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日々の嫉み

妄想劇場 7

2018.06.30 10:11


(こちらは完全に妄想の物語です。

実在の人物や関係者とは全く関わりありません。)


仕事




星野さんからの突然の電話からしばらくたつ。

あれから何度かLINEのやり取りはしたけど、この前みたいな電話はなかった。

何だったんだろう…と思ったりもしたけどあえて問い合わせなかった。

きっとただ喋りたかったのよね。

話し相手なんていくらでもいるだろうに。


『ちょっと声が聞きたかったんです。』


その一言に少し胸が締め付けられた。

話し相手はいくらでもいる。でもその中からわたしにわざわざ電話をかけてくれたことに。

素直に嬉しいと思った。

社交辞令かもしれない。相手は芸能人。

どっちのモードでかけてきたのかなんてわからない。


話し声は…いつもの優しい感じだったなぁ…



いかんいかん。

会議中にこんな事をぼんやり考えていてはいけない。


気を取り直して目の前に開いた手帳のページに予定を書き込む。

年末年始は問屋も職人も休みに入る。

年末に挨拶回りで京都に出向くが2日程度で終わりそうだ。

年始は…実家に帰れるかなぁ…


「じゃ、ここの音楽番組の衣装提供の手配。頼んだからね。着付けにも行かないといけないだろうから。よろしく。」


上司の声がわたしの頭の中の予定をぶち壊していく。


え。衣装提供?着付け?ですか?


「そう。先方さんのご指名でね。」


ご指名??


「ご指名。どうしてもお前がいいんだって譲らなかったらしい。芸能人ってのはワガママ極まりないな」


はぁ…。


「いずれ先方さんから連絡があるだろうから。その前に何点か決めといてそこから選んでもらったらいい。

全く。テレビ局にも衣装部はいくらでもあるだろうにな。この年末年始の忙しい時に申し訳ないが頼むよ。」


ちなみにどなたが指名されたんでしょうか?


「ほら、最近よくテレビに出てるやつだよ。なんてったかな?ホシノ…」


ホシノゲンさんですか?


「あーそうそう。」


「おい。顔が真っ赤だぞ?もしかしてファンなのか?」


…ファンではない…気がする。

その後上司になんか茶化された気もするが耳には入らなかった。

突然の出来事すぎて足元がふわふわする。

正直テレビ局に知り合いなんていない。

てことは星野さん自身が事務所に話を通したのか。

わからない。

なんだって突然そんなことになるんだ。

衣装提供ってもどんなコンセプトで着るのかさっぱりわからない。あれか?紅白歌合戦とかで演歌の大御所が着るような紋付き袴か?

そもそも衣装は持ち込みなのか??

全く仕組みがわからないので…悶々と同じ事を考えるだけ。

これでは拉致があかない。いずれ先方から連絡が来ると上司も言っていた。

待ってていいのか…どうなんだろう…

ぶんぶんっと頭を振ってとりあえず目の前の仕事を片付けよう。

考えるのはそれからでもいい。

11月も末だ。夏物の新作発表会ももうすぐ。

その大仕事の担当を任されてる以上手は抜けない。

発表会は12月の頭。準備はほとんど終わっている。あとは無事に当日を迎えて無事終わらせれるかどうか。

全国からいろんな仕入先が来て展示即売していく。

ロットで仕入れていかれるので数字も大きい。







「それでは!新作発表会の大成功を祝して!」

カンパーイ!

終わった。終わったーっ!!!

怒涛の半年が終わった!(次の半年は秋冬の袷単衣を作るので1年の流れはそんなに変わらない)

今までの過去最高の数字を出すことができ、大成功に終わった展示会。

毎回二度と担当なんてやらねぇ!と思うのに終わったあとのこの達成感を味わいたくて担当を任されると張り切ってしまう。

販売の仕事もやっぱり好きなんだと実感出来る。

いつもは飲まないアルコールが足に来る。

フラフラ。


月曜日の最終日の後、片付けはもう明日にしてさぁ忘年会だ!と上司の一声でほぼ全員が集まった居酒屋。

そんなに社員の数は多くはないが、取引先の問屋さんや、商品説明で来てた職人も何人か混ざっている。

フランクな会社だよな…社長筆頭に今年入社の新入社員もみんな笑顔だ。

社長の隣には去年の新人君。その隣に専務がいたりする。新人君は緊張するどころかどんどん飲みな!と言われてガブガブ飲んでる。

飲まされてるって訳ではないのがいいのよね…あの子…

去年も飲んでたもんなぁ


飲んでますかー!?かおるさーん!

と言われないように適度に飲んで食べて笑う。

隣はいつもの上司。


「おい。そう言えばあの音楽番組の衣装提供はどうなった?」


あー。そう言えば何もまだ。


「まだあと2週間あるとはいえもう年末だ。いつでも対応できるようにしとけよ?」


大丈夫ですよ。わたしを誰だと思ってるんですか?


「だよな(笑)だから向こうがお前を指名してきた時断らなかったんだ。普通なら断ってる。」


そうだったんですね。ありがとうございます。


「年末年始の帰省が出来ないだろうけど…頼んだ。」


はい。その代わり成人式開けたら振替お願いします。


「言うと思ったよ!あと、お前気をつけろ?何でもかんでも顔に出るクセ。」


はーい。


いい上司だよ。ほんとに。

もう何年になるだろう。業界のこっち側に足を踏み入れてからずっとこの人の下で働いて、全部教えて貰った(正確には半分以上盗んだ)

上層部とも仲が良く派閥争い(するほど社員の数がいない。)なんかも無く。ただ全員で物作りをやっていくのが本当に楽しくて。こっち側に来てよかったと思う。



忘年会が終わり、程よく酔っ払った状態でマンションまでタクシーで帰った。

お風呂に入って。明日は会場の片付けだし、それで1日終了になる。

年に2回だけ。仕事に洋服(しかもジーパンにロングTシャツとゆー超ラフな格好)を来ていく。

この片付けの日は本気で肉体労働だ。ダンボールを運んで機材を片付けて。トラックに積み込んだり、社屋の倉庫に保管したり。

師走でも汗をかく。

でもいい。明日は自分へのご褒美にあの喫茶店でオムライスを食べるんだ。

そんなことを考えながらお風呂にはいった。




あれ。寝てた?


電話の音がする。

お風呂の中でウトウトしてたのか。風邪引くな。

ちょっと熱めのお湯で身体を温め直し外にでた。


あれ。まだ鳴ってる電話。

誰だろ。時計を見た。11時20分。

ふにゃふにゃにふやけた指でスマートフォンを拾い上げる。

まだかまだかと電話が鳴る。

「星野源」の名前だった。

通話ボタンを押し損ねてスマートフォンがガタガタンと音を立てて落ちた。

慌てて拾い上げた。


もしもし!


「大丈夫ですか?すごい音しましたよ??」


ごめんなさい!電話落としちゃった!


「ボクもよくやります(笑)」


ちょっと酔っ払ってるからですね…すみません。


「かおるさんお酒飲むんだ。」


嗜む程度ですけどね…


「ボクはノンアル専門です。」


飲めないんですか?


「最近はすこーしなら。でも酔うとダメ。」


ふふ。可愛いんですね。


「可愛くはないです!使い物にならなくなるから!」


今日はお仕事終わりですか?


「さっき…やっと雑誌の取材が終わって今楽屋です」


遅くまで大変ですね


ここまで言って思い出した。

仕事!年末年始の音楽番組!ホシノゲン!

酔いが覚めた。


「もー慣れま」


星野さん!わたしを指名したってどういうことですか?

先方から連絡あるって上司からは聞きましたが、連絡ないし。

どうなってるんでしょうか??


「…すみません。年末年始の音楽番組でみんなで着物着たら面白くない?って話になって。ついついかおるさんの名前を出しちゃったんです。連絡はボクがすることになってたんですけど、バタバタで気づいたら4時とかざらで。すみません…」


わたしの名前出して大丈夫だったんですか?


「あ、ちゃんと会社名も言いましたよ?事務所の許可も取ってます。ただ連絡するってのがマネージャーにって話になりかけて。いや、そこはボクが!って押し通しちゃったんです」


それで…今の今ですか。

何考えてるんですか!それでも社会人ですか!

こっちにも準備ってものがあるんです!

どんな着物にするのかとかコンセプトとか。

いろいろ決めてもらわないといけないことたくさんあるんですよ!?


あー。やっちまったー。

酔い(覚めてるけど)の勢いで捲し立ててしまったー。


「…かおるさん。いい声してますねー。」


何を呑気に!

こっちは今か今かと連絡を待ってたんです!

もう年末まであと2週間切ってるんですよ?


「ほんとにごめんなさい。

それは謝ります。コンセプトは決めてあります。

明日あの喫茶店で待ち合わせしてもらえませんか?

ボクの考えた案を聞いて貰いたいんです。」


明日…明日かー。


「難しいですか?」


難しいも何も。明日は確実に汗だく埃まみれ。

オシャレでも何でもない格好だ。

朝バッチリ化粧をして行ったって夕方には崩れまくりで見る影もないだろう。

でも時間がない。仕方ない。


「いえ。大丈夫です。」


ならよかった。ちょっと早く行けそうなんで…4時くらいはどうでしょう?


「わかりました」


ちくしょー。帰って身支度を整える時間すら与えてくれない神様…恨みます。


「じゃまた。明日。おやすみなさい。」


はい。おやすみなさい。


聞きたいことは山ほどある。

あの日の電話(昨日のことのように覚えてる自分が今は恨めしい)のこと。

仕事のこと。なんでわたしなのか。

久しぶりに大きな声を出してしまった。

星野さんビックリしただろうな。いや、「いい声してますねー」なんて呑気なこと言ってた。

穏やかな人…。


電話を耳から30cm離しても聴こえるだろうわたしの声はよく通る。

普段はボリュームを抑えるが…今日はボリュームを絞る前に出てしまった。

謝っとこ。

またスマートフォンの画面を見てLINEを開く。


『先程は怒鳴り散らして申し訳ありません。

電話ありがとうございます。おやすみなさい。』


そう送って。

スマートフォンのお尻に充電コードを刺し足元へポイッと投げた。

寝る。明日は体力だけじゃなく気力も必要な1日になってしまった。


『こちらこそ。連絡が遅くなって本当に申し訳ないです。明日会えるの楽しみにしてます。おやすみなさい。』


どーゆー意味なんだろうこれ。


朝起きたら返事が来ていて読んでドキドキした。

時間が止まった。一瞬だけ。

違う違う。仕事仕事。

それ以下でも。ましてやそれ以上でもない。


首をブンブン振って歯を磨きにベッドから出た。