観光列車「風っこ」号 乗車記 2023年 夏
トロッコ列車「風っこ」号の運行が、JR只見線のツアーとして企画された。窓が取り外され開放的な車内から景色を見ながら“わっぱ弁当”を食べてみたいと、会津若松~只見間を「風っこ」号に乗車した。
「風っこ」(びゅうコースター風っこ)はJR東日本が所有するトロッコ仕様の観光列車(ジョイフルトレイン)で、東北地方を中心に管内の路線で運行されている。
今回参加したツアーは、只見線の復旧区間(会津川口~只見、27.6km)を上下分離で保有する福島県が主体となって進めている「只見線利活用計画」の、“目指せ海の五能線、山の只見線プロジェクト”の会津地方ならではの企画列車を運行するという企画の一部で、県の「只見線 全線運転再開記念 特設サイト」で告知されていた(JR東日本のプレスリリースの掲載は無し)。 *下図出処:只見線 全線運転再開記念 特設サイト URL: https://saikai-tadamiline.jp/
ツアーの予約はJR東日本びゅうツーリズム&セールス「日本の旅、鉄道の旅」のWebサイトが担い、私は3つのコースから、弁当付きで往路(会津若松→只見)のBコースを予約した。
弁当は、通常「奥会津さとべんとう」だが、追加料金を上乗せし「奥会津わっぱ弁当 結」に変更した。最初に食べるなら「風っこ」号の車内で、と考えていた弁当だ。*下図出処:只見線 全線運転再開記念 特設サイト URL: https://saikai-tadamiline.jp/
輪箱飯(わっぱめし)は、福島県の会津地方や新潟県の郷土料理で、木の板を円筒にして作られた弁当箱(輪箱)に飯と具を入れて蒸したもの。
この輪箱飯が食べられる店で、会津若松市内で有名なのが「田季野」。JR東日本のクルーズトレイン「TRAIN SUITE 四季島」の会津に立ち寄るコースの朝食会場にも選ばれている店だ。この「田季野」のホームページに、次のような記述がある。
「田季野」の由来と曲げわっぱ
昭和45年(1970)夏、私は尾瀬のふもとにある檜枝岐村で500年の伝統を誇る曲げわっぱに出会ったとき、山の民が昼食の弁当に持ち歩くこの器を使い、会津の食材を生かした料理を「輪箱飯」としてお客様に提供したいと思い立ちました...。(以下、略)
*出処:元祖 輪箱飯(わっぱめし) 割烹・会津料理 田季野 URL: http://www.takino.jp/about/#about01
今回の「風っこ」号のツアーで提供される「奥会津わっぱ弁当 結」は、この「田季野」で作られたもので、大いに期待していた。
「風っこ」号の只見駅到着が12時28分頃と、「奥会津わっぱ弁当 結」を昼食として食べるのには少し早い気もしたが、朝食を早めにとって、会津の地酒を手に入れて、「風っこ」号の旅に臨んだ。
*参考:
・福島県:只見線ポータルサイト
・福島県・東日本旅客鉄道株式会社 仙台支社:「只見線全線運転再開について」(PDF)(2022年5月18日)
・福島県:平成31年度 包括外部監査報告書「復興事業に係る事務の執行について」(PDF)(令和2年3月) p140 生活環境部 生活交通課 只見線利活用プロジェクト推進事業
・拙著:「次はいつ乗る?只見線」カテゴリ ー観光列車ー / ー只見線の夏ー
今朝、自宅を出て郡山駅に向かった。すでに強い陽射しが照り付け、痛いほどだった。
切符を購入し、改札を通り1番線に停車中の列車に乗り込んだ。
6:52、磐越西線・会津若松行きの列車が出発。
沼上トンネルを抜けて中山峠を越え、会津地方に入っても夏の青空が広がり、猪苗代を過ぎると、正面に「磐梯山」(1,816.2m、会津百名山18座)が見えた。
8:08、会津若松に到着。駅舎上空は、気持ちの良い青だった。
駅構内の改札脇売店前には簡易テーブルが置かれ、腕章を付けたスタッフが『「風っこ」号乗車の方、受付はこちらです』と声掛けしていた。
私もテーブルに歩み寄り、名前を告げ受付を行った。受け取った、団体旅行専用の切符には、“1号車3番A席”という座席番号が記されていた。今回の旅行商品は相席で座席指定不可ということで心配していたが、A席ということで、窓際が確定しホッとした。
受付では切符の他に、パンフレットと車内販売品(会津柳津駅以降)のリスト、そしてバッグにもなる、オリジナル座布団が手渡された。「風っこ」号は木製ベンチタイプなので、座布団を乗客全員に配ることになったようだった。
待合室で時間を潰し、「風っこ」号が入線するホームに連絡橋を渡り向かうことにした。3番線の列車表示には“団体専用 9:13 只見”と表示されていた。
2-3番ホームに向かい「風っこ」号の入線を待っていると、まもなく車庫から2両編成の車体が動きはじめた。そして、引き込み線を利用した進路変更を行い、ゆっくりと3番線に入ってきた。
ホームには、平日ということを考えると驚くほどの客であふれ、列車が停車すると次々に乗り込んでいた。隣の4-5番ホームには、只見線の上り2番列車が回送列車となり停車していた。
客は、中高年が圧倒的だったが、祖父母に連れられてきたと思われる子どもの姿もあった。
列車が停車した姿をいつもの場所から撮影しようと、連絡橋に上った。北東にそびえる「磐梯山」はくっきりとは見えなかったが、夏らしい一枚が撮れた。
「風っこ」号の先頭付近では、記念撮影をする方が絶えなかった。出発前から旅気分を上げ、客を笑顔にさせる観光列車の力を思った。
列車の出発時刻が近付くと、駅職員がホームに集り、法被などを纏い「風っこ」号見送りの準備を始めた。
私は、後部車両となる1号車に乗り込んだ。
車内は、全てのBOX席に3人前後が座っているという混雑ぶりだった。
私の席は進行方向の左側かつ背を向ける場所で、向かいには1人の男性客が座った。
9:13、「風っこ」号が会津若松を定刻に出発。ホームでは多くの駅職員が繰り出していて、横断幕を広げ、手を振り旗を振り見送ってくれた。
「風っこ」号は七日町、西若松と市街地を駅を通過し、大川(阿賀川)を渡った。上流には「大戸岳」(1,415.9m、同36座)の堂々とした山塊が見えた。
会津本郷を通過した直後に会津若松市から会津美里町に入った「風っこ」号は、会津平野の田園地帯を進んだ。会津盆地の北西に位置する「明神ヶ岳」(1,074m、同61座)、「博士山」(1,481.9m、同33座)も、夏空の下に見えた。
会津高田を通過し、「風っこ」号が進路を西から真北に変えると、東にうっすらと「磐梯山」が見えた。
「風っこ」号は根岸、新鶴を通り過ぎて進む。西部山地に向かって広がる緑稲の絨毯は美しく、開け放たれた2席分の大型の窓枠からの眺望は圧巻だった。
車内では、この田園風景を見ながら、ビールを呑んだ。開放的な「風っこ」号の中で呑むビールは、最高に旨かった。
「風っこ」号は会津坂下町に入り、若宮を通過し、会津坂下で信号待ちで停車後にまもなく再出発。七折峠に入り、塔寺を経て下り坂に入り、第一花笠-第二花笠-元屋敷-大沢と続く四連トンネルを軽やかに駆けた。白熱灯の淡い光が、車内を良い雰囲気にした。
会津坂本を通過する際、「キハちゃん」の笑顔に見送られた。*参考:会津坂下町「只見線応援キャラクター誕生!!」(2015年3月13日) https://www.town.aizubange.fukushima.jp/soshiki/2/3337.html
10:16、「風っこ」号は、柳津町に入り、会津柳津に停車。JR東日本から町に無償譲渡された駅舎は、改修工事でホームを覆う屋根が取り外されていた。
*出処/下掲:(左)福島民報 2023年4月13日付け紙面 / (右)柳津町・東日本旅客鉄道㈱「只見線会津柳津駅駅舎譲渡に伴う調印式の実施について」(2023年4月5日)URL: https://www.jreast.co.jp/press/2023/sendai/20230405_s03.pdf
この駅では、車内に持ち込みがあった。
「風っこ」号乗車の旅で、往復(Aコース)と復路(Cコース)の客に提供されるあわまんじゅうと沿線お土産のセットだった。
ただ、私が選択した往路(Bコース)の客に郵送したツアーの資料に、誤ってこのセットが付くと記載をしてしまったため、今回は特別にBコースの客にも付くようになった。
あわまんじゅうは「はせ川屋」と「いなばや」の2個入りで、沿線お土産は金山町の天然炭酸水、只見町の麺(只見ブラック)、そして南会津町の南郷トマトジュースだった。
「風っこ」号が動き出し、「奥会津わっぱ弁当 結」を食べることに。弁当は、会津坂下駅出発後に配られていて、輪箱を包む風呂敷は、薄い朱色だった。
包みを開き、二段重ねの輪箱の蓋を取る。上段の、やや小ぶりの輪箱に飯、下段はおかずだった。輪箱飯は、“只見線特設サイト”での案内通り、茸とぜんまいのもので、和風だしの良い香りが立ち上がった。
おかずの彩りは鮮やかで、想像以上の見た目で、嬉しくなってしまった。内容は、ほぼ“只見線特設サイト”通りだったが、唯一、「アスパラ馬肉巻き」が「アスパラベーコン」に変わっていた。
おかずの内容 *上記画像の時計回りに
・笹巻てんぷら ・わらび玉子焼き ・みょうが甘酢漬け ・会津焼き
・アスパラベーコン ・しめじ炒り煮 ・鬼ぐるみ味噌 ・ぜんまい煮 印元
・肉団子 ・椎茸かぼちゃコロッケ ・うち豆のかき揚げ
日本酒を用意し、食べ始めた。おかずを酒の肴にし、〆に輪箱飯を頂くことにした。
今回、日本酒は名倉山酒造(会津若松市)の冷酒「生貯蔵酒 名倉流」を選んだ。保冷バッグに入れ、しっかり冷やしておいた。
「奥会津わっぱ弁当 結」のおかずは一品一品の味がしっかりしていて旨く、冷酒との相性も良かった。中でも「鬼ぐるみ味噌」は濃厚な旨味で一粒で酒がグイグイ進んでしまうようで、「椎茸かぼちゃコロッケ」は双方の味が絶妙に交わり唸ってしまう旨さで、それぞれ際立っていた。
輪箱のおかずを肴に、冷酒をチビチビ呑みながら「風っこ」号の開け放たれた車窓から只見川(ダム湖)と、それを包み込む緑豊かな自然を見るのは至福の時間だった。
おかずを食べ終え、輪箱飯を頂くことに。
茸とぜんまいは、それ単独でも酒の肴になるほどの風味と塩味で、飯には香り豊かな出汁の効いたつゆがしみ込み、蒸したことが実感できるモチモチ感と柔らかさだった。この具と飯を一緒に口に入れると、旨味が広がり、笑みがこぼれた。期待に違わぬ旨さで、充実のおかずとともに、「風っこ」号の旅をより良いものにしてくれた。
「奥会津わっぱ弁当 結」を食べながら見た風景。
「風っこ」号は郷戸を経て滝谷を通過後に橋梁区間に入り、只見線内で川面から一番高い場所を通る「滝谷川橋梁」を渡った。大きな窓なので、その高度感を十分に感じることができた。*以下、各橋梁のリンク先は土木学会附属土木図書館デジタルアーカイブス「歴史的鋼橋集覧1873-1960」
三島町に入り、会津桧原を経て桧の原トンネル内で減速し始めた「風っこ」号は「第一只見川橋梁」を渡った。柳津ダム湖(只見川)の湖面には水鏡が現れ、周囲の緑や空を映していた。*柳津ダム湖は東北電力㈱柳津発電所・ダムのもの / *参考:東北電力㈱「水脈(みお)の里探訪~ダムの美しき世界~」URL: https://www.youtube.com/playlist?list=PL2fJtyg4ISoLUFG2sauq5jckq-sOjkzYF
上流側、駒啼瀬渓谷の上部にある「第一只見川橋梁ビューポイント」の最上部Dポイントにカメラを向けてズームにすると、誰も居なかった。平日で、この陽射しと暑さを考えれば当然か、と思った。
列車は、止まってしまうのでは、と思えるほどの“観光徐行”をしてくれたので、下流側の景色も眺めることができた。
続いて「風っこ」号は、会津西方を通過直後に「第二只見川橋梁」を渡った。
“超徐行”の“観光徐行”はありがたく、反対側の空き座席付近に移動し上流側を眺めることができた。「三坂山」(831.9m、同82座)は陽光を浴び、山容が見えた。
「みやしたアーチ3橋(兄)弟」の長男・大谷川橋梁を渡る際は、上流側の三男・新宮下橋(国道252号線)を眺めた。*参考:三島町観光協会(観光交流館からんころん)「『みやしたアーチ3橋(兄)弟』のビューポイント」(2013年6月16日) https://blog.goo.ne.jp/mishimakankou/e/e93620f5690ee4e3adf6d1124b2f46e5
10:42、会津宮下に、信号待ちのため一時停車。引き込み線には-レールを積んだ作業車が停まっていた。上下分離方式で福島県が保有することになった復旧区間(会津川口~只見 間)でも、レールの交換作業は必要になり、県負担の費用が発生するのだろうと思った。
会津宮下を出て、東北電力㈱宮下発電所と宮下ダムの脇を駆け、「風っこ」号は「第三只見川橋梁」を渡った。ここでも“観光徐行”され、ゆったりと橋上からの景色を眺められた。結果、“観光徐行”は第八橋梁まで行われた。*只見川は宮下ダム湖
早戸を通過すると、近くの船着き場に中型バスが停車し、只見川(宮下ダム湖)に客を乗せた和舟が見えた。
「風っこ」号は、三島町から金山町に入り、8連コンクリートアーチ橋・細越拱橋を渡った。
下大牧集落の背後を通ると、前方に山肌に雪食地形・アバランチシュートを持つ山々が見えた。*参考:福島県会津地方振興局「只見川の自然」/ 国土地理院 「日本典型地形について」6.氷河・周氷河作用による地形 「アバランチシュート」
会津中川を通過すると、「第四只見川橋梁」を渡った。東北電力㈱上田発電所・ダムが上流近くにあり、水深が浅いため川床が見える時もあるが、今日は川幅いっぱいに水が流れていた。
中川地区に入ると、大きなトタン屋根の集落が細長い田園に沿いに続いた。背後には雪食地形・アバランチシュートの山肌が見え、ここが奥会津、只見線沿線と分かる長閑な光景が窓枠いっぱいに広がった。
会津中川を通過した「風っこ」号は、速度を落としながら只見川(上田ダム湖)の右岸に沿って右に大きく曲がり進んだ。窓枠が大きく横に長いため、川に突き出た緑に囲まれた大志集落をゆっくりと眺めることができた。*参考:福島県生活環境部自然保護課 ふくしまグリーン復興構想「大志集落俯瞰とかねやまふれあい広場からの大志集落」
11:11、会津川口に停車。向かい側には12時29分発・会津若松行きの列車が待機していた。
会津川口を出た「風っこ」号は、「平成23年7月新潟・福島豪雨」被害で運休していた(2011年7月29日~2022年10月1日)区間を駆けた。
只見川(上田ダム湖)右岸を進み「第五只見川橋梁」を渡り始めると、復旧工事で架け替えられた真新しい橋桁と、使用が継続された錆びついた下路式トラスが良く見えた。
本名を通過すると、上路式から下路式に架け替えられた「第六只見川橋梁」を渡った。東北電力㈱本名発電所・ダムの直下ということで水深が浅く、川床の石にぶつかる水流が見えた。
11:22、本名トンネルを抜け、「風っこ」号は「民宿 橋立」の駐車場の端に立つ、只見線(135.2km)の中間点を示す看板前を通過した。
「風っこ」号は、会津越川、会津横田を経て「第七只見川橋梁」を渡った。この橋も、復旧工事で上路式から下路式に変更され架け替えられた。*只見川は本名ダム湖
会津大塩を通過したころ、旅行会社のスタッフから“記念乗車証”を渡された。裏面には“主催:福島県”と記されていたが、乗車日欄は空欄だった。日付スタンプを押すか用意するなど、あと一手間が欲しいと思ってしまった。
「風っこ」号は滝トンネル(1,615.2m)を抜けて、只見町に入った。
只見川(滝ダム湖)の左岸には、十島集落とその背後に「鷲ケ倉山」(918.4m、同71座)が見え、湖面にも映り込んでいた。*滝ダム湖は、電源開発㈱滝発電所・ダムによるもの
会津塩沢を通過してまもなく、「風っこ」号は「第八只見川橋梁」を渡った。橋桁などの流出を免れたこの橋は、復旧工事で橋脚や路盤の強化に重点が置かれた。*只見川は滝ダム湖
宮原集落を抜けて右に大きくカーブすると、蒲生原の田園地帯越しに「浅草岳」(1,585.4m、同29座、只見四名山)が見えた。
会津蒲生を通過し、八木沢集落の背後を駆けた「風っこ」号は、只見線内最長となる「叶津川橋梁」(372m)を渡った。
叶津川を渡ると、北東の方向に“会津のマッターホルン”に相応しい「蒲生岳」(828m、同83座、只見四名山)の山容が見えた。
「風っこ」号の車内では終点を告げるアナウンスが入り、列車は速度を落としながら進んだ。前方の霞んだ空の下には「会津朝日岳」(1,624.3m、同27座、只見四名山)の稜線が見えた。
12:03、「風っこ」号は、只見に無事に到着。「奥会津わっぱ弁当 結」は美味しく内容も充実していて、更に輪箱飯の茸とぜんまいという山の幸を、“観光鉄道「山の只見線」”で観光列車に乗って食べる贅沢に幸せを感じ、只見線の可能性を改めて思った「風っこ」号乗車の旅になった。
「風っこ」号からは続々と客が降り、ホームと駅舎とつなぐ連絡道は混雑した。
この「風っこ」号は会津若松に向けて折返し運転(13時10分発)となるが、『座席が変更になる可能性があるため』全員下車となり、往復で利用する客も車内で過ごすことはできなかったようだ。
私はホームで写真を撮った後、駅舎に向かった。駅頭の全線運転再開カウントボードは、昨年10月1日から298日目を表示していた。
駅頭には2つのバス停標識も置かれていた。
「自然首都・只見号」は旧国鉄の未成線・古町線の敷設想定地域を進み会津鉄道の会津田島駅に向かう便と、田子倉(ダム)展望所など周辺の観光スポットを巡る周遊便の2便。
会津バスの「奥会津ぶらり旅」は、会津若松行きと田子倉(ダム)展望所までの周遊便の2便。双方とそれぞれの時刻表が掲げられていた。*参考:只見インフォメーションセンター「観光周遊バス「自然首都・只見号」の運行について」/ 会津バス「奥会津ぶらり旅」 URL: https://www.aizubus.com/sightseeing/bus/okuaizu_burari
「風っこ」号下車時に、『駅前には只見線広場があり、お土産品の購入や飲食ができますので、どうぞお立ちよりください』という車内放送があった。
(合)ねっかの「只見駅前醸造所」は休みのようだったが、土産店と軽食スペースがある店舗と「味付けマトンケバブカフェ」は、多くの客で混雑していた。客のほとんどは「風っこ」号から降りた客のようだった。
私は、14時35分発の会津若松行きの普通列車に乗るため、約2時間の待ち時間で只見川の只見ダムまでを歩いて往復することにした。
まずは、駅の南側にある宮道踏切に移動し、停車中の「風っこ」号と、先月登った「柴倉山」(871.1m)を眺めた。
「只見線広場」の背後に広がる敷地では、「宮前遺跡」発掘調査が行われていた。縄文から弥生時代にかけての遺跡だという。
国道252号線に出て、歩く事25分で、只見ダムの芝生に覆われたロックフィルの堰堤が見えてきた。
13:00、電源開発㈱只見ダム・発電所に到着。
堰堤上の道を歩いて中央部に進み、3km上流側にある電源開発㈱田子倉ダム・発電所を眺めた。田子倉ダムは、約5億㎥と国内第3位の総貯水容量があるため、発電や増水時の放水で下流域に影響を与えないよう逆調整池が必要だという。当初、滝ダムが田子倉ダムの逆調整池だったが、現在只見ダムがこの役割を担っている。
田子倉ダムの背後には、猿倉山(1,455m)から横山(1,416.7m)の稜線に現れる“寝観音”様がおられた。
“寝観音”様は田子倉ダムにせき止められた白戸川と只見川が作る入江、海に突き出た半島のような場所に横たわっておられ、この地は最高峰の杉村岳(1,534.6m)から“杉村半島”と一部の登山者の間で呼ばれている。*下図出処:国土交通省 国土地理院「地理院地図」URL: ttps://maps.gsi.go.jp/ *赤線と青線の囲みは筆者
只見ダムの堰堤から下流を眺めた。只見川は約2㎞先の伊南川合流点まで両河岸がコンクリート護岸されているので、只見発電所の躯体と合わせ人工的な眺望だった。
また堰堤から、振り返って国道252号線方面を眺めると、中心の奥に「浅草岳」が見えた。
只見ダム周辺の眺望を楽しみ、只見駅に戻ることにした。
帰りは別の道を採り、まずは「奥会津ただみの森 キャンプ場」の中を通り抜けた。平日ということで客はいないのでは、と思ったがソロ用のテントが1張あった。
「奥会津 ただみの森キャンプ場」を通り抜け、只見川の右岸沿いを歩いていると、前方に先月登った「柴倉山」と、その左奥に尖がった「蒲生岳」が見えた。
国道289号線にぶつかり左折し、只見川に架かる常盤橋を渡り上流側に目を向けると、「浅草岳」の左側に「高積山」(1,015.6m)のこんもりとした山容が見えた。
「高積山」は二等三角点峰で、私選“只見線百山”の候補に入れている。今秋、都合がつけば登ってみたいと思っている。
途中、三石屋と松屋に立ち寄り軽食と飲み物を調達し、只見駅に戻ってきた。
駅舎を抜けてホームに行くと、まもなく小出方面からヘッドライトを点けたキハ110系がやってきた。後部車両がキハE120形の2両編成だった。
列車が停車し、後部のキハE129形に乗り込むが客は多く、唯一空いていた1×1BOX席に座ることができた。
14:35、会津若松行きの普通列車が只見を出発。この後は、会津若松市の七日町で下車し、市内の居酒屋で地酒を呑み、蕎麦屋で〆のそばを食べた。→次項「会津若松市「居酒屋 籠太」「手打ちそば・うどん 徳一」 2023年 夏」参照
(了)
・ ・ ・ ・ ・
*参考:
・NHK:新日本風土記「動画で見るニッポンみちしる~JR只見線」 *2008年放送
・産経新聞:「【美しきにっぽん】幾山河 川霧を越えてゆく JR只見線」(2019年7月3日)
・福島県 :只見線管理事務所(会津若松駅構内)
【只見線への寄付案内】
福島県はJR只見線全線復旧後の「上下分離」経営での維持費や集客・地域振興策の実施費用として寄付を募集中(クレジット可)。
①福島県ホームページ:只見線復旧復興基金寄附金
・只見線応援団加入申し込みの方法 *現在は只見線ポータルサイト「只見線応援団」URL:https://tadami-line.jp/support/
②福島県:企業版ふるさと納税
URL:https://www.pref.fukushima.lg.jp/sec/16005g/kigyou-furusato-zei.html
[寄付金の使途]
(引用)寄附金は、只見線を活用した体験型ツアーや周遊ルートの整備、只見線関連コンテンツの充実化等に活用させていただきます。 沿線地域における日本一の秘境路線と言われる観光資源を活用し、更なる利用者の拡大と認知度向上を図ります。
以上、宜しくお願い申し上げます。