけてみたが、
アロマの良い香りは、どこへ行ったのか、
ただのゴミの臭いだけが残った。
なんだかおかしい……。
ようやく、この時点で、
事のおかしさに気付いた。
そもそも、掃除機が1台50万円
もするなんて、おかしい。
ダニ取り掃除機なんて、ウソ!?
もしかして、騙されたかも……。
そう思っただけで、急に怖くて
たまらなくなった。
50万円のローン契約をしたのに、
どうしよう。今更やめます、
なんて言えるんだろうか……。
仕事から帰ってきた夫にひと通り
ワケを話すと、
「あちゃ~、それは騙されたんだよ。
明日返品の電話を入れないとねー」
夫は、私とは正反対のタイプで、明るい。
「電話するだけでしょ?」
みたいな軽いノリで言われても、
私の脳内は、マイナスな考えしか出てこない。
もし返品したいだなんて言ったら……、
ヤクザみたいな人たちが家に大勢やって
来て、脅されるかもしれない。
家の中の物を壊されたり、
荒らされたりして、「金出せ!」って、
取り立てられるかもしれない。
うじうじ考えてたら、アドバイスをくれた。
「クーリングオフっていう制度があるから、
一週間以内だったらキャンセルできるよ。
それに、そんなに怖いなら消費者センターに
電話して相談してみれば?」
当時、クーリングオフ制度が言われ
始めた頃で、私はよく分からず、
言われるがままに消費者センターに
電話をかけてみることにした。
翌朝、緊張しながら電話をすると、
消費者センターの人は、
ものすごく力強かった!
「あなたは悪くありません。何にも悪くありません!業者に電話して、『やめます』『クーリングオフします』と言うだけでいいんです!」
あまりの断言っぷりに、
ものすごく励まされて、ホッとした。
電話を切って、いざダニ取り掃除機の会社に
電話をしようとすると、あんなに力強く
励まされたはずなのに、やっぱり電話ができない。
その時、キキ―ッという音と共に、
トラックが家の前で止まった。
瞬時に身構える。
やっぱり……!!
ダニ取り掃除機の会社に頼まれた
ヤクザみたいな男の人たちが、
大勢トラックから降りてきて、
家に入りこもうとしてる!
もう生きた心地がしない。
吐きそうなくらい恐い。
このまま死んでしまおうかとさえ思った。
すると、チャイムが鳴った。
もう、絶体絶命!
絶望的な気持ちで、息を殺して
窓の外を伺っていると、トラックに戻った
男の人は、いつも荷物を届けてくれる
宅急便のお兄ちゃんだった。
なんだ……。
取り立て屋じゃなかったんだ。
その後、説明書を見直してみると、
クーリングオフのハガキを見つけた。
ハガキが、天使からのプレゼントのように
輝いて見える。
あぁ~、これで電話しなくても
クーリングオフできる!
恐る恐るハガキをポストに投函し、
数日後、その会社から電話があった。
「クーリングオフのハガキが届きましたので、契約はキャンセルしておきました。」
あれぇー?
こんな簡単にキャンセルできる
ようなことだったのかー……。
あんなに怖くて、
死んでしまいたいくらいだったのに。
我ながら、私の想像力(妄想力)は
すごかった……( ノД`)