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あたらしい手にさわる

100キロを渡すもの

2023.06.22 15:00


手の甲にシミができた。

気づいたのは雨降りの車の中だった。

小鳥の爪で傷だらけになった手の甲は赤いぽつぽつが乗っかって

よく見ると肌色よりはちょっと濃い色のシミが浮かんでいる。

3月になってから9時頃から昼前までの日光浴が日課になっていたので、

春の紫外線をたっぷり浴びた肌が、当たり前に話し出したように思える。

湿度でフロントガラスがくもっている。

昨日28歳になった妹が運転する車の中で、

わたしったらこんなふうに歳を重ねていくのだろうね、

いつかしわくちゃのおばあちゃんになるのだろうね、と

あるかどうかもわからない未来をぼんやり思った。

2021/04/29



お昼に妹とお母さんにお迎えに来てもらってドライブに出かけた。

妹の就職先が山の上なので、道を見ておかないと通勤用の車を選べないから。

トンネルを越えて、ダムを横切って、山の上に到着したらぱあっと視界がひらけて

北海道みたいな風景が広がっていました。緑が優しいのね。


手を洗いすぎぬようにね愛してたからねそれだけは確かだからね / 雪舟えま


北海道といえば雪舟えまを思い出す。

今日はうんと悲しい日だった。

目に優しい緑と家族の談笑と。

悲しい日だった。


今日出会ったあなたにわたしたちはいつか別れるのだねと思う。

それはなんでもないことだ、と書いたことがある。

でも今は淋しい。

本当はずっと、本当は、誰とも、もう、別れたくないんだよねって笑ってる。

2022/09/22



車の助手席はわたしの席。

家族で外食をした帰り道。

窓を開けると野焼きの匂いがする。

街のどこを走ってもまんべんなく、均等に、その、匂いがする。

電子タバコの水蒸気は空に返す。

2022/10/16



そうだった。

車に乗るのが好きではあるものの、

ライセンスを失ったわたしは車を運転することが叶わない。

若いのになんで返したの、とか

不便じゃないの、とか

訊かれるけれどわたしの発達の特性上、仕方がないことなのだ。

(そしてこの文明の利器は簡単に死んだり死なせてしまったりすることがこわい。その舵取りをするのがこわい。)


お母さんや妹と車に乗る時、わたしはスマホを触りながら言葉を書いていることが多い。

車の中で書きつけることは、ほんの少し生き死にについてのあれこれを孕んでいる。

そういう速度をもっている以上、これもまた仕方のないことなのかもしれない。



最近は、恋人の車に乗っていることが多い。

わたしは恋人の安全なやわらかい運転と、よく跳ねるかたい足回りのその車が好きだ。

20歳の時に買ったのだという彼の愛車に煙草の火種を落としてしまったことも、

初めて会った日(そう、合わせて12時間のドライブをしたあの時)

わたしを送り届けるためにその車に乗り換えようと家に帰った彼を

真っ暗な夜道でひとり少し不安になりながら待ったことも、

いつも汗も気にせず手を繋いでいることも、

周りを走っている車のことをやいのやいの言っていることも、

音楽を爆音でかけたり、わたしだけ大きな声で歌ったりすることも、

片道100キロあるわたしと彼の家の距離を走る間の会話や間や沈黙も、

ほとんど彼を眠くさせてしまう(今ではもう慣れてしまった)高速道路も、

知らない場所に行く時、いつもワンテンポずれるわたしのナビも、

恋人のちょっと眉間に皺のよった真剣な横顔も、

どんなことも覚えていたいと思う。忘れたくないと思う。


写真をはじめた頃、わたしはえらくこわがりだった。

恋人を亡くしたあとだった。

身に起きること、その周りで起こること、すべて忘れてしまったり、忘れられてしまったり、自分が忘れたらすべてなかったことになるんじゃないか、それからわたしはこわさから手を動かし始めた。


「生を預かること、そして、死を預けること」

写真を撮りながら考えていたこと。

そこに届きたかった。

願うことはなくなり、祈るようになった。

(願いは自分から発せられるもの、そして祈りは声を聴くことだと今も信じている)


そして薄々気付いていたことをーけれど視ていなかったことにピントが合ったー今、恋人が運転する車の助手席で書いている。

恋人はわたしのいのちを預かってくれている。

わたしは恋人になんの気もなくいのちを預けている。

当たり前のように横たわっている覚悟に怖気付く。

それはわたしが手放したものであり、隣ではしゃぐわたしには想像ができない領域のものだと思う。

ふたり繋ぐ手を往き交うものがあるとすれば、「どうかご無事に」というお互いの気持ちなのかもしれない。

こんな気付きをどんな風に云えばいいのかわからないけれど、ほとんど忘れて気楽に浮かんでいたわたしは、巡り会った恋人から覚悟や祈りを改めて教えてもらった、ということだ。


さて、初めて会った日だけが、わたしたちが恋人同士でなかった日だった。

わたしは壁を作るように自分の過去の話をたくさんした。

(ほとんどわたしが話していたから、本当に12時間喋っていたと思う)

車の中というのは物理的な距離が保たれる。

表情も基本的には横顔までしか見られない。

その中でしか話せないことがあるとして。


いつも笑っていられるわけではないだろう。

いつも夢を語れるわけでもないだろう。

現実にぶつかって疲れてしまっても

それでも、きっといつだって似合うのは今とこれからのこと。


だから、いつか、あなたと、

海賊のはなしをしたい。

オーパーツのはなしをしたい。

王様の座る椅子のはなしをしたい。

ウエディングドレスのはなしをしたい。






お題「車」