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東洋式疑似餌釣研究所

夏の匂いと蝉時雨

2018.07.04 02:00

ルアーフィッシングが現代ほど細かくカテゴライズされていない時代の話は私のブログで幾度となく登場する。


それは遠い夏の記憶から始まる。


少年時代に憧れたものは、プロ野球選手でもヒーローでも無くて大先輩にあたる方々がしていた70年代~80年代のルアーフィッシング、フライフィッシングだった。 


その頃の情熱のまま変わらずに釣りを続けている。今の私が釣りをしている理由の根源は、原風景はそのころに芽生えた。


たくさんの仲間に出会った。

たくさんの釣り場へ出向いた。

たくさんの魚を釣ったのだ。


しかし、釣りに関しては、もうたくさんだ。

とは成らずに済んだ。


釣りをしたい気持ちはあの頃と何も変わらない。変わったとすれば、釣りを取り巻く時代と風景だろう。


まだ昭和だった頃、生まれ育ったのは関東の田舎町だったから、近くには荒川や元荒川、農業用の水路や溜池があり釣りや魚取りをするのは子供なら誰でも通る遊びだった。


子供からすればルアーは高価な代物。


今よりもずっとルアーフィッシングの釣具は限られていて、手に入れる事が困難でこの釣りにおける本物の道具は全て海外製(舶来品)だった。


国産のルアーは海外製品のコピー品や模造品も多かったし、ロッドやリールに至ってはABUやミッチェル、ガルシアやフェンウイックを容易く買える子供は居なくて、実物を見るのも、遠い都会のプロショップか、フィールドで見かける先輩アングラー達が誇らしげに使っている姿を見るくらいだった。


当然、小遣いを握りしめて都会のショップに行くのだが、先月見かけた欲しいカラーのプラグは売り切れていたり、綺麗に本物そっくりに作られたハンドメイドルアーは値段が一桁違っていたり、刺激的なことに溢れていた。


それでも欲しいプラグを手に入れたいときは遠く関西のショップに電話で問合せをして書留で現金を書留で送り、商品を届けてもらう、今はネットに変わってしまった、通信販売で買うしかなかったのである。


ブラックバスは当時、希少な魚で限られたフィールドでしかその姿を見ることが出来ない夢の魚だった。バスを大切に扱い保護してフィールドを守るというのがスポーツフィッシングの愛好家達には当たり前の思想だった。


当然、手の届くフィールドが現れるまでは、

小魚の活き餌で釣れる、ライギョやナマズがメインだった。後から夢中になるイワナやマスやヤマメ等は別世界の話だった。


私が中学生に上がる頃には、ブラックバスが釣れてる野池の話がチラホラ聞こえてきた。


やがてルアーフィッシングにおける地域のアンテナショップ的な釣具店にも辿り着いていた。


手書きで書かれた野池の地図をもらい。

釣行の計画を立てる。


釣り場に行く手段は自転車。


明け方を待たずに午前3時。


こっそり炊飯器の残り飯をラップでくるんで握り飯をつくる、適当に塩とかふりかけとか鰹節とかを仕込んで出来上がる。


ありがたい事に、時には母がそれを作ってくれている。


それを三段開きのオールドパル製タックルボックスの底に放り込むと、自転車の荷台にゴム紐で縛り、薄明かるくなる頃、釣り仲間の家に到着する。


一時間で到着出来れば近いほうで、時には3時間くらい必死に走って到着する釣り場もあった。


雑誌や入門書にバスフィッシングは障害物を狙えとある。


朝靄のファーストキャスト。

木陰のワンド。

倒木の下、水門、斜めのコンクリート護岸。

ガードレールの下。

水草の脇、桟橋の影。


けど 釣れないんだ。

何回行ったとて、バスが釣れない。


むしろ、根掛かりを外しに泳いでるか、木に登ってるか、バックラッシュしてパーマネントした黄色いストレーンを必死にほどいているかの何れかだ。


釣れない事が当たり前、釣れたら奇跡。 


ルアーでバスを釣りたい衝動に、何を疑いもせずに真っ直ぐ行動していたのだろう。


斜めから見ること等は少年の私には出来やしない。ひたすら通い尚も通い突き抜けるまで進んで行く。


それでも何よりも楽しかった。


仲間の笑顔や笑いは絶えた事はなかった。


ある日、一匹のバスを釣ることができた。

5月の晴れた暑い日だった。


それからは、ひとつ、またひとつと時折バスは釣れてくれた。

当時、得意なルアーはラパラだった。

バスは小魚を食べていて、小魚に似たルアーが一番釣れるのだと信じて疑いもしなかった。

釣れる事は素晴らしい事。


でも、釣れない事が著しく劣るなんて事は無い。


釣れない事で毎回腐ってたら、釣りなんか出来ない。


この先、何回でも言うだろう。


魚が釣りたいから釣りをしているのじゃ無くて、この釣りが心の底から好きだから釣りをしているのだと。