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ケアマネ矢田光雄のひとり言

スクリーンの向こうに

2023.06.21 07:12

名古屋市のことである。「名古屋城天守の木造復元」をテーマとする市主催の市民討論会で障がい者用の昇降機の設置を求める障がい者に向かって、「我慢しろって話、どれだけ我儘なんだ!」と言い放つ人がいたとの報道に驚いた。同調者も何人かおられたとの事。子供ではない、立派な大人である。いくらなんでも・・・。

このブログにも何度も書いているが、人は、人を規制できる倫理を自力で獲得することは出来ない。抗うことの出来ない理屈は作れても、行動を「かくあるべし」と強制することは出来ない。法に触れなければ何を言っても可だし、いわんや心の内で思うことは、誰も、神すらも止めることは出来ない。

それでも「我慢しろよ!」とは・・・。

・・・言えないでしょ。

山田洋次を扱ったドキュメント番組である映画の撮影終了日を越えて監督があるシーンを追加で撮ったというエピソードが紹介されていた。それは小津安二郎監督作品の有名なシーンのようで山田監督は急ごしらえではあるができる限りセットを忠実に再現、情感を含めカメラに収めようとしていた。後進へのテキストとして残しておきたかったと監督は言っていたが、しかし、私はカメラレンズを通して彼(監督)が逆にその世界に入っていこうとしているような錯覚に陥った。そういえば当の出来上がった作品の中でもスクリーンの人物(ヒロイン)が現の世界の主人公を引き入れるというシーンがあった。あれは監督自身の願望を映像化したのだろう。

この国に住む多くの人がこの日本社会の移り変わりを眺めながら、あの世へと旅立とうとしている。彼らには、もはや伝えるべき言葉の残余はない。ただただコマ送りの映像を見ているだけである。そうして別の世界からの誘いに身を委ねようとしているのである。

私も、ただそれを静かに見送るだけである。

令和5年6月21日