Ameba Ownd

アプリで簡単、無料ホームページ作成

チカぷの一日一楽

ペット防災、同行避難、飼い主の責任

2018.07.10 10:03


皆さん、おはようございます。

週末があったのか、週が始まったのか、梅雨明けしたのか、もうなにがなんだか分からない感覚なままの今日を迎えています。



被災地で避難されてる方々を思う皆様、被災された皆様やペットたちへ、できるだけ多くの皆さんに必要な情報をと検索し集めては更新を続けるけど、全然たりないのか間に合わないのかさえも分からない。


けれど、いつもブログを見てくださる皆さんが拡散してくださってるので、私に出来るだけの事ですが、情報の更新「まとめ」ていきたいと思っていますので、よろしくお願いいたします。しかし、要領が悪く寝不足(笑)家族に心配かけてしまったり注意されたりしていますが、皆さんも自身の健康や生活、大切な家族やペットとの時間も何より大切になさってくださいね。


昨日、前日までと違って、岐阜県、愛媛県、高知県、山口県などの広範囲にわたる各地の被害状況、捜索救助活動の様子をメディアから伝えられるようになってきていました。

きっと、まだまだ日に日にと続くのでしょう。それだけ広い地域の多くの皆さんと自然と動物たちが被害に遭われたのだろうと。



沈んでいく車の中にいた男性が1人の男性による必死の救助により間一髪のところで助かった動画を見たときに本当に怖かった。声をかけて助けに行く男性、しかし呆然とする車中の男性、見ていられなかった。

水に浸かった町、土砂崩れで土砂に埋まった家屋、なにもかも様子は一変。犠牲者や行方不明者の数は増え続けている。なかでもギリギリまで大雨特別警報が出なかったことがわかった愛媛県のことは言葉を失った。



Twitterには、長良川の河川敷で足を怪我した心配な犬の投稿を目にしたり、犬が泳いでいた流されていたというような目撃情報の投稿、倉敷市で飼い主と離れ離れとなった迷子の犬が保護されていたりする。



そして、ふと見かけたニュースには民家からペットの犬が救出されていた。良かったと思った直後、この子は大切な家族を失った。

身寄りのない子になってしまった。家族を失って孤独と悲しみに生きていく人たち、ペットたちが、どれだけいるんだろう。どれだけの犠牲が。声も何も出ない。



瓦礫から犬や猫のペットの救出活動続く イタリア地震のことを思い出していました。あの時の ペット救助隊の責任者、シモーネ・セッローニさんの言葉「全てを失った被災者にとって、家族同然のペットの存在は重要。心の支えになる。飼い主を見つけるまで活動を続ける」と話したと言うもの。


本当にそうなんですよね。

けど、どうしたら当たり前のそれが叶えられるのでしょう。なぜ、それができない「壁」があるのでしょうか。



同行避難、同伴避難、飼い主の責任

もう少しだけ何とかならないものなのだろうか。自治体に対し不満げにそんなことを考えてもいました。

私の言い分は「ペットも家族、ペットは一緒に避難して、自分(家族)がお世話して守れるように。」災害時こそ、置き去りではなく、共に支え合って過ごしたい、そう願うだけなんです。


ペット同行避難が推奨されている。

けれど、実際には災害時に毎回のように聞こえる避難所のペットの受け入れ問題と混乱。

それでも法律では、飼い主の義務や責任という、けれど、これじゃ守れないじゃないか……という思いから何がどこに問題があるのだろうと考えました。東日本大震災、熊本地震、過去の災害を読み返し、ペットの状況、飼い主の皆さんの気持ちを思い出しながら考えていました。



ペット防災

避難所で断られたなどの投稿に「ペットは家族」「もの扱い」そうした投稿を今回も沢山みかけました。

たしかにペットも私たちにとって大切な家族です。共に暮らして苦楽を共にする生涯のパートナー、友、仲間、家族です。当然だけど、ペットから私たち飼い主を引き離したら、その動物は生きていけません。


「ペット防災:動物たちと暮らす私たちが災害時にペットと共に避難する際に必要なこと、そのための日頃からの備えの意識。」どのくらいできてるのでしょうか。


これは、以下の投稿のなかの一部にあるものを抜粋したものですが、検索して見つけて読ませていただき、昨夜とても考えさせられたものです。



家族だ!物じゃない!と、叫び希望する前に、私たちは私たちが良い飼い主だろうかと考えさせられました。



迷子の犬ひとつとっても普段から所有者の明示さえ守れてない飼い主の方も多い。


飼い主、家族、私たちが普段から動物と暮らしていない人々に配慮し、動物達と暮らす「責任」をきちんと認識する事。そうする事が犬や猫たちを「地域コミュニティの一員」にする事、「災害時の同行避難」を成功させる唯一の道。

動物と暮らす人たちと、そうではない人たちとが隔たりなく共生できる地域社会を作る事の重要性、これは自治体や周りに望むのではなく、私たちがそうできるように努力すべきことなのだと改めて強く思いました。


「そしてそれは、殺処分等の犬猫たちの問題を解決する事にも繋がります。」… 本当にそう思いました。


私たちは、当たり前にできてる人もいれば、できてない人もいることが問題を生んでしまっていることに気づいて、飼い主である私たちは、同じ意識を共有し努力しあわなければならないのでしょう。


ペットが問題なのではなく、いつだって動物に関わる人、私たち飼い主に問題があることを理解しなきゃ、ペットの受け入れによるトラブルは、いくら法律で推奨されようが改訂されようが、現実としては変わらないと思います。求めるのであれば、不満を口にする前にそれを正当に求められる飼い主でなければ。

Lovely days CHIKA'S MIND TRIP