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シーズーと一緒に映画

シーとマリア Part3

2018.07.23 17:01



ネコの耳



ノースポールは、消えていました。

ついこの間まで、この狭い庭に、可憐な少女のように咲き乱れていた、中心が黄色の白い花たちは、すっかり姿を消していました。

初夏が訪れ、暑さに耐えきれなくなって、舞台から隠れてしまった乙女のように…

後には、無機質な土が、人の手で整えられていました。


そして、まだ夜が明けたばかりだと言うのに、朝陽は眩しいくらいに、誰もいない小さな庭を、あたたかなオレンジ色に輝かせていました。


愛犬のシーズーのシーは、歩道沿いの木製の庭柵の下で、ハアハア言って腹ばいになっています。


シー

もう少し待ってて


もう約束の時間は、過ぎていました。

ベージュの壁に洋風作りの建物。

蒼い玄関扉から、彼女が、その美しい姿を現わすのを、待っていました。

白とベージュの体毛を、キラキラ輝かせているシーとともに…



原民喜は、最愛の妻を病気で亡くしました。

民喜38歳、妻貞恵33歳の時です。


もし妻と死に別れたら一年間だけ生き残ろう、悲しい美しい一冊の詩集を書き残すために


妻が亡くなって、あと1ヶ月で1年という昭和20年8月6 、疎開していた広島の実家で、原爆に遭います。

そして、「夏の花」を描きました。


しかし、私には、妻のほかに繋がりがあった2人の女性が、気になっていました。


1人は、貞恵と結婚する以前に、相当な身請け金を出して同棲した、横浜本牧の女性。

しかも、彼女は、わずか1ヶ月もしないうちに逃げてしまいます。


そして、もう1人は、まだ21歳の祖田祐子。

彼女宛の遺書もあり、また梯久美子の「愛の顛末」に、ー原民喜ー「死と愛と孤独」の自画像ー、でも触れられています。


彼女が、原民喜と後輩の遠藤周作の3人で、多摩川にピクニックに行ったエピソードもあります。

とても美しい女性で、奇跡の少女と、言われていました。

最晩年の、原民喜の救いだったのかもしれません。


しかし、横浜本牧の女性については、まったく手掛かりが得られていません。


なぜ

大金を出してまで

この女と暮らそうとしたのだろう


すぐに裏切られているのに


ずっとこの疑問が、残ったままです。



朝陽が、少し高くなったようです。

オレンジ色も、多少薄くなりました。

すでに落ち着かない様子のシーに、携帯用カップで水を飲ませていると、ようやく蒼い玄関扉が開きました。


おはようございまーす

おまたせしました


そこには、朝陽を浴びた、ベージュのネコらしい耳が、まばゆく光っていました。


ネコ?

耳?


びっくりしました。

なんと、マグダラのマリアは、耳つきキャップをかぶっていだのです。

しかも、よく見ると、ネコらしき大きな耳は、内側にもリアルに白い毛を生やして、ピンと立っています。

素材も、柔らかいスエードのような高級感あるものでした。


お、おはよう

可愛いボウシだね


うん

ネコなの


ヤラレタと思いました。

彼女が、とても洗練された、オシャレなことは充分認識していましたが、大きなネコ耳のキャップとは、想定以上でした。


ネコ耳つきスエード地のベージュのキャップ、黒と白のボーダーシャツ、デニムのショートパンツ。

いつも通り、耳には白い花形のVan Cleefのピアス、首にも白い花形のVan Cleefのペンダント。

そして、クロエオードパルファムの香り…








水を飲んでいたシーも、顔を上げて、さかんにしっぽを振り始めました。


おはよう

シーちゃん


じゃ、これ


うん

ほんとに

ありがとう


リードと、携帯用カップなどの入った小さなショルダーバッグを渡しました。

今朝は、シーと彼女だけの散歩という約束でした。


垣根付きの歩道を、東に向かって、ゆっくりシーと彼女は、歩き始めました。

朝陽が2人を、祝福するかのように、優しく包んでいます。

家々の彼方の、あたたかな橙色に染まった空の下、辺り一面、幻想的な空間が醸し出されていました。

2人の姿が、神々しく見えました。


やっぱり

マグダラのマリアだ



やがて、シーと彼女は、右折して路地に入って行きました。

2人の残像が、しばらく美しい想い出のように、漂っていました。


どんな話しをするのだろう


おそらくシーは、なかなか真っ直ぐに歩かず、電柱やら塀の角やら、あちこち匂いを嗅いで、困らせるでしょう。

しゃがんで、何回もオシッコはするし、ウンチもします。

でも、彼女は、そんなシーを慈しみ、優しく語りかけてくれるような気がしました。


マリアとして