ディア・カンパニー
アメリカにいる間に絶対行きたいと思っていたもうひとつの建築、エーロ・サーリネンによるディア・カンパニーを訪れることができた。ミースのファンズワース邸からさらに1時間半ほど西へ、シカゴ市内から行くと2時間半ほど車で走る距離にある。
建物の英語の正式名称はJohn Deere World Headquartersである。ディア・カンパニーはアメリカを代表する農耕作業機械の会社であり、サーリネンが設計したのはその本社屋および展示棟だ。展示棟は年中無料で見学できるので建築好きにとってはとても嬉しい。
デザインとしては、何から何まで黒く塗装された鉄骨で構成した、鉄骨表現主義を追求したものだ。実は、非常に似た印象の建物として日本の香川県庁舎があり、丹下健三の設計によるものである。
サーリネンの作品のテイストは多岐にわたる。MITチャペルのようなクラシックなレンガ造のものから、TWAターミナルのように鉄筋コンクリートでの流線型の造形にこだわったもの、クレスジ・オーディトリウムのようにドーム屋根の構造表現主義のものなどと作風に統一感がない。それがサーリネンの評価を曖昧なものにしているとも言われる。
今回訪問したディア・カンパニーは、丹下健三の香川県庁舎にインスピレーションを受けたものらしい。香川県庁舎は、日本の伝統建築の木材の交わり方、軒裏にある影や奥行きを鉄筋コンクリートのモダニズム建築によって表現している。エーロ・サーリネンはそれを雑誌でみて「俺は鉄骨でこれをやってやる!」と言い、ディア・カンパニーを設計したとのことだ。
そんな逸話がある一方で、どんなスタイルでも最高のクオリティの建築を作ってしまうのがサーリネンのすごいところだ。現地で見てみると、外観の鉄骨で構成されたバルコニー、ルーバーがファサードに繊細かつ奥行きのある表情を与えているのがよく分かる。
中に入ってみると、3辺がガラスとその向こうの緑によって囲まれた巨大な空間がある。内装・構造体とともに黒で統一されており、その中では、ディア・カンパニーの企業カラーの鮮やかな緑で塗装された農耕機械、鉄骨の柱やサッシに縁取られた周辺の豊かな自然がひたすらに映える。床などは日本にあれば昭和の匂いがしてしまうような黒のテカテカな素材なのに、周囲の緑が映り込むバックグラウンドとして機能していてとても良い感じだ。
日本の寺社建築にあるような自然に向き合う開放感と、アメリカの工業的なざっくりさを兼ね備えたような、とても格好良い上に美しい空間だ。
この、サーリネンの建物の美しさに対する感覚というものは一体何なのだろうか。先述したように常に新しいテイストに挑戦しているのにも関わらず、出来上がったものは徹底的に洗練さたものになる。ディア・カンパニーなんかは鉄骨表現主義の建築で世界で一番美しいのではないか。
おそらく、どんな時でも、そのデザインのスタイルに関する洞察が徹底しているのだろう。そこにある本質的な美とは何か。何が無駄で何が饒舌か。その咀嚼の力がものすごい上に、建築主や周辺敷地の条件に完璧に対応させたものを作ってしまうのだから手がつけられない。
ディア・カンパニーの建物は、丁寧にメンテナンスされ、建った時のピカピカな美しさを今も失ってないように見える。どんなスタイルでも、どんな新しい分野でもそれを咀嚼し徹底的に洗練させる。そういう志を常に持てるような人間になりたいと思った。