【琵琶法師 〈異界〉を語る人びと】を読んで
東京は梅雨も明けたらしく、本格的に夏到来の予感でございますね~。夏の風物詩といえばビアガーデンか怪談話と相場が決まっている様でございますが、怪談といえば小泉八雲の「耳無芳一」ですよね~。あっ、どうも常夏ボーイの岩崎(♂)です。
芳一は何故盲目だったのか…? 子供の頃から不思議に思っていた人も多いでしょうが、物語を伝承する盲目の宗教的職能民は、どの地域にも古来は存在していた様でございます。ホメロスや、稗田阿礼(諸説あり)がその代表例でしょう。
その芳一が生業としていた「琵琶法師」という職能民が、現代まで存在していた事を皆様ご存知だったでしょうか!? 僕はとっくの昔に絶滅した人々だと思っていました…。そんな琵琶法師の古代から現在までの実像を研究・記録した兵頭裕己先生の【琵琶法師 〈異界〉を語る人びと】という本をを今回はご紹介させていただきます。
まず、この本は付録のDVDが凄い! 神憑り(トランス)状態の爺様が琵琶をノイジーに掻き鳴らしながら、この世の物とは思えないダミ声で「俊徳丸」を演じ始めるのです! 琵琶法師というと「放浪の芸能民」や「盲目の語部」というイメージが強いですが、この本では民間宗教者としての琵琶法師にもスポットを当てているので、日本芸能史としての書というよりも民俗学の本として読む事もできます。しかし、やっぱり映像の説得力が凄すぎですよ~。
柳田民俗学の「一つ目小僧」等では “神の依代(頭屋)”とされる人が目印として目を潰されたという説が有名ですが、琵琶法師は東北のイタコや沖縄のユタの様に、視覚という主観性・主体性を失う事によって、モノの声を聞ける様になったという “シャーマン(巫)”的な要素が強い様に思われます。
マイブームである甲骨文字・金文を知らべてみますと「臣」という字が目を潰された職能民で、「聖」という字が特殊な耳を持ち、特殊な声を聞く事のできる人の事らしいです。そういえば “聖”徳太子も10人の話をいっぺんに聞いたなんて説話も…。
「職能民」や「聖」は何故組織化され、何故離散するのか? 自分なりに推理しながら読むと、この手の本は知的ゲームとしてとても面白く読む事ができます。皆様にも推理しながら読む事をオススメしたい一冊でした。